もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

やっぱり書きたい

このブログを始めてすぐ、母の縁故で入った会社で勤め続けることに限界を感じ、2度転職をしたものの、心に限界が来て、現在無職になりました。


ずーっと色々書きたかったけれど『働かなきゃ!』という思いに駆られ、なんか色々勢いだけで走ることが無理だ…と感じ、一度自分をお休みさせてあげよう、と思った←今ここ です。

日々、思うことはたくさんあって、何か書きたい!という気持ちもあるものの実行できなかったことを、今この(暇な)タイミングでやろう!と思った次第です。


思えば昨年、縁故で入った会社を辞める時が、30過ぎて、初めて自分だけでやった転職活動でした。

普通の人からしたら信じられないと思うけど、私は働くところを自分で決めたことがありませんでした。

若い頃のバイトも、社員で働いたとこも全部、求人広告やハロワの求人票を母に見せて『ここにしなさい』と言われた所へ面接に行く。
ちょうど不況の頃に会社を辞めてしまい、やむなく母の縁故で再就職し、そこで一番長く勤めたために三十路も迎えてました。


昨年の夏を思い出すと、、怖かったです。
皆が20代、若ければ10代で経験することを、30代で初めてやるのだから。

幸い、今はネットで何でも調べられる時代で、だいぶ助かりました。

『若い時から自立してない自分が悪いんでしょw』そんな声も聞こえて来そうです。

しかし毒親育ちの怖いところって、ここなんですね。
本当に、親がやってることを『おかしい』と思わない、思っても『おかしい』と声を上げられない。(声を上げると倍以上で返されますw)


結局、色んなことがあり、今は無職ですが後悔はしていません。

毒母と精神崩壊寸前まで同居した数年、ずーっと走り続けて来て、立ち止まるのが怖くて。
1人暮らししてからも、転職しても、いつもどこかで『走り続けなきゃ!』と自分で自分の尻を叩いていたような感覚。

それが、今年の初夏、心の不調として表れた時に『1回気の済むまで休もう。私は十分走り続けてきたじゃないか』と、自分を甘やかし、休むことにしました。
いや、まぁ、自分には十分甘いんですけどw

本当はこのブログは、自分の母のおかしさを時系列で紹介するブログにしたかったのですが

今は思いつくままに、書いて行こうと思っています。