もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

もう我慢したくない

さて、今は派遣会社に登録をしたり、一応仕事探しはしている状態です。

前回も書いた通り、昔は嫌なことから逃げるための娯楽として、かかるお金が尋常ではなかったため、どんな仕事も歯を食いしばって耐えられてきました。

今は失業保険で暮らしていますが、正直、十分やっていけています。

もう、毎月お給料がこのくらいでも、いいかな…とさえ思っています。

それよりも今は「無理したくない」が一番なのです。

仕事内容も、通勤距離も、就業時間も…とにかくちょっとでも引っかかることがあれば控えておきたい。

それに、今、すごく毎日を「丁寧に生きれてる」みたいな感覚が、私に合っています。

ごはんもちゃんと自炊して、用事もスムーズに済ませられる。

正直、週4くらいの仕事でもいいかなぁとさえ。

 

でも、こんなこと考えてると「みんなつらくても頑張ってるんだ」「甘ったれんな」と思う自分も(小さいながら、一応)います。

みんな、嫌なのを我慢しているんだ。

 

…我慢

 

…我慢

 

すると「我慢なら、家にいた時に一生分ぐらいしたわ!」みたいな、強気の「我慢なんて、もうしない!」モードの自分に支配されます。

毎日この繰り返しで、正直しんどいです。

 

じゃあ、何を我慢していたのか?

何で、そんなに今の「働きたくない私」に加勢してくるものがあるのか?

考えました。

 

実家にいた頃「もうここにいるのは、無理」ってなった原因のひとつが「家でも働いてるみたい」だったからかなと分析しています。

母は料理「だけ」は好きだったので、ごはんは作ってくれていました。が、それ以外の家事全般は全て私。

それも「やっといて」と言う割に「今やるな」「ここに干すな」「ここに置くな」「〇〇がもうないぞ」←シャンプーなどの日用品の買い出しも私がしていた

全部命令。全部娘がやって当然。

思い通りの仕上がりじゃないとキレる。

ストックがないとキレる。

母の気に入る状態にするのに、毎日必死でした。

それで、母の機嫌が保てるならば、無理してでもやっていました。

 

その上、母のご機嫌取りもしないといけない。(聞きたくもない愚痴を聞く。喜びそうな声をかける)

ある時から「家に帰って来ても、私、お勤めしてるみたい」「家ってくつろぐ場所じゃないの?」と、漠然と思い始めました。

 

それで喧嘩になったこともあります。すると母は決まって「こんなに頑張ってごはん作ってるのに!ごはん作るのがどんなに大変か!」

…ちなみに、一応言っておくと、食べるのは母と小食の父・私のみ。(母も言うほど食べません。米も夕食に2合炊けば足りる程度)

そんなにしんどいなら外食や、宅配でもいいよ、と何度も何度も言いました(父も)

母の料理は確かにおいしいけど、定期的にキレられる条件つきならもっと外食や宅配の日が増えても機嫌良いほうが、いくらかましです。

母は手の抜き方を知りませんでした。それで自分がしんどくなると、定期的に「私は女中やないぞ!」とキレます。

 

…私とどっちが女中だよ、って今になって思います(笑)

 

そんな、仕事から帰っても、ずっと何かを命令され、機嫌も取って…な生活を10年近くしていたので「倍の量、仕事をしてきたような疲労感」が、訳のわからない今の「働きたくない病」の正体かも知れません。

 

ちなみに、父は歳が離れていたので、介護まではいかなくとも「転んだりしないかちょっとお父さん見てきて!」とかも、命令されていました。

誰の旦那だよ(笑)

(このことでも、事件があったので、また折を見て書きます)

 

あの時、頑張ったからもう少し楽しても罰当たらないだろう…と、思いながら、今日もダラダラ過ごしています。

まぁ、そもそも無駄な頑張りだったんですけどね。