もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

母が私を縛り付けはじめた頃の話

だんだん、母の行動が「鬱陶しい」を超えて、「恐ろしい」と感じ始めたのが22歳くらいの時で、思えばこの辺から関係がどんどん悪くなっていったように思います。

同じ頃のこと。
私は、中学の同級生たちと遊ぶことになり、久しぶりだし今日は遅くなる・地元の○○あたりにいる・先に寝てて。と、母に伝え出掛けました。

今思えば、遊びに行く度に、口うるさく心配性な母には、聞かれていないことまで詳しく言ってガードを固めておく、みたいなのがその頃からの癖になっていたように思います。(これも過干渉親育ちあるあるじゃないかな)

結局、開始が遅かったのもあって、深夜の2時頃になってしまったんですね。
元々、私は夜にあまり出歩いたりしないので、心配だったのもわかります。
だからこそ、行く前にもきちんと伝えて、逐一メールもしていました。
それなのに

「どこにおるんや」
「誰と一緒や」
「いつまで何しとるんや」

のメールの嵐。(だから全部行く前に言ったよね…)
盛り上がっている旨・誰とどこに居る・何時頃に家まで送ってもらうと返事しても、メール攻撃は止まず←考え出したら頭の中がそればっかりになるんですよね、、はぁ…

夜2時半頃に家に着き、玄関のガラス窓から中を覗いた時に見た光景。
今でもトラウマです。

玄関を上がったすぐ前の階段の1段目にパジャマ姿で腰掛け、一点を見つめてケータイを握りしめている母の姿。

その時「やっぱり、うちの親おかしいんじゃないか」と思いました。
正直、入るのを止めて、そのまま逃げ出したかった…
ここからまた2時間3時間の説教が始まるのはわかっていたし。

それまでも、怒られたことは数えきれない程あったし、夜中に説教されて寝不足状態で登校・通勤することなんか、ザラでした。

ただ、その時ほど異様な雰囲気を感じたことはなかったと思います。

案の定、朝方まで説教コースでしたが、あまりに腹が立って、その日初めて母に反論しました。

仕事を始めてできた友達だっている。
学生時代の友達と再会して、盛り上がることもある。
仕事の都合で、早くから来れない子もいる。
だからたまにこんな日があっても仕方ない。
だからこそ、誰とどこにいるか明確にしている。
食事やカラオケしてるだけで、悪いことしてるわけじゃない。
嘘もついてないし、無事に帰ってきた。
それでも何がダメなの?
それともこれからも私が遊ぶ度にそうやって異常なほど干渉してくるの?
私、友達どころか彼氏も作れない。
いい加減にして。

せきを切ったように、母に言いました。

普通の人が、ここまで読んだら「お母さんだって心配だったんだよ」とお決まりの感想を言う事でしょう。

けれど、違うんですよね(笑)
母親が心配しているのは「娘」じゃなくて、「自分」なんです。

続きは次回書きます。