もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

毒親育ちの中二病?勘違い期

数年前、母親にどれだけ仕返しができるかで生きていた時期がありました。

tari97.hatenablog.com

自分としては、毎日変にテンション高く過ごしていて「怖いものなし」って感じでしたが、それも長くは続かず、また低い場所へ落ちることになります。

「自分軸」で生きられていないことに加え、「自分軸」の意味を全くはき違えていたからではないかと思っています。

母だけでなく、今まで周りの人間に気を遣い過ぎたなということにも気がついて、何だかバカらしくなっていたのがこの時期です。

今度は、他人に対しても「仕返し」までいかなくとも『もう変に気を遣うのやめる!』『もっとワガママ放題で行く!』みたいな、イタい決心をしたのです(笑)

その手始めに、職場で仲良くしてもらっているんだけど時々カチンとくる一言を言う同僚(Oさんとします)に『まずこの人に自分の素をさらけ出す!腹が立てばハッキリ言ってやる!』と決心しました。

なぜ、Oさんにしたのか?

それは、Oさんはいつも結構言いたいこと言うし、真似しやすそうだったから。Oさんはただの自己中だと思っていて「自由に行動してる」感をそのまんま真似すればいいのでは?と思ったからです。

いつも、Oさんともう1人の同僚と3人で出かけるのですが、その日私が1本電車に乗り遅れて数分遅刻したんですね。

遅れる旨を連絡はしましたが、そこでOさんが「電車が渋滞ですか?笑」みたいな冗談を入れて来たんです。先に述べたカチンと来るってとこがこういうとこで、ちょっと人をからかう、みたいな物言いを時々するんですね。

まぁ遅刻する私が一番悪いのですが、それでカチンと来て『Oさんのこういうとこなんだよな。何か腹立つわ。今日は1日機嫌悪く過ごしてやる』と電車の中で決心したのですね。

私は、改札に着くなり『電車が渋滞で!すんませんでした!』とOさんを思いっきりバカにするように言って、もちろん雰囲気は悪くなりました。

ずっと仏頂面で、食事中も明らかに『私、機嫌が悪いんです、Oさんのせいで』みたいな態度を取り続けてたんですね。

そして、その後はアーティストのDVDの鑑賞会をしにカラオケに行きましたが、映像を見るだけなのをいいことに、ほぼ喋らずその日は帰りました。

(もう1人の子には、関係ないのに嫌な思いをさせたな~と思って個人的にLINEはしたのですが)

その帰り道でも『何だろう、このモヤモヤ感。気を遣わず、奔放に生きるってのをやってはみたが、何でこんなに後味悪いの?』と頭の中は『?』だらけ。

Oさん以外にもちょくちょくこんなことを試みては、心は晴れないわ、関係はこじれるわ、最悪な期間を結構最近まで過ごしていました(期間長いなw)

おそらく、相手に対して『こうやって言ってやる!』『こんな態度で行く!』ってわざわざ思ってる時点で、その対象の人の「軸」にはまっているんです。

母への仕返しと同じ原理ですね。

それから「自分軸」を、単なる「自己中」「自分勝手」「ワガママ」と混同していたのもあるかも。

…こんなことも、やらなきゃわからない自分…。

毒親問題を解毒途中or昇華された方の中で、こういう中二病みたいな「勘違い期」を過ごした人っているのでしょうか?

ちなみに、これで関係が切れた人もいます。多分、そういう風な私には用がなかったのでしょう。

考えてみると切れた人は、何となく「自分軸」を人にも押し付けてくるタイプの人で(物腰は柔らかく母のように横柄ではなかったが)なぜか常に私が気を遣って、よくわからないとこで謝ってたり、いいように扱われてたり、最終的に相手の言い分が通っていたな、みたいな「ソフト毒」っぽい人が多かった気がします(喧嘩した親友も、最後そうでした)

長年、そういう人を引き寄せていたのではないか…とちょっと落ち込みもしましたが。

そういう「ソフト毒」人間は、自己中化した私を敏感に察知し「利用価値」が下がることをわかったから、反発したり離れたりしたのでは?とも感じています。

そう考えると、やり方に問題はあったかもしれませんが、ある意味人間関係のデトックスにもなったかもしれません。

ちなみにOさんはただただ「自分軸」で生きれてるタイプの人なので、発言一つひとつにも嫌味がなく「自由奔放と自己中」がうまくブレンドされているだけなんだと思います。単なる「自己中・自分勝手・ワガママ」で、周りに気遣いできない人がお手本でいいなら、母をお手本にすればいいですもんね(笑)

その点ではOさんをターゲットにした私の見立ては、間違えてはなかったのかも?

ちなみに、あんな態度を取ったのにその後も変わりなく仲良しでいてくれています。Oさん、ごめんね。

ただ、あなたの周りへのふるまいが羨ましかったのです。