もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

「これから」を、もう一度考える

前回の記事で『処理しきれていない「何か」が自分の中にくすぶっていて、他人にまで毒を吐かないと生活できないのなら、それはもう既に(生活を)「うまくこなせていないんじゃないですか?」って思う』と書きました。

tari97.hatenablog.com

偉そうに書いていますが、実は私もまだその渦中にあるというか…波があります。

私の場合は人に毒を吐くことではなくて(吐いてるのかも知れないけど)ある一定の「症状」が出るという感じかな。

 

主な症状としては

 

・部屋が徐々に散らかる(元々片付けは得意なのに)

・お風呂に入るのがすごくめんどう

・SNS関係を急に全くやりたくなくなる(LINEの返信とか)

・SNSで他人が楽しそうにしていると、腹が立つ(好きなアイドル関係のみ)

 

出る症状が低レベルすぎて自分でも呆れるのだけど、出てしまったら仕方ない!と開き直って、できるだけ自分に色々と問いかけて、元の状態に戻して行きます。

前までは、全然戻らなくて、結構長い間ズルズルとこの不調を少しずつ抱えていましたが

最近はわりとすぐに脱却できるようになりました。

まぁ、今は圧倒的に時間にゆとりがあるからできるんですけどね。

特に最近、夜の早い時間にちゃんとお風呂に入れるようになったことは、自分の中では大進歩(いつも、夕食後にうたた寝して深夜に入る最悪なコースでした。風呂に入らないという選択肢はないので、最終しんどいのはわかっているのに、どうしてもできなかった)

 

昔の古傷が疼く、じゃないけど、心が疲れると、前述の処理しきれていない「何か」が悪さするのではないかなと思います。

まぁ、言ってみれば「ストレス」ですよね。

 

誰にでもあって、お酒飲むとか、カラオケで歌うとか、それぞれ解消法があるけど

母や前述の元親友のように「人に毒を吐く」ことによって、解消する毒人間もいるのでしょう。

そして、どうも私はそのターゲットにされやすく、面と向かって「あほ」とか言われる訳ではないのだけど(まぁ母には言われてたけど)

他の毒人間には、嫌がることをおもしろがって何回もされたり、こちらに何の落ち度もないのに不機嫌な態度を取られたり。

そういう人間に私も過敏になっているから、人付き合いも怖くて、結局ここ数年で縁が切れた友人たちも、共通するのは「自分から連絡を絶った」ことなので、言わば「逃げた」みたいなものなんですよね。

 

毒親に関しては、マトモに話が通じないのである意味「逃げるが勝ち」だったなとは思うのですが、今後他人にもすぐそれをやっていたら、友達がいなくなりそう…という心配も…

(前に今年の目標で宣言したとこなのにw)

tari97.hatenablog.com

毒人間とは切ることばかり考えていたけど

今後は「毒人間と、どう付き合うか」も、テーマかなぁ…とこの休みに考えていました。

 

母と暮らしていた頃、母の「毒性」は指摘すれば変わるものだと思っていて、その都度本気でぶつかっていたのだけど、ある時「あぁ、多分この人に伝わることはないな」と、何かがサーッと引いて行くみたいな感じがして、それからは淡々と家を出る準備をした、みたいな感じでした。

何か、糸が切れるというか。あれって、そうなると本当にもう終わり(笑)

 

その時の自分の感情はけして「バカ!あほ!〇ね!」とかいう衝動的なものではなくて「あ、これ以上やっても多分無理だ、、、」みたいにすごく冷静に思った感じで。

なので、友人と縁が切れた時の感情もその時に似ています。

母とのバトルほど壮絶なものはなかったにせよ、言い合いと言うか、話し合いみたいになっても、相手は非を認めない・論点をずらして何とか私を貶そうとする・ぐうの音も出なくなれば自分が被害者ヅラなど。驚くくらいに毒母そっくりなのですが(笑)

その時私は親友相手にすら毒母と同じ「もう無理だ。この人はほっといて、逃げよう」という選択肢しか、浮かばなかった。

 

「多分、ここで今までみたいにゴメンねって言ったら、また同じこと繰り返すのだろうな」みたいな気がしたのは事実だけど、好きだった親友にも、こういう道しかなかったのかなぁ?

 

後悔している訳ではないんだけど、もしまた次同じようなことになったときに、どの道が正しいのかな??と、考えたりしています。

 

できれば、縁を切るという最終手段は、もうあまり取りたくはないのだけど。