もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

頑張れなかった理由

派遣ではありますが、久しぶりにフルタイムで働いています。

事務であれば特に業種にこだわりはなくて、今回初めて、教育関係の企業に採用されました。

 

コツコツ系の事務作業ばかりかと思っていたのですが、わりと子どもたちとの絡みも多く『この子たちは、これから明るい未来があるんだろうな…』と、若さに若干の嫉妬を覚えつつも、幼い頃の自分の気持ちと向き合ういい機会にもなっています。

 

これが、もしもう少し毒親問題を考え始めた最初の頃だと、耐えきれなくて辞めていたかも。

 

学生の頃の私は毎日学校に通うだけでもヘトヘトで、行事も楽しくないし

成績もいつも中の中くらいでしたが『まぁこんなもんでいいか』という感じで

習い事はしたことがあるけど、塾に行ったことも一度もありませんでした。

 

高校も「お金をかける訳にはいかない」とレベルを落とし、特に行きたくもなかった公立高校に行くことになりましたが(美術科の高校の推薦入試も受けたのですが、そこまでのセンスもなく、不合格に終わりすっかりやる気をなくした)

万事がこんな調子なので当時既に『ぱっとしない人生だよなぁw』という自覚もあったし、ぱっとしないのは、自分には頑張りが足りないからだなという自覚もありましたが

 

今思えば、これが後々大人になってから異様に「頑張れない自分を責め続けること」への始まりだったような気がします。

tari97.hatenablog.com

頭ではわかってはいましたが、当時の私には「今以上頑張ること」を、できる気がしなかったのです。

 

幼い頃から学校が嫌いだったから、自分は勉強嫌いなんだと思っていたし中学くらいからはずっと自発的に何かを学ぼうとする姿勢のない自分は、怠慢なダメ人間なんだと思っていました。

tari97.hatenablog.com

 

けれど、最近、色々学ぼうとしている子たちと触れ合っているうちに『私、別に何かを学ぶこと自体は、嫌いな訳ではなかったんだよな』と思うようになりました。

 

何かを学ぶことが嫌いだった訳ではなく、何かを学ぶことに付随するあれこれを " 間違えずに遂行する " ことができるか不安だっただけなのではないか?と思ったのです。

 

確かに推薦入試に落ちてやる気を相当なくしたのも事実なんですが 

それでも、私にも本気で学ぼうとする姿勢があったことも確かで

例えば、もう少し学力を上げる為に塾に通おうか?とか、絵の腕を上げる為に絵を習いに行こうか?と、確かに悩んだこともあったなぁと。

 

それでも私は、それらをやる勇気が、どうしても出なかったのです。

 

では、それはなぜか?と今回考えていてうまくできなかった時に親に怒られることが怖かったからというのが、一番の理由です。

 

例えば、何かあって授業に間に合わなかったらどうしよう。

忘れ物をしたら?先生がすごく怖かったら?…心配し始めるとキリがありません。

もし、自分に合わずに辞めたいとなった時に、母親に怒鳴られるのも、想像がつきます。

自分から言い出しておいて「嫌なら辞めなさい」なんて、あの母親が簡単に言うはずがない。

そうやって事あるごとに、また母親に怒られるネタが増えるかも知れない。

まさに当時の母は「触らぬ神に祟りなし」状態。

大人しく、最低限のことだけこなして、穏便に毎日を過ごすことが得策だと、幼いながらも思っていました。

 

それが、私が何か新しいことを始めることへの足かせになっていたことは、残念ながら否めません。

 

今思えば、授業に間に合わなくたって、忘れ物をしたって、どうにかなっていたんです。

辞めたければ、辞めればいいんです。

 

それくらいのことも『母が怖い』『母に怒られる』『母に怒鳴られる』ことが常に背後にあるから、気軽に『行ってみようかな』なんてことを、よほどのことがない限り言えなかった訳です。

 

今、子どものいる現場で働いていて思います。

時間に間に合わないだとか、忘れ物をしたとか、うっかりミスの多いこと。

でも、子どもなんてそれでいいんです。

もちろん、何度も同じ失敗をして、学習しないのはだめです。

けれど私の親はその程度の、子どものちょっとしたミスさえも許さない人間でしたから…

 

もし、私がもう少し学校とは別に、何かを習いに行ったりしてたとしても元々私はしっかりした子だったし(あの親に育てられたら嫌でもそうなるけど)そんなうっかりミスも、ほぼしていなかったと思います。

だからこそ、もう少し勇気を出してやってみればよかったのに…とも思うけど

でも、あの頃の自分には、母が怖すぎて無理だったよな…という当時の気持ちも痛いくらいわかる。

 

それでも、私は純粋無垢な頃の自分に『こんな大人になってしまってごめん』という気持ちでいっぱいで辛くなります。

時々、幼い頃の自分に謝ります。

 

こんな大人になってしまった事実は変えられないけれど、せめて必死で生きていた幼い頃の自分だけは、私がほめてあげようと思います。

 

私はずっと「どうにかなるさ」って言葉、嫌いでした。

だってうちではどうにかならないから。

 

それでも、実際『あ、どうにかなるんだ』という、体験を積み重ねることで

前に書いた、逆上がりができた瞬間のように、どうにかなることがわかるようになりました。

tari97.hatenablog.com

 

逆上がりができるようになると『何でできなかったのかな?』なんて考えてもよくわからないのと同じで

今思えばあそこまで『どうにもならない』と自分を追い詰めていた自分が滑稽でもあるのですが。

 

では、その気持ちの変化をどうやって身につけて行ったかは、また書こうと思います。

 

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