もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

熱量の違い

中学の頃、生徒会に立候補する友達の「I田さん」に、選挙活動の時に着けるタスキのイラストを描いてほしいと頼まれたことがありました。

I田さんは、成績も良かったですが、我が強いところがあり、私はあまり好きではありませんでした。

 

その時も「絵が得意やから、たりにタスキ頼みたいねん!明日までに、お願い」と、半ば強引にタスキを渡されました(模造紙をホッチキス止めした質素なものでしたが)

 

絵を描くのは好きだったので、その夜ちゃちゃっと完成させて翌日学校に行くと、生徒会に立候補する子たちが校門でビラを配ったりしていて

どうやらその時に身につける為のタスキだったようです。

 

『え?今日の朝に必要だったの?聞いてないけど』と思っていると(I田さんは、別の校門にいて会わなかった)

同じクラスの子が飛んできて「たり~探したよ!I田さんがたりがタスキ持ってきてくれなかった!間に合わない!とめっちゃ怒ってたよ!」と言われました。

 

その後すぐに、選挙活動の時間は終わり1時間目、明らかにI田さんはむくれて、仲良しグループ内でも「たりのせいでI田さんが超キレてる」みたいな、変な空気が流れていました。

 

休み時間になりすぐに私はI田さんの元へ。

 

『あのさぁ、前日に渡されても間に合わんの、普通に考えたらわかるよな?

昨日 " 明日の朝に使う " なんて私全く聞いてないでな!

選挙活動の為に早く来て欲しかったならそれを言われなわからへんし

そんなに今日の朝に欲しかったなら私の家にでも取りに来たらよかったやん。

私がキレられるの、おかしくない!?』と、間髪入れずに言いました。

 

案の定ぐうの音も出ないI田さんは「……わかったから」と、大人しくなりました(それでもごめんとは言わない我の強さ)

同じクラスだったから事務的な話はしていましたが、その一件でI田さんとは明らかに疎遠になりました。

 

同じく中学の頃、登下校を共にしていたK岡さんには「たりの前髪っていつもキマってるよね。どうやってるの?」と聞かれ

手順とスタイリング剤を口頭で説明しましたが

「覚えられない!紙に書いてきて~」と言われたので、その日帰ってすぐに

手順とスタイリング剤の名前(店で見つけやすいよう、ボトルのイラストも)をメモにまとめて、翌日渡しました。

 

しかしそのあともK岡さんはヘンな前髪のまま登校していたので

『そう言えばあのメモは参考になった?』と聞くと「あぁ、あれ?もう見てないや」と軽く言われ

『さすがにそれはないでしょ(笑)』みたいに言ったけど、テヘペロみたいに済まされました。

 

それでも、思い返せば中学・高校ぐらいまではそうやって『おかしくない?』ということには、わりと毅然とした態度で言い返せていました。

 

それに上の2件については「頼まれたからやった」「けして、押し付けでやったことではない」のが前提なので、言い返すこともおかしくはなかったと思います。

 

それでも私は当時から、自分の思ってたほど相手は思ってなかったのかもなと割り切れる冷静さも持っていました(今思えばおそらく母に対しそうやって諦めることが日常茶飯事だったからだろう)

 

結局、どちらもお互いの熱量が噛み合っていなかったことが原因であって

元々私は、生徒会なんかに全く興味がないので校門でそんな活動すること自体知らなかったけど(登校して初めて『あ、今日はこんなイベントやってんのか』程度)

I田さんにとっては学校生活での一世一代のイベントだったのでしょう。

しかし、I田さんの10ある熱量を、私が2くらいで受け取っただけの話。

 

K岡さんの場合はその逆で「前髪キマらない!もう嫌!」と言うのが、10くらいの熱量と思ったから私は10の力でメモを作ったけど、実際にはK岡さん的には2くらいの熱量でしか言ってなかっただけの話。

別にヘンな前髪のままでも、K岡さんはそこまで気にしてなかったのでしょう。

 

どちらが悪い訳でもないし、分かり合えなければそれはそれで仕方ない。

 

I田さんは次回から同じ熱量で応援してくれる人に頼めばいいだけだし

軽々しく「教えて~」と言うK岡さんに必要以上に親切にするのは、実際やめました。

 

こんなふうに、中学生の私でもわかっていたことがあの毒母は、わからなかったんですよね。

周りの人間は皆、自分と同じ熱量で生きてると、毒親は本気で思ってますから。

 

母の意見にはいつも10もしくは10以上で返さなければならなかったし

こちらが10を求めても、母がそれは世間では1よ、くだらないと言えば

そうなのか、10を求める自分がおかしいのかと思うようにして

 

かつては、あれだけ毅然とした態度で友達や彼氏にも言い返せていた私が

いつの頃からかこういうことが全く出来なくなったのは、こういった家での環境が大きく関係していると思います。

 

相手の熱量が、10なのか?8なのか?2なのか?

 

母の機嫌と顔色を伺い、母基準でばかり動いていると全くわからなくなり

こちらががっかりしたり、怒りを覚えても何も言えなくなってしまいました。

自分がそこまでの熱量でなくても、母から求めれれば自分を殺して従うのが当たり前でした。

 

なので、他人に対してもこちらが10の熱量のことでも、5くらいに調節して表現するのが癖になってしまい

相手からのことは全部10で受け取って最善を尽くし(その割に大して感謝もされず…感謝されるどころか、嫌な思いをさせられたり)

tari97.hatenablog.com

 

これが歳を取ってから変に安く見積もられたり、ナメられたり、言われっぱなし・やられっぱなしになりがちになった原因だろうな…という自覚も。

tari97.hatenablog.com

 

母からされて不快だった、10の押し付けがどうしても嫌で

未だに軽くお伺いを立てるみたいなのが苦手だし、何かを断る時にも異常な程『悪いことをしているのでは』と思う癖が抜けません。

 

自己主張をしたいとも思うけど、自分がされて嫌だった母からの熱量10の押し付けのように取られるのが、どうしても嫌なのです。

そう思われるくらいなら、黙っておこう…と引き下がってしまう。

それではいけないと思うけど…なかなかうまくできないのです。

 

だから、人へのプレゼントも苦手です。

 

旅先で、職場にお菓子ひとつ買うのも『これじゃ少ないと思われるだろうか』『美味しくなかったら…』『それなりに高見えして、押しつけがましくならない程度のものを』等と考え続けるのがしんどいので、旅に行くことすら職場で話すのもやめました。

 

実際、そんな否定的なことを思うのって、私の周りでは毒母くらいだろうし

私自身は、貰ったものなら何でも嬉しいのでそんなこと思わないんですけど。

 

時々、職場で「今日、これ美味しそうだったから!」と、何かを軽く差し入れできる人が心底羨ましい。

かたや数百円のお菓子ひとつで『押しつけがましくないかな』と、何分も頭を抱え、結局買うのをやめる私。

 

「自分がやりたいからやる」

 

そんなシンプルなことができる人が心底羨ましいです。

 

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