今回はまず、読んで頂きたいコラムがあります。
このコラムに共感された方は、今回の記事を読むのはオススメしません。
毒親問題に向き合い始めた当初『全部母親のせい!』『あのクソ親がみんな悪い!』と、全て母親を悪者にしていた時がありました。
私は当時、そう強気に思うこと(精神的な面)と、母と顔を合わせないこと(物理的な面)で心の悩みは解決すると思っていました。
毒親育ちはただでさえ、しなくてもいいような我慢とか、訳のわからない洗脳をさせられてきているので
『もう毒親には屈しない!』という強い気持ちで、そう思う事も全然悪いことではないと私は思っています。
ただ、そうやって、親が「悪い・悪くない」と「敵・味方」みたいな捉え方のみ(二極化思考)で毒親問題を昇華させようとしても限界があることに気が付いたので
時間をかけて、ひとつひとつの絡まった糸を何年もかけて解く作業を今もなお続けています。
ですので、誰にでも『全部親のせい!』『親が悪い!』と思う時期もまた、あっても良いと思うし
そこで終わる人がいてもそれはそれかなと思っています。
しかし、このコラムを読むと、まずそうやって親を悪者にしたり、過去を振り返り、こうなった理由を探すことすら
何だかよくないことのように言われているような気がしてしまったのです。
毒親育ちは、身近に毒親とかモラっぽい友人が居て「いつまでもしつこい!」とか「いい大人が!」等と言われるので
そもそもそういった感情に無理矢理蓋をしている人もたくさんいる訳で
私はそれをここで吐き出し、他の吐き出している方のブログやSNSも積極的に読みに行き
親を悪く言っている人や、親のせいにしている事についても「それもひとつの段階」として捉えているし、共感もします。
悪いこととも思いません。
毒親育ちがそうやって、親を悪く言う事にとやかく言われることに関しては
そもそも親に対してそんな感情を抱かないといけないことが問題だと思うし
いい大人が今さら言ったり感じたりすること自体、どうかなというのも私は百も承知だし
そんなこと、感じないで済む人生だったらどんなにラクだっただろうと思うわけで…。
それをこの方は、そういう作業自体を「自ら傷口に塩を塗る」という表現。
あんまりではないですか。
" 「トラウマ」という言葉を安易に使う人が目立つ " ともありますが
「トラウマ」の感じ方だって人それぞれです。
「安易」の定義は、何なのでしょうか?
暗に世にはびこる「甘え」「気にしすぎ」等という考えから、毒親育ちはまず脱却することが先決だと、私は考えます。
ですので、こういう表現により、また「これは単なる甘えなのか」「気持ちを切り替えられない私はダメなのか」と、自分を責めてしまう方もいるのではないかな?と思ってしまった訳です。
コラム内の仕事の満足・不満の話も、あまり関係ない気がします。
感じ方は人それぞれ!どうせ行くならプラス思考で!という例で出したのだと思いますが
とは言いつつ、この文面だと、仕事に対して、不満を持つ者が " 悪 " 、やりがいがあって…等、前向きな意見をしている者が " 良 "と暗に言っているようにも聞こえます。
私がひねくれているだけでしょうか。
こういうニュアンスは、毒親育ちには酷な時もあります。
また、不幸な生い立ちから、ACの自覚のある女性が
" 辛い生い立ちのお陰で自立心が身についた "
" 甘えたり頼ったりすることなく、何でも自分でしようとする姿勢が責任感につながり、職場で信頼を得てきた "
" どんな相手ともうまくかかわっていけるのも、親の顔色を窺って育つことで人に対する気配りができるようになったため "
と言っているものの
" 頼れるのは自分だけという気持が強く、人を心から信頼できない "
" どんなに親しくなっても甘えられないし気を許せないという淋しい自分の問題を薄々感じてはいる "
とも言っています。
私としては、後者の「淋しい自分の問題」に、向き合う方が大事なんじゃない?と思う訳で…。
これを著者が「雨降って地固まる♪」みたいに表現しているとしたら、ちょっと違うかなぁ…と思ってしまう。
そもそも私たちは、本来降られなくても良い「雨」に降られた(変な親に育てられた)訳で、地が固まったことよりも雨に降られたことの方が、納得が行かない。
この女性は、既に雨に降られたことには気持ちの整理がついたということかな。
私にも「親の顔色を異常なまでにうかがって生きてきたため、他人に対する気配りができるようになった」部分はありますが
これを『親のおかげで、身についてよかった~』なんて、未だに全く思わないし、多分今後も思わないと思います。
念のため、辞書を引くと
「傷口に塩」とは、悪い状態の上に、さらに災難がふりかかること。
私がこれまでこのブログで吐き出してきたことや、考えてきたこと。
それらを「自ら傷口に塩を塗る」作業だったとは、私は思いません。
別に私は自分を自虐する為に、わざと辛い気持ちになる為に、不幸ぶる為に
過去を掘り返している訳ではないからです。
最終的にこの方もACの方にも前向きに歩んでもらいたい!
何でもかんでも過去のせいにしたって始まらないよ!という気持ちで書かれたのだと思います。
過去のせいにだけしても解決しないことは、私もよくわかっています。
著者の言わんとする事も、わかります。
しかし、「自ら傷口に塩を塗る」という表現には、最後まで納得が行きませんでした。
私が、理屈っぽいだけでしょうか。
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