もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

人生の理想の原点

最近、気がつきつつあるのは幼い頃に思い描いていたものが、結局人生の理想の原点なのではないかな?ということです。

 

私は昔から、こんな資格を取りたい!とか、こんな企業で勤めたい!などは全く思ったことはなかったですが

こういう格好をしたい

こういう暮らし・過ごし方をしたい

こんな街並みのこんな家に住みたい

ということには、昔からその時その時で強い、ハッキリとした理想や憧れがありました。

 

昔から「誰かと暮らす」ことにはあまり興味がなく、中学の頃の「10年後の自分」みたいな寄せ書き的なやつも「おしゃれをして、バリバリ働いている」程度しか書かなかった記憶があります。

 

学生時代「平日の昼間に仕事をしていない人」に、なぜかすごく憧れがあって

ちょうど学校に行くのが苦痛で悩んでいた頃、時々引き返して家に帰ることがありましたが

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平日の朝10時頃に高校近くの公園前を通ると、ベビーカーを押すお母さん達によく遭遇しました。

『こんな時間にベビーカー押してお散歩かぁ。いいよなぁ』と、お散歩中のお母さんが気楽そうに見えて羨ましくて

『さっさと結婚して子どもを産んで、専業主婦パターンで " 平日の昼間仕事をしていない人 " になろう』と考えました。

 

しかし、そう思ったのもつかの間、ほどなくして姉が里帰り出産をし、新生児である姪との暮らしを体験し『これは…私には無理だ…』と、悟りました。

昼間にベビーカーを押してるお母さん達を『暇そうでいいよな』なんて思ってごめんなさい…と、世の、子育てしている人全員に心の中で謝りました。

 

同時に、元々私は子どもが特に好きな訳でもないし、親戚中でも末っ子で年下の扱いにはめっぽう弱いし、子どもを産むのは現実的でないかも…と思い

そこから『別に、結婚・出産にはこだわることはないかも』というビジョンが見えたように思います。

 

私は昔からそうやって、様々なことを考え、ビジョンを描くスキルはわりとあったのに、母からの押しつけが私のそういうビジョンを壊す要因だったのでは…とも思います。

毒親育ちの中には、こういう経験のある方は多いのではないでしょうか。

 

『子育ては向いていなさそう』『となると、結婚も焦ることはないのかも』というビジョンを、私は自分で10代後半にして見つけることができたのに

母のキ〇ガイじみた「婿をもらって同居するのが当たり前」信仰に、せっかく見出した自分の考えや方向性を活かすことができなかった気がしてなりません。

 

『母が言うなら、そうしなくてはいけないのかも』と、納得できないまま結婚相手を探したことも事実で

今思うと『親のためにやりたくないことまでやらなくて良い』なんて、明確にわかるけれど

母に洗脳されていた当時の私にわかるはずもなく

⇩の記事のようなこともしていて、今となっては笑い話ですが当時は大真面目でした。

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結局その後、母から逃げて、自分の人生を「母親抜きで考える」作業と、「自分のやりたいこと」と「母から言われて嫌々やっていたこと」がぐちゃぐちゃに混ざったものを長年ふるいにかける作業により残ってきたのは

 

子どもを産むには年齢的にもだんだんと厳しくはなるが、その件について焦りはないこと

他人と暮らすことに特に必要性を感じていないこと

高給をもらっても、仕事に忙殺されるのはどうしても嫌なこと

働く馬力を上げるよりも、節約の方が自分に合っていること

平日の昼間に出かける方が人が少なくて気楽でより休みを満喫した!と実感できること

 

などでした(本来、毒親からの押しつけがなければ自分と親の感情がごちゃ混ぜになることすらないし、こんな作業も必要ないはずですが)

 

学生時代の『誰かと暮らすことに興味はない』『平日に休みの人いいな』等、つたない頭で考えたことでしたが、結局それらが未だに自分のルーツとして残っていることもわかりました。

 

冒頭に書いたような「こういう格好をしたい、こういう暮らし・過ごし方をしたい、こんな街並みのこんな家に住みたい」という理想を、昔は母にも話していましたが

よく「アンタはその時その時で、言うことがコロコロ変わるやろ!」と、呆れられたように言われて、今でも母は姉に愚痴っているそうです。

「たりは〇〇と言う時もあれば、××と言う時もある!どれがほんまかわかれへん!どれを信じたらいいかわかれへん!」と。

 

しかし、どれがほんとかも何も、私はいつでも本心で話していたし、嘘をついたこともありません。

 

自分が色んな考え方に柔軟に対応できないから、娘を自分の凝り固まった枠にあてはめるしか能がなく、いよいよ娘がその枠からはみ出しそうになると「反抗」「裏切り」「言うことがむちゃくちゃ」「嘘つき」等と、こちらを悪者扱い。

 

自分の都合の良いこと・耳障りの良いことを娘が言った時だけしか聞き入れようとしないから、自分が信じたくないこと・認めたくないことは、娘が「裏切った」「嘘ついた」ことにしたいだけ。

 

大人になれば食べ物の好みが変わるのと同じように

その時その時で人生のビジョンが少しずつ変わるなんて別におかしいことではないし

ましてや責められることでもありません。

何も私も『いつか宇宙に住みたい』だとか「むちゃくちゃ」なんて言っていません。

常識的な範囲での理想や夢しか語ったことはないですし、確かに言う事はその時々で変わったかも知れないけど、その分真面目に自分のことも家族のことも考えてきた証拠です。

 

そんな娘に対して「裏切り者」だなんて、よくそんな失礼なセリフを言えるなと思います。

毒母のこういうやり方がなければ、もう少し人生変わっていたのではないのかと思うことは至極当然のことだと考えます。

 

娘のやることを受け止める器もないけど、いっぱしに口出しはして、自分の意見だけは通そうとする、本当に最低です。

 

毒母の存在によって、どこかに置いてきてしまった(と言うか、持つことを許されなかった)自分の理想の原点とかルーツを、少しでもまた探し出せたらなぁと思います。

 

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