最近は、仕事を変わったりしてもわざわざ母にも報告もせず、時々「元気?」みたいなLINEは来ますが、かなり適当な返事しかしないし
正直私は母に会いたくないので、のらりくらりと予定をはぐらかしているうちに本当に母と顔を合わせることがほぼなくなってきました。
たまに姉と母と3人で映画に行くのも、姉と私の予定もなかなか合わないしで、おそらく今後3人で出かけることもほとんどなくなると思います。
「人間とは、忘れる生き物」とかよく言われるけど、最近ほんとにその通りだなと思います。
自分の中からどんどん母の影が薄くなって
もちろん、昔母に言われたことを忘れたりとか、そんなことは絶対にないけどなぜあそこまで「母」というものに感情を囚われていたのか?
今となってはそれすらもわからなくなりつつあります。
自分の中での「母」という存在が、こんなふうになるなんて思ってもみなかったです。
よく、毒親問題で「精神的距離は物理的距離から」という言葉を耳にします。
かくいう私も、毒親問題で一番悩んでいた頃にネットでこの言葉を見つけ、その言葉を信じてみることにした人間のうちのひとりです。
そして、その結果が、今のこの状態だとすれば当時の私の選択は間違えてはいなかったと思うのです(思いたい)
うちはたまたま、1人では何もできない親なので、物理的距離を取るのもたやすかっただけの話ではあるのですが(母親が1人で私の家に押しかけるなんてことは絶対にしないし、手続きとか役所嫌いが幸いして閲覧制限なんてものとは無縁)
それでもとにかく「同じ空間に母がいない」ということが何事にも代えがたい幸せだし、それによって気付くこともたくさんありました。
毒親ブログを書かれている、宮澤那名子さんもこのことに触れていて「実家から徒歩3分の家で一人暮らしをしている」と言われていました。
このことについても「3分って、全然離れていないよね」と、偉そうに言っている人がいましたが問題はそこじゃないんですよね。
ちなみに、本気で3分だけ離れることに何の意味があるのか、さっぱりわからない方は
それだけでも幸せなことなので、今後もわからないことを願います。
私も今、実家からは車で10分ほど離れているだけですが、多分これが徒歩1分だろうが、県外だろうが、とにかく「生活する上で同じ空間に母がいない」ということが、一番大事なのだとわかりました。
家を出た頃、母には顔を合わせる度に「後悔する道を選んだ」とか「裏切り者」「たりはアホ」と、こちらの気持ちを一切汲まない酷い言葉をかけられたし
一生こうやって言われ続けるのかなと思っていましたが、さすがに「目の前に娘の姿がない」という現実を母も受け入れるようになって(正確には「受け入れざるを得ない」ですが)
結婚してからずっと、40年ほど家族の誰かしらの行動を気にかける生活が当たり前すぎた母は(そしてそれが、行き過ぎてたんですけどね、うちの場合)それを実際にできる相手がいなくなって、やっとその現実に慣れてきたようです。
母のようなタイプの毒親は元来頭が固いし、今までと違うことをやるのをすごく嫌がったり恐れたりします。
だから「思い描いたのと違うこと」になりそうになると、どんな手を使ってでも、どんなに汚い言葉を吐いてでも阻止しようとします。
私が家を出ることに関してはまさにそれでした。
そういう日々の喧嘩が嫌で、そんな母親に疲弊しながらも結局何年も律儀に付き合ってあげ過ぎたのも事実で、いくら娘でもあそこまでやらなくてもよかったことも、私自身も離れてみて初めてわかりました。
あれだけの剣幕で家を出て行くことをなじって怒鳴っていた母でも取って食いに来やしませんから(来る親がいる人もいるのでしょうけど…)
確かに、律儀にあんな母に付き合ってきた時間や気持ちを考えたら、いざ1人になってものうのうと生きている母を見て腹が立つこともあります。『楽しそうにしてんじゃねーよ』という気持ちにもなります。
ずっと家を出た時と同じように「裏切り者」とか言われたかった訳ではないけど、普通に暮らしている母に対し『何普通に生きてんだか』と、複雑な気持ちにもなるのです。
それでも、私も母も、離れたことで色んなことが「できるようになった」訳です。
たったこれだけのことが、ほんの数年前には、死ぬほど難しいと思っていた訳ですが
案外やってみると意外とできるし、慣れるんだということがわかりました。
初めは荒療治では?とも思ったけど、多分毒親には、これくらいやってちょうどなのだと思います。
もっと早くこうすればよかったと後悔することもあるけどね…
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