もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

訪問してくださった方へ(自己紹介など)

ブログを始めて、5年が経とうとしています。

歩みは遅いですが徐々に読者登録も増え、スターやコメントも頂き本当に励みになっています。

思いつくままに書いているので、途中から読み始めた方には登場人物の特徴がわかりづらいかなと思い一旦記事にすることにしました。

続けてお読み頂いている方には重複になりますがご了承ください。

長くなるのでお時間のある時に😊

 

たり(私)

昭和50年代後半生まれ。アラフォー独身女。

幼い頃から関西弁で言う「気にしぃ」な性格。ちょっとした事を気に病み、学校に通うのが本当にしんどかったです。

高校生くらいの頃は母との距離感も適度で、そこまで関係は悪くありませんでした。

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短大卒業後、姉が結婚して家を出ると母からの干渉が酷くなり、10年程度耐えましたが平成25(2013)年に逃げるように家を出ました。

母って、毒親なのか?と気が付き始めたのが平成23(2011)年頃。

 

平成21(2009)年、酷いパワハラにより衝動的に職場を辞めてしまいましたが、リーマンショック真っ只中で職がなく、母と同じ会社にコネ入社(確かにありがたかったですが、本当は働きたくありませんでした)

なので、家を出たものの職場で母と顔を合わせるという日が3年ほどあったということで、これも精神衛生上良くないと感じ、平成28(2016)年に退職しました。

これでやっと、母と顔を合わせることはない生活に。解放された~!と思ったものの、そのあたりから気付かなかった生きづらさや問題に直面します。

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翌年、職場で理不尽な叱責を受けた時、小さい頃母に怒られた時のように動悸がし、頭が真っ白になって翌日から出社できなくなりました。

正式な病名こそつきませんでしたが、初めて心療内科にかかり、心身ともに休むことを決め、数ヵ月引きこもりました(これがとても良い効果をもたらしたと思う)

 

自分にはこういう気質があるのではないか?ということもブログで紐解いています。

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現在は自ら派遣を選び、無理のない範囲で働いています。

お金はないけど、母に干渉されない今の暮らしは控えめに言って、最高。

自分はどう生きたかったのか・何が好きで何が嫌いだったのか。

母に抑圧され見失っていた自分を取り戻すべく、試行錯誤しながら暮らしています。

 

昭和50年代前半生まれ。既婚。娘1人(私から見た姪で私とは20歳差)昔から姉とはとても仲良し。姪とも仲良しです。

私の母の子育てにおいて片手で足りるくらいの「ここだけはよかった」というところに「姉妹格差をつけない」というのがあり、そのおかげで姉妹で憎み合ったり、そういうことは全くありません。

姉と一緒に母のおかしかった言動や腹が立ったこと、嫌だったことを話せることはとても励みになっています。

 

毒母

昭和20年代後半生まれ。

アスペルガーっぽい一面を持ち、モラ気質あり。気分次第で言う事が変わり、何が激怒の引き金になるかわからず、キレたら延々怒鳴り散らしていました。

手を上げることは少なく主に精神的虐待・言葉の暴力(本人自覚なし)

外面は良く、これらは全て家の中でしか行われないので他人からは「良いお母さんやん」と言われ、理解されない一因に(毒家庭あるあるですね)

極貧の家で育ったので金やモノへの執着が異常。

相手の立場になって物事を考えるとか共感性が皆無。二極化思考で何でも正解・不正解を決めないと気が済まず、知りもしないのに決めつける・何に対しても否定的。

自分では倹約家で料理上手のお母さんと思っていたようですが、実際にはお金の計算と料理以外は全て家族にやらせていました。

  

昭和1桁年生まれ。母とは歳の差婚。数年前に他界。

穏やかな性格で、怒鳴ったりも絶対しないしたくさん遊んでもくれました。しかし事なかれ主義のためキレまくる母を止める気はなく、いつも適当な声掛けをして終わりでした。酒好きで晩年は家族に迷惑を掛けることも(多分アルコール依存症だったのだろうと思います)

父方の家族(多分マトモ)は会った事ないのでブログにも登場しません。

 

両親ともに働き者だったことが救いですし物質的には比較的恵まれた家庭環境でしたが、感情の面では恵まれない家庭だったと感じます。

 

 

◆母方の家族(かなり毒気が強い)

母の実父(他界)

おそらく発達障害アスペルガー)。とんでもない発言をして場を凍り付かせることも。

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私たち孫が遊びに行っても「いらっしゃい」などの声掛けも一切なく、親戚同士で会話が盛り上がっても独特の目つきで皆をじっと見て言葉も発さず、ぷいっとどこかに行ったかと思うと庭で包丁を研いだり、畑作業をしていました。

 

母の実母(他界)

戦後、貧しい家庭を守らなければという一心だったのか、子どもらをかなり厳しく育てたよう。母だけを「要らない子」のように扱い、姉妹でも差をつけて育て、母の結婚すら祝福しなかったようです。

そういう扱いが私の母が毒親と化した所以だと考察しています。

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母のきょうだい

長男・・・存在感なし。ブログにも登場しません。

次男・・・ブログではDと表記。とにかく偉そうで、何でも貶す・否定的、高圧的な部分は母にそっくり。娘に対してありえない暴言を吐くことも。

Dの暴言については↓の記事を。その他の記事も「D」で検索すれば出て来ます。

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長女・・・ブログではT子と表記。実父のアスペルガー気質を一番濃く継いでいる感じ。夫と一人娘が早くに病気で亡くなったことは気の毒ですが、とにかく人への依存心が強く、中身のない人間です。その割に頑固。母同様、金とモノへの執着が異常。

2010年に娘が急死し、T子が1人になってしまった時に、母が近くに住まわせることを決めましたが、T子が歳を取ってくると手がかかると文句を言っていたのもまた母です。

2021年、施設へ入所。

「T子」でブログ内検索すると記事が読めます。

 

 

◆その他の登場人物

育ち故にこれまで他人に都合良く扱われることが多く、何かと自分中心なモラ気質のある人・思いやりの欠けている人に振り回されることの多い人生でした。

それも毒親育ちと深く関係していると思い、記事を書いてきました。

そこで登場する、家族以外の人たちも何人か。

 

元親友M(女)

同い年。小学校の幼なじみ。小学校の時に家庭の事情で県外へ。

適当な生活を送っていた私とは違い、学生時代からしっかり勉強し資格取得していたことは尊敬していたし、Mのことは本当に大好きでした。

しかし、30歳を過ぎたあたりから私への暴言や酷い態度が目立ち、平成29(2017)年に20年以上続いた関係は幕を閉じました。

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彼女もまた、辛い家庭環境で育ったようですが、そういう辛さや悲しみを親友である私にぶつけることで発散していたのだと思います(今思えば)

縁が切れて徐々に「あれってモラハラじゃない?」と気がつき始めた感じ。

2人の距離が近すぎたことも関係がこじれた原因だと思っています。

そのことも、たくさん記事にしています。

 

他にもKちゃんクマさんタカなどがいましたが今は全て縁が切れています(それぞれのワードで検索すると記事が読めます)

 

他は数回のみの登場なので、記事内で人物の特徴を書いたり関連記事のリンクを貼っています。

 

文字を書くのは好きですが、記事をコンパクトにまとめる・わかりやすいタイトルをつけるというのが苦手なので、お時間のある時に色々飛んで気軽にお読み頂けるとうれしいです。

できるだけ関連記事は探し出してリンクを貼るようにしています。

 

コメントについては↓にまとめているので、お気軽にどうぞ。

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