母は今、また手術のために入院しています。
「処置をすれば進行を防げることができる」的な病気なので「闘病」とかとも少しニュアンスが違いますけど
わりと大掛かりな手術のため、少しの間入院が必要になります。
もちろん、手術には痛み等も伴うのでしんどいだろうなぁというのはわかります。
痛みや辛さの感じ方なんて、人それぞれだから
「痛い」とか「しんどい」とか言うことに関して「何だよ、その程度で」とは思いません。
けれど、そういったことを「母」が口に出すことに対し、どうしても『辛いね』『頑張ったね』などの
励ましや労いの言葉をかけることができません。
大人げないけど、この人には言いたくない…と思ってしまいます。
私は昔からメンタルが弱い方だったから、たとえ根拠がなくても「大丈夫!」とか、声を掛けてもらえることで緊張がほぐれるタイプでした。
父は、生前よくそういう言葉を私にかけてくれて(多分本心は深く考えてないだけだと思いますが)
「大丈夫や、何とかなるわ」「失敗したって、かまへん。またやればええ」と、私の不安を軽減する言葉をよくかけてくれました。
そこまで言ってほしかったとはさすがに言いませんが、母にはもう少し私の気持ちに寄り添って欲しかった訳です。
幼い頃から、私が辛かったり嫌だったことも母自身が「どうってことない」というジャッジをすれば
甘ったれ!根性がない!情けない!というふうに扱われたから
そんなだった母に、例え今母が弱っていたとしても
そういう声をかけてあげる優しさを、私にはどうしても持つことができないのです。
この間、手術前に不安だというようなことをLINEで言ってきた母に
『私は母さんの手術を " この程度で " とも思わないし、うまくいけばいいなとも本心で思ってる。けど、私がパワハラまがいの暴言を吐かれて泣きながら退職して帰って来たときも、慰めるどころか「根性がない」と叱ったね。
根性!母さんの好きな言葉やろ。なら今はやるしかない。頑張れ』
と、返しました。
私は、自分がされたことの仕返しをしたい訳ではないし
そこで情けないだとかこの程度でとか「私の価値観」で母に言及するのは母と同じことをすることになるのもわかっています。
だから、上記のような返信をしました。
(まぁ、辛い時に、母さんは慰めてもくれませんでしたね、という嫌味が全くないと言えば嘘になるけど)
多分、母も私が返信したようなことと、同じニュアンスのことを娘たちに教えたかったのだろうと思います。
「情けない!」という叱責は、母なりの励ましだったのかも?とも思います。
けれど、多分母と、私含むほかの人と違うところは
母はいつでも「自分目線でしか物事を考えられない」から、自分が「たかがその程度で!」とジャッジすれば、もうその時点で「情けない!」「根性なし!」が100%を占めてしまって
やっぱり、励ましや労いの気持ちなんてほぼなかったんじゃないか?
特にその時に自分の虫の居所が悪いと、余計怒鳴り散らしてたんじゃないか?
としか思えないのです。
弱音を吐く子どもを「情けないなぁ」と思ったとしても、真っ先に「根性入れんかい!」と怒るのはいかがなものかと、どうしても思います。
まぁ今の母の「痛い」「しんどい」は、体の物理的な不調なので、ある程度は同情します。
(実際、私は本当に病気をしたことがないので、余計に痛みとかの想像がつきません)
けれど、病院での帰り際に「また来てよ。寂しいから」と、涙を浮かべて言ってきた母に
顔では笑って適当にあしらいましたが、心の中の私は冷たい声で呟いていました。
何回も私もそうやって涙を浮かべて訴えたことあるけど「情けない!」「根性なし!」と、あなたはこき下ろしてきたじゃないか。と。