もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

家が殺伐としていた理由

何事もゼロか100かの母は、家族に対してもそういう態度で接してきたので

昔から家族にも「ありがとう」とか「ごめんね」とかを全く言わない人だったなと思います。

人に物を頼むのも、娘に対しては「やってもらって当たり前」と思っているし、昔から全部主語が「自分」で、いわば「ジャイアン」のような人だったので

「これ、やってもらってもいいかな」とか「忙しいとこ悪いんだけど」とか、そういうおうかがいを立てるみたいな言い方は一切していなかったなと思います。

まさに、娘に対して気を遣うという姿勢が「ゼロ」だった訳です。

前にも⇩の記事で似たようなことを書きました。

tari97.hatenablog.com

 

なので、うちには昔からそういう雰囲気が全くなく

社会に出てから、皆がすぐに「ありがとう」とか「ごめんね」を口にしていることに気がついて驚いたものです。

 

私は、昔から友達と比べても何となく自分が変というか、浮いているような自覚はありましたが、それが何で、どうすればいいかはわからなかったので、素直に自分が『いいな』とか『心地いいな』と感じた相手の言動をそのまま真似することで自分の浮いてる感じを隠していました。

 

すると、だんだん『うちってどんだけ殺伐とした家だったのだろう』というのがわかってきて、すごくがっかりしました。

 

若い頃は、母のコピーのような態度と言動で過ごしましたが、どんどん外の世界に出るようになり、母を軽蔑するようになり(最初の頃は、軽蔑するのにも葛藤があった)そうやって人の真似もしていたせいか、実際私は変わったんだと思います。

ある時、母が私が友人と話しているところにたまたま居合わせた時に「たりが友達と話している時の態度に驚いた、あんなに気遣いできるんやな」と言われました。

あんな母でも、そこはわかったみたいです。

言わなかったけど『そうだよ。だってあなたと同じ態度で暮らしてたら友達できないもん』と思いました。

 

結局、母は友達も皆無・この先仕事も辞めれば、接する人は本当に姉か私か伯母(母の姉)くらいしかいなくなります。

姉も私も実際に母に『嫌い』とは言ってないけど、さすがに2人の態度でわかると思います。

母はもう60年以上その性格で過ごしてきたので、今さらどうすることもできませんが、今さらヤバいと思ったのか

最近、姉が買い物に付き合ったり荷物を持ったり、何か手伝うと、両手を合わせて「ありがとう。おおきに」と大げさに言うらしいです(笑)

母は大真面目なんだろうけど、ナメられてるように感じて余計腹立つと姉は言っていました(笑)これ、めっちゃわかります。

毒親全盛期を知ってるだけに、今さらそんなことされても余計腹が立つんです。

かと言って、今も全盛期保ってほしかったという訳ではないですよ。

 

とにかく『ここまでの事態になれば、できるんかい!なら何でもっと早いうちに心入れ替えんかってん!遅いわ!』と、腹が立つんです。

これは、私が家を出たことも同様です。

「こうやって優しく言えば、まだ暮らせてたのかなぁ」とか、後になってから言うので、はぁ?何を今さらと毎回思います。

 

自分の我を通しワガママ放題の時の母をジャイアン度「100」としたら、今が「ゼロ」なんですよね。

何でその中間がないの?バカなの?って思ってたのですが

そもそも「娘に気を遣ったことない」母は、やり方が全くわからないのだと思います。

だからそんな『ナメてんのか?』みたいな態度になるのかなと思う。

 

これ、やってほしいな⇒お願いしてもいい?⇒ごめんね、ありがとうという「50~60くらい」の流れが本気でわからないのだと思います。

 

100の時は「黙ってやれ」、拒否されたら「もうええわ!大体アンタはな!」と、自分の機嫌にまかせて人格否定をし

ゼロになった今は必要以上にこびへつらい日常の当たり前のようなことをしてもらうだけで、土下座までせんばかりの勢い(笑)

 

 

母は昔から「何年先も見据えて過ごせ」と言っていましたが、母の場合「見据える」じゃなくて「決めつける」なので、その通りにならない時の想定ができないんでしょうね。

本当に、あほか?と思います。

 

もし今の母の「ありがとう。おおきに」が本心であっても

どうしても『どうせ本心で言ってないんやろ』としか、正直思えません。

私にとっては「ありがとう」とか「ごめんね」を言えないお母さんがデフォルトなので…。