もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

いい加減にしてほしいです

母は

・自分の恵まれているところには目を向けず

・人の羨ましいところばかりにフォーカスし

・わざわざコンプレックスを自分で増大させて

・他人を下げられるネタを見つけることで自分を保っていただけ

というところがあると、以前にも書きました。

tari97.hatenablog.com

 

なぜ何事ももっと前向きに、明るい方向に考えることができないのかなぁと思います。

確かに、子どもが幼い頃や、夫の介護が必要かも知れない頃には、心配ごとも不安なこともたくさんあったとは思います。

嫌々頑張ってきたこともたくさんあったでしょう。

 

しかし、その心配からも解放されて、だんだんと手を抜き(いい意味でね)、楽しても良くなって、もう何年経ったの?と聞きたくなるくらいの今でもわざわざ自分から心配のタネを見つけてきては、考え込んで、気に病んでその芽をどんどん成長させるみたいなところがあります。

 

住む家もあって、食べるものにもお金にも困らない。

頼れる娘が2人とも(嫌っているとは言え)近所に住んで手を貸してくれる(私はあまり貸してないけど)

世間的に見ても、恵まれている方だと思うのだけど。

 

昔から、少しの失敗でも死ぬほどの叱責をしてきた母。

tari97.hatenablog.com

その理由は「少しの不注意で取り返しのつかないことになるのが怖かったから」らしいです。気持ちはわからんでもないです。

tari97.hatenablog.com

けれども、その慎重な性格(←すごく良く言えば)のおかげで受けた恩恵は、もうそろそろ実を結んだのではないだろうか?

それが、お金や住む場所・食べるものに困らないという、母が一番大切にした「物質的に不自由のないこと」に繋がったのではないのだろうか?

それでもまだ、母は一体何がそんなに不安で気に入らないのだろうか?

 

いい加減、思考のシフトチェンジをすべく、気持ち切り替えろよ、と。

 

確かに、年末から患った病については予測できなかったし、不運だったとは思います。

しかし、娘には昔からずいぶんと厳しく「しつこい」だとか「気持ち切り替えろ」だとか言っておいて…母と話していると正直、いい加減にしろよと。

 

母は、入退院を繰り返すうちに欠勤が増え、雇用契約どおり会社も退職となったようですが、30年近く勤めた会社をそのようなかたちで辞めざるを得なかったことが悔しかったようです。

気持ちはわかるのですが、これもいつまでも気持ちの切り替えができず「クビにしやがって!」とか「会社のみんなに死にかけてると思われたままで、悔しい」とか言うんですよね。

 

クビ⇒雇用契約でそうなっているのだから、けして不当な解雇ではないです

死にかけてると思われたままで、悔しい⇒母のようなひねくれた考えで母を思い出す人なんてほとんどいないだろうし、そもそも死にかけてるって思われたって、実際元気に生きてりゃどうでも良くないですか?(てことは、母が逆の立場なら「あの人、会社クビになったけど、死にかけてるんちゃう?笑」って思うってことですよね、多分。性格悪すぎるでしょ)

本当、いつまでも「世界が狭い」「訳のわからん決めつけが激しい」とこが、成長しないです。

その「訳のわからん決めつけ」で、自分も苦しめていること、いい加減気が付かないか?

 

こんなに「負」の考えでしか物事を捉えることができなかったら、そりゃ幸せなんか感じないだろうな~と思います。

母の思う「正解」って、一体何なんでしょう。

一体どうなれば「幸せ」なんでしょう。

 

こんなだから、意識的に『前向きに』『楽しく』『明るく』生きようと奮闘している私からしたら、本当にうっとうしい。

ネガティブが伝染りそうで、LINEで話すだけでもイライラします。

 

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自称 子どもの気持ちのわかる親

この間、姉と母と3人のLINEの、母からのメッセージで目を疑うような一文がありました。

「母さんは、絶対に子どもの気持ちのわかる親になろうと決めて結婚した」

それを見た時『え?は?どういうこと?』と、マジで数分混乱しました。

 

母には「相手の立場になって物事を考える」という部分が見事に欠落していると、このブログでも散々書いてきました。

いつでも、自分のものさしでしか物事を考えられず、家族には自分の価値観を押し付け、その割に自分が「その程度で」とか「これくらい」って思えば、相手が嫌な思いをしても、謝るどころか省みようともしない。

tari97.hatenablog.com

そんな母が「子どもの気持ちのわかる親」とは??

頭の中が「?」でいっぱいになりましたが

その後のやり取りから

 

ただお金を貯めて、料理をしてきただけだったこと

「優しさ」を「甘やかし」と勘違いしており、厳しく育てすぎたこと

自分が、娘の気持ちを一番に考えているつもりが、見当違いだったこと

 

これらを、自覚できるようになって

結局自分は子どもの気持ちのわかる親だと思っていたけど、単なる独りよがりだったと思うというようなことをその後入れてきたのでした。

  

母はいつも「先のことが予想できへん奴はアホや」みたいなことを言っていた割に、母自身の生き方はいつも「予想」ではなく「勝手に決めつけていただけ」で

tari97.hatenablog.com

その通りにならないと、理不尽に怒ったり、言う通りにしない奴はアホ!とこき下ろしたりしてきました。

無理矢理母の敷いてきたレールに、時には家族はウンザリしていましたが

まるで自分が「全てお膳立てしてやった」くらいの口ぶりで

 

母が長年自信満々で「私は子の気持ちをわかっている親」と思っていたことは

ただ単に母が子どもの頃、嫌だったことの真逆のことをやる・良いと思ったことだけは親の真似する(そうすれば子どもが絶対に喜ぶと思っていた)という、何とも稚拙な考えから生み出されたものだったようです。

 

 

例えば母は子どもの頃、末っ子であまり相手にされず育ち、きょうだい間でも比較されてきたので

逆のこと⇒子どもに構い過ぎる(結果、過干渉タイプの毒親に)、姉妹間で比較をしない

ことに繋がったのではないかと考えます(姉妹間で比較をしないことは、何度も言いますが良かったです)

 

実家が貧しいことで悔しい思いをたくさんしてきた、貧しいため食事も質素なものばかりだったので

逆のこと⇒ただただお金を貯めて(金に対する執着が異常)、料理をしてきただけ(たしかにおいしかったが、手の抜き方わからず時に当たり散らしていた)だったこと

 

「優しさ」を「甘やかし」と勘違いしており、厳しく育てすぎたことに関しては、母は「厳しく育てられて良かった」と、本心で思っているのか、そう思いたいだけなのか、自分の親の受け売りだったようです(ただの根性論で、私は嫌いです)

tari97.hatenablog.com

 

確かに母の考えは「間違い」ではなかったのかも知れないけど

相手(娘)が本当に伝えたいこと、わかってほしいことをあれだけ訴えても

聞く耳すら持たなかったことについては「間違っていた」と思います。

そこに「子どもの声に耳を傾ける」という選択肢はありませんでした

これでは、子どもの気持ちなんてわかるはずもありません

 

結果、娘には逃げられるように家を出て行かれ、母の「予想」をはるかに超えた最悪のパターンになるまで、母は自分の間違いに気付くことができませんでした。

 

 

母にとって「自分は1人では生きられない人間なんだ。これまで生きてこれたのは家族のサポートがあってのことだったのだ」という気付きは、母が一番苦手な「1人で過ごす」ことを実際にやってみないとわからなかったのでしょう。

今さら感がすごいですが、死ぬ前に気付けただけでも良かったのか、悪かったのか。

 

「娘に嫌われることなんて絶対にない」「年を取ってからも、娘に大切にしてもらえるのだ」と母が勝手に「決めつけていた」結果にはならなかった今、母に問いたい。

 

「先のことが予想できへん奴はアホや」

耳にタコができるほど聞かされたこのセリフ

果たして母はできていたと言えるのでしょうか?