新生活の始まるこの季節、関連のCMも多く流れます。
そういうのを見ていると、若くて体力もあった20代を母の為に過ごしてきた自分が嫌で惨めで仕方なくなります。
35歳になった今、社会人生活だけは長くなったけど、武器になるような資格もスキルもなく、転職を繰り返し、ただ毎回同じような職種で何となく働くだけの自分。
私には確かに若さと健康な体も心もあったのに、なぜその時にもっと勉強したりしなかったのか!ときつく自分に問うた日もありましたが
最近『そういう気持ちがあったとしても、物理的に無理だったかも知れない』とも、思ってきました。
⇧ の記事のパワハラまがいの発言で辞めた職場にいた頃、母が「婿をもらえ」と一番暴走していた時でもあり、大変つらい時期でした。
母は昔から、自分が嫌なことがあれば全部家族に聞いてもらい意見を求め、自分の気に食わない意見をされると、また怒って反論して気を済ませていましたが
娘が『ちょっと仕事の愚痴を聞いてほしい』程度のことを親にしてもらおうとすることにはやたらと厳しく「甘えるな」と撥ねのけ、なぐさめたり励まされるどころか余計にダメ出しをされるというオチでした。
「つらかったね」とか「よくがんばったね」とか、励ましや労いの類のことは絶対に口にせず、何でも否定的に言うのは母の育ちが関係していたのだろうなということはわかってきました。
今冷静に考えても、親子関係が完全に逆転していると思うのだけど
当時私には「精神的」に頼れる人が、家の中にはいませんでした。
実家で両親と暮らしているのに、です。
(父は生きていましたが、元々立ち入った話は父とはしないので)
母と暮らすだけで心のキャパは消化できないものであふれ返っているし
一方当時は職場でも酷いことを平気で言われたり、事務的に指示をしたことに感情的に反論をされたりで
私はただ誰かに、少し話を聞いてほしかっただけですが
母に話したところで、また「甘ったれてる」「たかがその程度で」と余計なじられるのはわかっていたし
『親になんて頼ってはいけない』『自分で何とか切り替えて、また頑張らないと』と思うようにしていました。
(たまに友達にも愚痴ってはいましたが、あまり聞かせるのも申し訳ないなぁと思い、我慢していました)
けれども私も人間なので
職場でどうしても嫌なことがあって、このまま帰ったって暗い顔をしてまた母に怒られるだけだろうと思う時は、人目につかない場所に車を停め気持ちがおさまるまで車内で過ごしてから帰るというのもよくやっていました。
本来なら、精神的に頼られ子を見守るのは親の役目だと思うのですが、私は母にそういうことは期待できないばかりか、母の方が私に精神的に依存していたので (依存する割に攻撃的。最低ですね)
始めの話に戻りますが
あんな日々の中で、資格の勉強とかできていたかなぁ?と今考えたら『働くのと母の相手でいっぱいいっぱいだった中で、それも確かに無理だったかも』と最近思い始めました。
1人で暮らして数年『人ってこんなに自分に充てる時間があるんだ』と気が付けたし(実家ではずっと母の目を気にして、命令されていたので)
ここへきて『これくらい気持ちに余裕があれば、勉強とかもできるのかも知れない』というのがやっと今実感としてわいてきたような感じです。
それに今は子育てから少し解放された姉にもよく話を聞いてもらえている。
毒親育ちの仲間とも出会えたし、同じベクトルで話ができる人には、相談したり、頼ってもいいんだということも覚えました。
ただ、生まれながらにして、親の顔色などうかがわずに、その時にできること・学べることに全力で取り組めるくらい「親が自立している」という人もいるのだな(いや、それが大半を占める?)と思うと、どうしてもやるせない気持ちにはなります。
親が精神的に自立しているというのは何事にも代えがたい幸せだと思います。
当たり前のことのようですが、私の家では当たり前ではありませんでした。
新生活とかフレッシャーズとか、いきいきとした未来ある若者の表現を見ても何とも思わなくなるには、まだまだ時間がかかりそうです。