もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

常識的に考えて

「普通」という言葉はあまり好きではないけれど

私の母は確実に「普通」ではなかったと思います。

 

私の思う「普通」とは、一般的に、という意味も含むものの

常識的に考えてという解釈の方が大きくて

 

世間体を大切にする毒親もまた「普通」が好きではあるのだけれど、

毒親の思う「普通」と、私の思う「普通」で、繋がる部分が少なすぎたといったところなのだと思います。

 

相手が「やめて」って言ったら、やめないか?普通

相手が気を悪くしたのなら、何が良くなかったかなって考えないか?普通

自分がそこまで拒絶されたなら、何が相手をそこまで思わせたかな?って反省しないか?普通

相手に迷惑をかけたのなら、まずは「ごめんなさい」じゃないか?普通

 

これらは全部母に言いたかったこと。もしくは言っても通じなかったこと。

 

この場合の普通は、さっきも書いたように「常識的に考えて」という意味に等しいのですが

毒親の場合、そもそも「普通」の解釈がおかしい上に、どれだけ注意や忠告を受けても「自分は間違えているはずがない」と、本気で思っている節があるので

上記のような「普通」には、てんであてはまらず

「子ども」いわば「弱者」が、常識的ではないほうの(毒親独自の)「普通」に合わせるざるを得ず

それが毒親のもとに生まれた子どもを苦しめ、精神を壊す原因であると、私は思っています。

 

さっきの文章が毒親バージョンになると

 

相手が「やめて」って言っても、ええやん、これくらい

tari97.hatenablog.com

いいかどうか、どれくらいの程度か、は、された相手が決めることです。

 

相手(私)が気を悪くすると、たりは何を1人で怒ってるん?

tari97.hatenablog.com

相手を怒らせるような言動を平気でしますが、自覚がないのでなぜ相手が怒っているのか、本気でわからないのです。

だから、自分を省みることもないのです。

 

自分が拒絶されると、あんなにしてやったのに

tari97.hatenablog.com

これ、そもそもいつも全然関係ないところで、話の論点をずらし子どもに罪悪感を抱かせて丸め込む時の常套句でした。

逆に考えれば「これくらいしておけば、拒絶されることなんてない」と決めつけの激しいお花畑さんですね。

 

相手に迷惑をかけても、でもでもだってと言い訳

tari97.hatenablog.com

人には「悪いと思ったら潔く謝れ」とか厳しく言っておいて、自分の失敗はテヘペロで済ませます。

謝らないし、必死で言い訳。 

 

残念ですが、毒親の「普通」がこれなのです。

 

毒親というのは、完全に「人の立場に立って物事を考えることができない」とか「良いことと悪いことを、机上論でしか考えられない」といった面で

人としての回路が完全に壊れているのだと思います。

「不完全なまま、大人になってしまった」とでも言えば聞こえは良いでしょうが。

 

うちの親は、頭の回路がおかしかったのだなと思うようにしています。

 

おかしかったのだから、仕方ないよねだなんて死んでも思えませんけどね。

 

そんなおかしな家で育ってきたこと、悲しいし悔しいです。腹も立ちます。

それでも、それに気付くことで落としどころを見つけることはできました。

 

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