もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

どうするのが良いのだろう

毒親関係のことを調べていたら、よく「毒親との対決」について書かれています。

書籍などでは、成功例が主に書かれているのか、それなりに見えるように表現されているだけなのか?

「ぜひ、やってみましょう」的に受け取れるのですが

どうも質問系のサイトとかでは「やったって意味なかった」「余計腹が立っただけだった」みたいな回答が多く『やっぱりな』という感じも否めません。

 

だって…話してわかるような親なら毒親になんてならないし…

「対決」という名の話し合いを、私は家を出る前に死ぬほどやりましたが、それでもまともに話ができなくて、らちがあかなかったし…

だから、仕方なくこちらが逃げて来ただけだし…。

 

だから私は母を立派な「毒親」としては認めることはしましたが、はっきりと『あれが嫌だった』『これが辛かった』ということを、家を出てからは母には伝えることもなく、今日まで過ごしています。

ずっと、そういう気持ちで来たし(話してわかる親ならそもそも毒親になってない・散々話し合ってあれだったのだから…)

もう、母は「話がまともにできない人」「3歳児くらいの精神年齢」と割り切って接するしかないなという、諦めで生きています。

 

そんな中、母とはもうほとんど会わなくなって、最近ほんとに他人のように過ごせるようになりましたが

じゃあ母に対して腹が立つことはもうないのか?ということになれば話はまた別で

私は母のことをそうやって割り切って諦めて、ただいなくなるその日を待つだけの相手として、過ごして行くことも心では決めているのに

母に対して日ごとの差はあれ、何かの拍子にふと腹が立ち、母を思い出さない日はある意味ないのです。

せっかく家を出て、離れて暮らしているのに、未だに母に腹を立てる自分も嫌で(家を出た頃のように、カーッとはならないものの、じわじわ腹が立つ)その原因を考えていた時に

母が今「昔のことは水に流して!」「今が楽しければいいよね!」みたいな態度なのが、気に食わないのだろうな、と気がついたのは、つい最近のことです。

 

自己評価だけはやたらと高い母なので、娘にこれだけ嫌われていても

自分の性格ややり方を省みているなと感じられることもほとんどなく

最後には必ず言い訳をして、誰もしてくれない擁護を自分でやって

「老人で病人の私をいたわれ・敬え」「歳が歳だから少々のことは許してよ」みたいな態度になることに、どうしても腹が立ってしまうのです。

 

これって、私が自ら避けて通ってきた「対決」をやって本人にこの苛立ちをぶつけてないから、いちいち腹が立ってしまうのか?とも思ったりするのですが

実際これまで母が昔(私が実家にいて、一番嫌な思いをしてきた、成人してからの数年)のことを蒸し返して話し始めた時に『胸糞悪いし、思い出したくもない。もうあの頃の話を今さらしたってあの頃の嫌な思いが消えるわけではない。だから私の前であの頃の話をするのはもうやめてくれ』と母に言ったのも、ほかでもない私なのです。

(その強い口調に、さすがの母も「もう(あの頃の話は)しません」「ごめんなさい」みたいな態度に一瞬なったし、実際その頃の話はお互いしていません)

 

え?このブログは思いっきり蒸し返してるやん?と、お思いだと思いますが

ブログに書く分には、実際に起きたことをそのまま書いて、自分本位の感想を述べるだけだから、腹もそこまで立たないのだけれど

そこに張本人の母が加わると、建設的な話ができず「お母さんの愛情はわかってくれ」だとか「たりの為を思ってやったから」と関係ないことで相手の許しを乞うような発言と、「でもな」「だけどな」の、言い訳・自分擁護のオンパレードで

潔く相手を不快にさせたことを省みることがないから毎度腹が立つだけで終了なんだと思うのです。

tari97.hatenablog.com

 

その、言い訳・自分擁護にムカつく気持ちって、どう処理したらいいのかなぁと毎日悩みます。

母とはもうあの頃の話はしたくない。

けれど、本人には『あれが嫌だった』『これが辛かった』と、知らしめたい部分もある。主に挙げると

 

・ 幼い子ども相手にボロクソに言ってきたこと

・ 20代の私に自分の価値観を押し付け、思い通りにならないと怒り狂ったこと

・ 歳の離れた父の世話を私に丸投げしようとしたこと

・ 人のつらい、しんどいという気持ちを理解もしようとせず、自分のつらい、しんどいはしっかり他人に毒を吐くことで気持ちを保っていたこと

・ 時が経てば今度は老人だから、病人だからと大義名分でいたわってもらえると思っているその考え方(昔はそれが「親だから」だった)

 

 

だから、ちょくちょく母に「対決の小出し」みたいなことをやってしまうのでしょう。

 

私は時々母に、感情的にではないものの、すごい嫌な言葉を吐いたりしてしまい

(咄嗟に口から出て、母が確実にムッとしている。昔の母ならきっと「何じゃ親に向かってその口の聞き方は!」と、キレるだろうなというような言葉を、平気で吐いてしまう)

『あんなこと言うつもりなかったんだけどな~(笑)私も性格悪いな~(笑)』と帰りながら思ったり(別にかわいそうなことをしたな、なんて全く思ってないけど)

 

まぁきっと、このまま何もしないのが一番いいのかなぁ。

小出しであっても、確実に私が母を好きでないことは伝わっているだろうし

それだけでも十分知らしめることになっているのかな、とか。

 

あとは、母がそばにいない今が生きていて一番楽しいというところが伝われば、それが一番毒親にとっては面白くないかなぁとも思うから

余計なことはしないのが一番ですかね。

 

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愚痴の「ゴミ箱」今すぐやめましょう!

前回の記事でも書きましたが、母は元来男好きで、男と見ればすぐに心を許して、その男が車の運転を快く引き受けてくれれば、更に入れ込むみたいなところがありました。

tari97.hatenablog.com

私は、とにかく気が合わないと人を好きにはなれないから、母の「男で車持ってたら結構誰でもいい」みたいな性分は理解に苦しむのですが

人を好きになる基準なんて人それぞれだから、それこそ顔目当てだろうが、金目当てだろうが別にいいとは思うのです。何目当てかなんて、その人の自由です。

ただ、あくまでもその基準は「自分がそうであるだけ」にとどめておかないと、と思うだけです。

 

と言うのも、母は自分がそういう性分だから、私や姉が「男性に車に乗せてもらう」ということにすごく敏感で、私もクマさんのことでは何度も喧嘩になりかけました。

(クマさんとは性格が合って楽しいから出かけているのに「まぁ車乗せてもらえたら楽しいわな。ラクやしなw」みたいなことをことあるごとに言われて『運転目当てで遊んでるんじゃないのに』と、何度イラッとしたことか)

母の自分がそうだと思ったら、それが世間のスタンダードだと本気で思う部分、ほんとに嫌いです。

 

ただ、母の『どないやねん』と思うところが

オトコに対してはすぐそうやって入れ込むくせに、すぐに相手の悪口を言うんです。

前回、Yに対しては直接意見したり、注意したりができないと書きましたが、結構こういうところがあって、そのせいで自分の思い通りにならないと

今度はそれを娘に愚痴りまくる、ということがそう言えば昔から多々ありました。

tari97.hatenablog.com

 

一番多いのは父親の悪口で、飲酒のことで父をを教育しきれなかった母にも十分に問題があると思うのですが「お父さんが悪い」と、父への愚痴を散々聞かされてきました。

私は、お母さんの愚痴を聞くことも娘の役目だ!と、昔は本気で思っていましたが

今思えば『知らんがな。自分で勝手に選んだ男やろ(旦那も遊び友達も)』です。

tari97.hatenablog.com

 

他にも色んな男性と仲良くなっては、娘に男性の愚痴を延々話していましたが、それも毒親のあるあるだと知ったのはつい最近のことです。

 

あとはこれも毒親のあるあるかはわからないのですが

そうやって愚痴を言うもんだから、私も父の『こういうところ直してほしい』とか『こういうとこが嫌』とかをちょっと一緒になって母に言うと

「実の父に向かってそんなこと言うな」と、怒り出すのです。

自分は悪口どれだけ言ってもいいけど、娘のお前は何も言うなだそうです。

(しかも私の場合「悪口」ではなく、至極まっとうな「意見」でも、です)

娘にとってはたった1人の父親なのに、その悪口を娘に言いまくる方がどうかと思うけどね。

何その独自ルール。

 

 

母は、台所を好き勝手に触られると怒るので(おたま等の調理器具を違う場所に仕舞っただけでも「料理の時、見つけられなかったら手間取る!」と激昂する)

私がきちんと場所を覚えて、食器洗い全般を担当していました。

 

ただ、父はたまに食器を洗っては、調理器具を突拍子もない所に仕舞うので、やってくれる気持ちはありがたいのだけど、そのせいで何度も母が調理中にキレることがありました。

それともう一つ、父は糸のような細さの少なーい水量で洗剤を流すので(父はなぜか水をジャー!と出すのを酷く嫌っており、実家の洗面台も父がバルブを閉めて水圧を弱くしていた)

私的に『あんな流し方で洗剤が落ちているのだろうか…』という心配もあったのです。

母も父の少ない水で食器洗いをやるのが嫌いで、父が洗っているのを母が見つけると「またそんな(少ない)水で流して!もっと水出し!」と横から蛇口をひねってジャー!と水を出し、嫌がる父と喧嘩みたいになるので、私はそれを見るのも不快でした。

 

そうやって言われたくない父は、家に誰もいない時だけまた食器洗いをやるからその度に仕舞った調理器具が行方不明になり

「茶こしどこや!」「肉たたきどこや!」と母が怒って「また父さんが変なとこ、なおした(仕舞った)んちゃうんか!」と激昂して、その永遠のループなので

(今思えば、2人とも精神年齢低すぎ)

本心としては私は父には食器洗いは、やってほしくなかった訳です。

 

ある時さすがの私も腹が立ってふと(父のいない所で)『もう、父さん洗い物せんでいいのに…』と呟くと「せっかくやってくれとるのに、何やその言い方!」と母に怒られました。

いやいや、あなたもっとえげつない文句、いつも言ってません?しかも本人に直接(笑)

 

これって一体何なんでしょう??

父以外にも、母は散々、外でオトコと遊んできましたが、その度に帰ってきては愚痴を吐いて

父に関しては本人にさえボロクソに言って

娘が同じように便乗したら「お前は言うな、黙っとけ」って…一体何様なの??

 

多分模範解答は「娘は黙ってお母さんの愚痴を聞く。反論なんてもってのほか。わざわざ便乗もしない。」なのでしょう。

だって、娘のこと単なる「ゴミ箱」くらいにしか思ってないですから。

ゴミ箱は「こんなゴミ入れるなよ」なんて、言い返してこないもんね(笑)

どんなゴミを入れたって、黙って受け入れてくれるもんね(笑)

 

自分で選んだオトコのことなんて、自分で処理しろ。

娘を愚痴のゴミ箱にするな。

自分で処理しきれないのだったら、そもそも最初からやるな。

って話です。

なぜ、そんなことが言えなかったのだろう、以前に

なぜ、そんなことにも気が付けなかったのだろう、という悔しさしか今はありません。

 

誰しも、家族に愚痴を聞いてもらうなんてよくあることだけど

職場であったことやお店であったことを、ちょっと愚痴る…とはワケが違いますからね、毒親の場合。

娘がそこまで精神的に親に尽くす必要なんて、絶対にないです!

 

どうか、親の愚痴(自分には、そもそも関係ないこと・どうしようもないこと)を延々聞かされている方がいたら、まずはそれは今すぐやめて頂きたい。

事実、私が家を出て行って " ゴミ箱 " がなくなったって、毒母はピンピンしてますからね。

 

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" オトコ " のことで娘に張り合わないでください

今は全く思わないのですが、母に洗脳されてこうでなきゃ!とかつて思っていたことの中に『男性たるもの、車を運転できてこそ』というのがありました。

これは、母の長年に渡る刷り込みによるもので、昔は当たり前みたいに私もそう思っていました。

時代や地域性もあるとは思うのですが、母はドアtoドアで行けることをものすごく評価するので

車の運転が加齢によってままならなくなれば父のこともボロクソに貶し、人として価値がないかのような言い草でした。

 

なので、私が母の運転手代わりにならなきゃと本気で思っていたし

運転の苦手な私では限界があるから、そういうこともふまえて『婿をもらわないとな』とも本気で思っていました。

 

しかし途中で婿をもらうことはあまりにハードルが高いと判断したので、せめて気軽に車に乗せてくれる友達をと思って、前出の「クマさん」には何度か母も一緒に出かけるのに同行をお願いしたことがあります(その時は、運転を頼むかわりに食事代などの費用をうちがもつ)

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婿を取れないことを申し訳なく思っていた私は、せめてそういった「婿をもらったような感覚」のことを母にやってあげなきゃと当時本気で思って、実行していたのです。

 

そのうち、私は母との関係のおかしさに気付き、母のことが嫌いになって、クマさんの車で出かけることもしなくなりました。

同じ頃、母は母で件の「Y」が登場して仲良くなったのですが

tari97.hatenablog.com

 

今思うと、母って元々どことなく娘に張り合ってくるところがあって(毒親あるあるですね)

あれだけクマさんの運転の恩恵を受けておいて、自分がいざYと仲良くなると

「クマさんの車はなぁ、小さいから」(Yの車の方が、大人数のお出かけに向いている)だとか

「クマさんの車はタバコくさいから」(クマさんは喫煙者でしたが、Yはタバコは吸わない)だとか

Yとクマさんを比べては、クマさんの劣る部分をわざわざ言わないと気が済まないようでした。

 

クマさんと一緒に出かけていた時はご機嫌でしたが

内心「たりはいつでも声を掛けたら迎えに来てくれる人がいる」ということにやっかんでいたのだと思います。

その証拠に、私はクマさんの人柄が好きで『 " 車に乗れるから " 遊びに行っている訳ではない』と母に何度も言いましたが

母は二言目には「あんたはええよな、クマさん呼べば車乗せてくれるからw」と言ってきて、本当に不快でした。

 

 

ある日母と買い物をしていた時のこと。

母が転びそうになりその瞬間にちょっと足をひねってしまいました。

そこから家に帰るには、まだ30分ほど電車に乗らなければなりません。

歩ける?どうする?と声をかけていると(立てていたので、そこまで酷くはなかった)

母が「Yくんに、迎えに来てもらおうかなぁ」と言い出しました。

別に、母とYとの仲をとやかく言うつもりはないけれど、私はその時既にYはちょっと無理だなと思っていた時なので

『Yくんが来るなら、私は電車で帰るね』と言うと、母が「何でよ」「乗って行ったらええやん」と、しつこいこと。

多分、母は今度は私に『Yくん、いいなぁ』とYの存在を羨ましがって欲しかったんだと思います。

「Yくんに、来てもらおうかなぁ」と言っている時の母が、ほんとニヤニヤして、いかにも「オトコを自慢したい」みたいなオーラが出ていました。

 

母は「男性」と見れば態度をコロッと変えるみたいなところがかなりあって(真面目でビビりなので、男を漁るほどの勇気はないけど)元来かなりの男好きなんだと思っています。

 

だからこそ、私にしても姉にしても

異性が関係することに関しては「あんたは〇〇やからええやん」とか、母はすぐ張り合うようなことを言ってくるんですよね。

さっきのクマさんの件もそうですけど。(姉のことに関してはまた書けたら書きます)

 

だから、自分が優位に立ったら、今度は自慢したくて仕方なかったのだろうとも思っています。

 

一度、それより前のまだ私がYのことをよく知らない頃の話

あるライブに母と私で行く予定だった時、ちょうどそのライブ会場近くでYが用事があるから、乗って行くか?という話になって

 

事前に『出る時間、もう少し早い方がいいんちゃうかな』とも意見したのですが

母はYにはっきりとものを言えないので(娘にはあんなに偉そうに言うくせに)

案の定開演ギリギリに周辺に到着して『もうここで降りて走る!』と私が決め、小走りで会場へ向かったということがありました。

開演には間に合ったものの、走ってなければ間に合っていないし

私は余裕をもって席に着いておきたかったし

何より、Yから「遅くなってごめんな!」の一言が全くなかったことに驚いてしまって

(道が混んでる!何でや!と言い訳ばかりしていた。母もYもきっと内心「もう少し早く出れば…」とは思ったはずですが、2人ともガキみたいな性格なので、絶対にそこを認めなかった)

 

帰りもYが迎えに来ていたのだけど「開演ギリギリになってごめんな」とかいう言葉も結局最後まで一言も、まっっったくなく

わざと「開演に間に合わなかったことには触れない」みたいな空気を出され(母はこういう時絶対オトコをかばうので、Yにも厳しいことを言えない←こういう女、ほんとに嫌い)

さすがの私もブチ切れて、家に着いたとき一言も礼を言わずに車から降りました。

 

すると、自分の " オトコ " をぞんざいに扱われたのが気に入らない母は、家に入るなり

偉そうに「いくら遅れたって言ったって、礼は言わなあかんで!」ですって。

 

『まぁ確かにそうやけど、逆に遅れたことへの謝罪はない訳?』『私もう少し早く出た方がいいって言ったよな?案の定遅れたやん』と言うと

「間に合ってんから、ええやん。何があかんの?」

『あれ、間に合ってるって言わんから(笑)』

「何で?始まってなかってんから、ええやん」(また出た。自分勝手な「ええやん」)

自分が「嫌」って思ったら、家族が『ええやん』って思っても断固として許さないくせにね、私には「ええやん」を押し付けるんですね(笑)

 

私も大人げないですけど

『もうYくんの車には絶対乗らないから(笑)』と返しました。

 

大体、もっと些細なことでも激昂しては機嫌を損ねてきた歴史があれだけあるくせに

普段温厚な私がここぞって時にキレたら「よくあんな態度取れるな!」って…

母にだけは言われたくないです(笑)

 

まぁこれも、そもそも「車さえ乗って行けたら、あとはどうでもいい」くらい、車を崇拝している母と行動したからこういうことになったのだろうとは思っています。

 

「確かに、開演ギリギリになったのは残念やったけど、乗せて行ってくれたことは感謝してほしいな」くらいの言い方ならばまだしも、母の

「ライブに遅れるくらいどうってことないし、そもそも間に合ってたからいいやん」ってな考えがね(笑)まぁ母らしいっちゃ、らしいんですけどねw

 

まぁ、そもそもYの車に乗って行ったことが元凶なのはわかっています。

ムキになって断るのもな(断ったらどうせ母がうるさいし)と思っただけですが

こういうのがダメだったことはもう学習しています。

今は母が機嫌を損ねようがしつこかろうが、断れるようになりました。

 

何でそもそもそんなリスキーなことをしたんだ?というのは、毒親育ちにはあるあるですから、言いっこなしでお願いしますね(笑)

 

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子どものまま、子どもを産んだ者たち

またある毒親育ちの方のブログを読んでいて、色々感じたので書こうと思います。

その方はおそらく私と同世代(昭和50年代後半生まれ)

親も私の母と同世代(団塊)のようでした。

 

その方はネグレクト気味に育てられたようで、詳細は割愛しますが、書き起こしている両親のセリフの端々に、私の母と似た部分がたくさんありました。

 

その方のお父さんの言動の中で「子どものできない部分や足りない部分をわざといじる」みたいな、そういうところが私の母にそっくりでした。

tari97.hatenablog.com

読んでいるとそのお父さんも、おそらく幼い頃自分自身を認めて可愛がられたことがなかったのだろうなという印象を受けました。

だからまだ幼い、右も左も分からないような子どもと、もう40年くらい生きてきているいい大人が、同じ土俵で子どもをなじったりするんだな、と。

 

戦後の混乱の中で、子どもから大人になる過程を過ごしたこの世代(団塊)の中にはこういう人って多い気がします。

精神的に子どものまま、いっぱしに結婚・子づくりだけはするもんだから(時代が時代なので仕方ないけど)

こういう「言動がガキみたいな親」が多いんじゃないかな?と感じています。

 

そういった時代の中、私の母も生きて来て

母の両親(私の母方の祖父母にあたる)が、四人の兄妹たちを育てるのは確かに大変だったのだと思います。

特に母のお母さん(私の祖母)が、厳しい人だったようで、私は母(とその兄妹)がああいう毒思考になったことはこの人から受け継いだ連鎖だと思っています。

tari97.hatenablog.com

戦後のしんどい時期な上に、家が大変貧しいこともあって、母は幼い頃とにかく「贅沢言うな」「我慢せぇ」といった類の言葉をたくさんかけられてきたようです。

その証拠に母は「贅沢言うな」「我慢せぇ」が大っっ好きな根性論信者だったし

tari97.hatenablog.com

二言目には「おかーちゃんによう言われたわ!(だからそれが正しいのだ)」みたいなセリフを吐いていました。

 

平成も20数年過ぎてもなお、昭和の「食うや食わずの生活」を引き合いに出して私を怒鳴り散らし

わりと最近にも私より20歳下の姪にも偉そうに「薪で火起こしながら受験勉強した」みたいな話を延々として、姪にはスマホをいじりながら完全に聞き流されていました。(武勇伝を語って偉そうにしているうざい上司みたいw)

 

母自身も子どもなのに「空気を読んで」「我慢して」ということを嫌と言うほどやらされてきたのだろうし、それが親を敬うことだと信じて疑わなかったのでしょう。

 

だからこそ、寂しさを抱えたまま、大人になりきれないまま大人になって旦那と二人でラブラブ~♡なうちは良かったのだけど

ある意味「自分の分身」のような「娘」が生まれたら「大人になりきれない部分」が出てきて

娘を下に見たり、自分が優位に立たないと気が済まないみたいな態度が見受けられたのだと感じます。

結局、毒の連鎖が起きたのだと思います。

 

…こうでも思わないと、私はどうしてもなぜあんなに可愛い子にそんなことをできたのか?という部分が整理がつかないのです。

 

私、姪にすら思いますよ。

ただの姉の子と言えど、こんなにかわいいのに

なぜ「実の娘」に対してあんな横柄な態度が取れたのか

 

私は子どもはいませんし、元々子ども好きでもないですが

例え他人の子であっても「子ども」という立場の者に、あんなに酷いこと言ったりやったり、しろと言われたってできません。

 

自分の親相手だとどうしても「とにかく腹が立つ」「何であんなに酷いこと言われないといけなかったのかな」ということにフォーカスしがちですが、他人の似たような親のエピソードを読むと、自分の親よりかは幾分か客観視できて

きっとこうだったのだろうなぁというのが垣間見えるので

「似た親を持つ人のブログを読む」というのも、効果的かな?と私は思っています。

 

かと言って毒親を『仕方ないよな』なんて、許す気などないですけどね。

 

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お弁当を、自慢せよ

母は「私がこんなことしてたら〇〇やと思われるかな」とか「私のこと、きっと噂してるわ」みたいな

え?自意識過剰すぎwwwみたいなことをすぐ言う、とは前回にも書きました。

tari97.hatenablog.com

最近になってやっと『誰もそこまで母さんのこと話してないから』と(嫌味も込めて)返すことができるようになりましたが(それでも理解できないようですが)

昔は母にそんなことを言うなんてめっそうもないので、母の喜びそうな返事を必死で考えていました。

tari97.hatenablog.com

 

学生時代、今日のお弁当おいしかったという話をすると「友達、いいなぁって言ってた?」と、「友達に羨ましがられたかどうか」を、必ず聞かれました。

これも、自意識過剰ですよね。

 

私の中学は、なぜか昼食中は私語厳禁で、机を移動させたりもなくて、お葬式みたいな雰囲気の中黙々と食べるというスタイルだったので(放送部の放送は流れていた)

中学3年間は『お昼、喋ったらあかんから』と、母の「友達に羨ましがられたかどうか」の圧からは逃れられていました(それでもしつこく聞かれたけど)

 

それでも、母を喜ばせるために『隣の席の〇〇くんは、おかずが茶色だらけだった(と言えば、母が喜ぶだろう)』というようなことを適当に言って、機嫌を取っていました。

 

高校に上がってからも、ほぼ毎日お弁当を持たせてくれました。

が、いざみんなでお弁当を食べるようになっても、本当に「たりの家のお弁当、すごいね」なんて言う友達別にいませんでした。

けれど母には「周りの子はどんなお弁当持って来てる?」「たりのお弁当、羨ましがられる?」と、ほぼ毎日のように聞かれました。

 

私はまだその頃自分の家がおかしいなんて思ってないし、どこのお母さんも『よその家のお弁当を気にして作っているものなんだ』と本気で思っていたので、さりげなく友達のお弁当をのぞき見しては『緑が少ないな』『おかずが少なくてふりかけでごまかしている?』とか自分のお弁当より劣っていそうな部分を必死に考えて、母に報告しなきゃと思っていました。

実際には、友達が「たりのお弁当、豪華」とか「たりのお母さんすごい」なんて誰も言わないので、まるで本当に友達が言っていたかのように母には話をしていましたが、大体嘘か話を盛っていただけです。

 

これまで何度も書いてきたように、母は自分が料理上手であることを自分でもものすごく高く評価していたので、お弁当にも確かに手抜きはしていませんでした。

(実際には、最低限の食事を与えることは親として当然の義務だし、母が料理上手か?と大人になった今考えたら、疑問に思う点もかなりありますが)

 

確かに、お弁当は私のつまらない学校生活の中では楽しみのひとつでしたが、お弁当の時間をなくしてでも『早く帰りたい』と思っていたくらいなので、別になけりゃないで良いという程度でしたが、母には『母さんのお弁当食べるの、毎日死ぬほど楽しみ!』と、かなり大げさに言っていたように思います。

 

ただ、体調が悪い時とか、時々食べられない時だってあります。人間ですから。

けれど、そういうことがあると絶対に母の機嫌が悪くなるから、見つからないように紙や袋に包んで捨てたこともあります。

最初の頃は正直に食べられなかったことを申告していましたが、せっかく作ったのに!と怒り出す方が面倒だなと学習したためです。

 

そんなこともあって、私のお弁当箱はどんどん小さくなり、大きいお弁当箱にたくさん詰めたがる母と、何度も喧嘩になりました(自分の力を誇示できる「お弁当作り」を制限されるのが嫌だったのでしょう)

 

一度だけ、お弁当に入っていた茄子の煮物が口に入れた瞬間舌を刺すような感覚があり、ちょっと酸っぱかったので多分傷んでいたのだと思います(すぐに口から出して、家に帰って捨てました)

その時はさすがに『今日の茄子、多分傷んでたよ。口に入れた瞬間、すごい舌刺したから』と言うと「捨てたん?」と聞かれて『うん、お腹壊したら嫌やから残して帰ってきた』と言うと「うそやん。ほんまに?そんなこと、あるはずないけど」で、また延々、私を疑うような、まるで私がイチャモンをつけたみたいに言い返されました。

 

私が元々好き嫌いの多い子で、うまいこと言って茄子も残したとかならわかるけど、むしろ茄子大好きだし『残念ながら、食べられそうもなかったので、やむなく捨てた』というニュアンスで話しているのに、です。

普通まずは「ごめん」じゃないか?

こういうことが重なり、きっと「母と食」とが密接に関係していて、時折食べることにストレスを感じる原因になったのだろうと思います。

tari97.hatenablog.com

 

そもそも今考えると、母のお弁当作りの糧となっていたのは、たりがおいしいと言って喜んでくれたらいいなと「私を想う純粋な気持ち」と、周りの子にいいなと羨ましがられて、良いお母さんだねと思われる「母の自己満足のため」とで構成されていたのだなと思います。

 

ただ、私が引っかかっているのはその比重が、どちらがどれくらいだったか、なんです(笑)

 

味がおいしかったことは事実なので、あくまでも「おいしいお弁当を提供してくれた」事実にのみ、感謝はしていますが。

 

 

コメントを時々頂きます。ありがとうございます。しっかり読ませて頂いています。

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毒親あるある◆自意識過剰

私の母はとにかく人からどう思われるかをやたらと気にする人でしたが、その基準が大体「母が勝手に思っているだけ」なので、そこはそんなに気にするけど、そこにはそんなに無頓着なんだと不思議になることが多々ありました。

  

母が自分のことで気にするのは、どんな家に住んでいるか、どんな車に乗っているか

自分がどれだけ料理を手抜きしていないか、節約ができるか

旦那と歳が離れていること、娘が自分の思い通りの人生を進むか(それを自慢の材料にする)

これらを他人からどう思われるかを常に気にしていました。

 

かたや、そこは気にしないんだ?と思うのは、言葉遣いや食事マナー

他者への気遣い、どこでもすぐに機嫌を損ねて場の空気をぶち壊すところ、服のセンス、家の片付け など。

tari97.hatenablog.com

 

母はいつも自分の身を、やつす(関西弁で「おめかしとか化粧する」という意)ことは考えてない(質素に生きる私、偉いでしょ)と、自慢げでしたが

それはただ単に母が洋服やコスメに無頓着・無関心だっただけの話で、本当はきれいな服を着たいけど我慢してる…という訳でもなかったのですが、母としては「良き妻・良きお母さん」と自分で思っていたようです(昔から、そういう言動が多々あった)

 

そういう風に、母は自分が容易にできること(料理もそうです)に関しては、やたらと自分を高く見積もり、自信満々に良妻・良母アピールをするようなところがありました。

 

私からすれば、汚い言葉遣い(私も時々このブログでムカついたら言葉悪いですけど)や食事マナー、差別的な発言、自分の機嫌すら自分でコントロールできないところ、片付けができないところなんかをもうちょい気にしたら?と思うんですが

母的には、そこは人からどう思われたって平気だから、改善する気もないというスタンスなんだと思います。

 

職場に行けば、平和な話よりも不幸な話が大好物。

近所の人や職場の人の車が変われば「グレードが~」と騒ぎ

tari97.hatenablog.com

自分が退職せざるを得なくなれば「くたばったと思われる。バカにするな。」と1人で憤慨し

tari97.hatenablog.com

そもそも、私も姉も母の話を聞いていて『よくそんなに他人の話に興味あるよね?』『安い車に乗ってたらそんなに貶しの対象?』『他人が退職しても、ふーんで終わるよ?』なんですけど

 

自分基準の幸せを達成していたるだけなのに、それを他人からも幸せなんだと思われる・羨ましがられるに違いないという勘違いをずっとしていたのだと思います(不幸については、全くその逆なんだと思います)

 

ただ、母が今自分の買える中で最高の車を買っただけの話なのに「どうだ!みんな、羨ましいだろう」とでも言わんばかりの自信(それよりお高い車乗ってる人なんて、町内にも職場にもごまんといますけど)

人の不幸には聞き耳を立てて「ざまぁ見ろ」と言わんばかりにマウンティングの対象に。

 

母って「私がこんなことしてたら〇〇やと思われるかなぁ」とか「私のこときっと噂してるわ」みたいな、え?自意識過剰すぎwwwみたいなことをすぐ言うんですよね。

(これって、毒親あるあるですか?)

 

ある日姉が『母さん、自意識過剰やな』『みんな人の事そこまで興味ないけど、そんなふうに思うってことは母さんは他人のことそうやって思うの?』と聞いたそうです(笑)

自分もそう思うから、他人にも思われてると思う!と母は言っていたそうです。

 

誰もあなたのこと、そこまで気にしていないし、見てないよと思うのですが、母自身は他人がそこまで気になって仕方ないし、見ているのでしょうね。

だから他人もそうなんだと思う⇒笑われないようにしないと!の繰り返し。

 

なぜその「自分基準」だけで、世の中の全てを、決めつけてしまうのでしょう。

それが自分を苦しめることにもなるのに。

まぁ、娘にこりゃだめだと愛想つかされるくらいなので、それほど毒親の脳みそはがちがちに錆びついているのだと思います。

もう、どうしようもないとこまで来ているんだろうなというのが正直なところですがね。

まぁ、それにあてはめれば「家族が心底嫌いになるなんてことはない」と自分が思うから『娘が自分を嫌うはずがない』とも、あそこまで自信満々で思えたのでしょう。

ある意味平和な脳みそでもあります。

 

そりゃ実家にいた時にあれだけ私が色々言ったって伝わらない訳です。

またひとつ、合点がいきました。

 

老いた母を見て、もっと敬いたい・もっと大切にしたいと思えるような母ならどんなに良かったか…と、とにかく残念に思います。

 

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価値観の違いを認め、高め合える世の中に

先日、ある質問掲示板を見ていた時のこと

質問者は結婚して、子どももいますが金銭的にやむを得ない事情でちょっと人には言いづらい、割りの良い仕事をしている。

が、自分が思っていたよりも稼げないから、その方は自分に自信のあるところ(セールスポイント)や、苦手でできないこと等も具体的に書き、どうすれば良いか?と、その道に詳しい方にアドバイスを求めていました。

私はこういう類の質問を見ると、またボロカスに質問者を叩くレスがあるのでは?と解答欄を見るのにドキドキするのですが

この何年かで確かに時代も変わってきたなという実感と言うか

「世間一般の当たり前」にとらわれて偉そうに叩く人が以前よりかは減ってきたな~という印象を受けました。

 

前にも書きましたが

tari97.hatenablog.com

どこにでもいる、今関係ない「そもそも論」を出してきて、自分が正しいと思っているタイプの人。

そういう人ってたいてい偉そうで、その割に質問の回答になっていなかったりするんですよね。

ただ、今回の掲示板を見て、そういう人が確実に減ったのでは?という気がしたのです。

回答欄を見ていると『なるほどー』と、関係ない私も納得するような建設的なレスがたくさんついてました。

 

まぁ50件近く回答が付いていたので、もちろん中には「はいはい、出ましたw」な人もいました。

「そもそも、旦那の稼ぎだけでやっては行けないのですか?」(それが、有り得ない・情けないニュアンス)

やっていけないから、相談してるんだよ(笑)

今、金銭的にやっていけない理由をどうこう言う時ではないし、質問者は「働き方」の質問をしに来ているんだから、その場でわざわざ質問者を貶すことの方が「スレチ」なんですよね(笑)

 

確かに、かつては養ってもらわないと女ひとりでなんて生きてけないみたいな風潮があったようだし(母はいつもそんなことを言っていた)夫の稼ぎに「最も」という程、重きを置いていたのもわかります。

多分、そういう思想の人が書き込んだんだろうなとも思います。

けれど、「今そういうことを言う場ではない」時に、そういった「そもそも論」とか、ひと昔前の当たり前を振りかざして、偉そうにしている人って…何だかなぁ…って思ってしまいます。

何か、母にすごく似てるんですよねぇ。

 

今は生き方や、暮らし方、働き方。多種多様です。

昔よりもはるかに選択肢も増えています。

 

そんな中で、いやいやそもそもね、なんて、これまでの世間一般の当たり前を振りかざす人、それができてる自分が偉いと勘違いしてる人。

私は正直、時代遅れだと思う。

tari97.hatenablog.com

そして母が本当にそういう「昭和の固定観念」にいつまでもとらわれているようなタイプで、母自身の思う枠にはまっている自分は「素晴らしい」「頑張ってる」と、自己評価やたら高めだったから

どうしてもそういう感じの人にすごく嫌悪感があります。

 

私は今30代半ばですが、私と近い年代と、とくに私より年下の人はわりと他人の「人と違う部分」にも、柔軟性をもって話をきけるところがあるのではないかなぁ?と感じています。

いい意味で「他人に興味がない」のかも。

でもそれって、すごく良いことだと、私は思います。

いちいち人のあれこれを気にしては、貶して、自分と比べて、争ってみたり怒ってみたり

tari97.hatenablog.com

そんなことばかりして生きていた母を見て来たからです。

毒親って、何事もすぐ自分を主役にしたがるから「客観的に見る」ことができないのかな。

その上「良い・悪い」でしか、物事考えられないから(笑)

tari97.hatenablog.com

そりゃ、質問に対しても、建設的に考えられないか(笑)

もちろん、母の世代だけでなくこういう毒親風思想を受け継いでいるな~という人もたくさんいます(ちなみに、そういう人は何気ない一言とかで『ん?』と思うので、距離を取ってしまうw)

 

個人の事情を尊重して、たとえ理解ができなくても貶し合うのではなく、違いを認め、高め合える世の中になればいいなぁと思います。

 

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