もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

幼い頃にずっと抱いていた疑問

母の、何でも物を溜め込み、片付けができないところや、行動が雑なところはこれまで何度も書いてきましたが

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母ってそういう部分があったのとともに、協調性もなかったことに気がついたのは

つい最近の話です。

 

昔から、父はキレイ好きで、父の入った後のお風呂なんかもキレイでしたが

母の入った後のお風呂は汚くて、私はそれが嫌いでした。

 

特に嫌だったのが、シャンプーの残りが少なくなると姉が『そろそろ詰め替えをしよう』と、ちゃんと把握してくれているのに、ちょっとシャンプーの出が悪くなるとすぐに母がボトルに水を足すのです。

 

最終的に詰め替えの前に洗うにしても、母は関西弁で言う「いらち」なので、まだ頑張ってポンプを押せば1回分くらいは出そうな段階でもすぐイライラして水を足して

そこまではまだ良いとして(良くないけど)

入れたら入れっぱなし。

後に入る人にも「シャンプー、水継ぎ足して使ったから」等の声掛けも一切なし。

知らずにその後に入って、ポンプからシャバシャバのシャンプー水が出てきて、何度イライラしたことか…(思い出すだけでも腹立つ)

 

『まだ残ってるのに、すぐにボトルに水入れんといて』『水入れたんやったら、それ言って』と、その度に姉と一緒に言うのですが

また母得意の「ええやん、それくらい」で済まされ

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あまり言い過ぎたら、逆ギレされるのがオチなので

いつも私たちが腑に落ちないまま、我慢せざるを得ない状況でした。

 

今思えばあれも、どうせ「親のやることやろ、何が悪いねん」という気があったのだろうなと思います。

そのくせ、娘には耳が腐るほど、あれをしろ・これはするなと押し付けてきて

他にもそんなことが山ほどあったので

 

私は幼い頃ずっと『大人になれば、自分ができていなくても偉そうにできるのだな』と本気で思っていました。

 

子どもの私は、何をやっても怒られる。

同じことをお母さんだってやっているじゃないか。

なぜ、私はダメで、お母さんはやってもいいの??

 

私の頭からこの疑問が消えることはなく

時には口に出して言ったこともあります。

『母さんだってやってるのに、何でいつも私だけが怒られるん?』と。

バツの悪くなった母はお決まりの「つべこべ言わんと、親の言うこと聞け!」で

 

しつこく言及なんてしようものなら

倍以上返しで、またボロクソに怒られるのもわかっているので

おとなしく聞き入れるしかありませんでした。

 

だからずっと、私は早く大人になりたかった。

 

私は、これまでも母から相当「アンタは他人とは暮らされへんやろうなぁ」とか

とかく「アンタは協調性がない!」みたいなことを

散々バカにするように言われてきたけど

こんなことを日常的にやってきた人が「協調性がない」とか、どの口が言ってるのかな?案件です。

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母に言いたいんですけど

あなたはけして協調性があったのではなくて

家族が死ぬほどご機嫌を取って合わせてあげていただけですからね。

 

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娘を思う気持ちが不純

昔からの母の言動を思い出したり、姉と母の話をしていると何か釈然としないというか

周りの子育てをしている人たちと、何かが違うんだよな…みたいな気分になって

これって何なのかなぁ?とずっと不思議でした。

私は子どもを産んだことはない分、子育てをしている人から「何に重きをおいて子育てをしているか」を聞くことにすごく興味があって、話を聞いて『きっとこの人は、子どもに対してこういう姿勢で接しているのだろうなぁ』と、想像するのが好きです。

 

そういうことを考えた時に、母の子育てについてすごくモヤモヤした気分になり

その理由を今もなお、探しています。

 

理由の1つとして、前にも、私と母とでは愛の定義が違うのだと思うということは書きましたが

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それ以外にも最近感じたことが、確かに母が娘のためを思っていたのはわかるのですが

「娘を思う気持ちが不純」だったのではないかな、と。

 

結局、これまでに嫌という程書いてはきたけど

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母の子育てって自分が後でラクしたいから、先に投資をして娘を手なずけておこうみたいな考え方だったと思うし(おいしいご飯を作るとか、金銭的に苦しい思いをさせないとか、一見「娘のため」感にあふれているように見えるけど、実際は根底にほぼそういう気しかなかったのだと思う)

ずっとそのことに主に嫌悪感を抱いていましたが

そのほかにも、コンプレックスだらけの母にとって「自慢できる娘たち」が唯一、他人からマウントを取れるネタだったんじゃないかな、と最近思うのです。

 

それが「娘を思う気持ちが不純」なんじゃないかなと感じた原因です。

 

今、姉が時々実家に行って母の世話をしてくれていますが

母は「娘さんがよく帰って来てくれて、羨ましいわねぇ」と周りに思われると本気で思っているらしく

それが今の自慢らしいのですが

だから(周りに羨ましがられるから)、来てくれて嬉しい。は、違うでしょ、と。

姉が時間を割いて来てくれていることを純粋に、嬉しい・ありがたいと、思うことはないのだろうか…。

純粋に、思ってるのかもしれませんが、多分母にとっては「周りに羨ましがられること」の方が、ウエイトを占めてるんじゃないかなと思うのです。

 

しかもこれもね…余談になるけど

皆が皆そう思う(羨ましいと思う)とは限らないじゃないですか…。

「あそこの娘さん、いい歳してよく実家にいるけど何しに来てるんだろうねぇ」と言う人もいるかも知れないし(私は他人にあまり興味がないので、わからないけど)

母の、自分がこうだと思ったら、周りの人全員同じ考えだと思い込めるのって

ある意味すごく幸せですよね(笑)変なとこが、脳内お花畑なんです。

 

 

それと似た話で、私が母の会社にコネ入社した時も

私はずっと、たりが職に困らないように、と純粋な気持ちで話をつけてくれたのかと思ったら、ある時「(職場の人に、娘のことを)自慢したかってん!」ですって。

 

自慢って…?って感じですけど

その会社は古くからの工場のようなところで、女性自体が少なく若い子も少ないため当時20代半ばの私が入社しただけでもちょっとした騒ぎになっただけで

特別私が美人だとかいう訳ではなく、まぁ、あの職場なら私くらいのスペックでも騒ぐだろうな、みたいな(笑)

それを母はわかっていて、社内でのマウンティングのネタに、私を使ったんだな、と後になってわかりました。

 

さっきの姉のこともそうだけど

思うのは勝手だけれど、バカ正直に口に出さなくてもいいんじゃないかなぁ。

 

そりゃ、本心で私を心配する気持ちももちろんあったと思う(思いたい)

さっきの話で言えば、姉が来てくれて、純粋に嬉しい気持ちが勝っているのかも知れない。

 

けれど何か、母っていつもいつも、最後に本心言っちゃうみたいなところがあって

そういう一言で台無しなんですよね。

娘を思う気持ちが不純な割に、時々脳内お花畑だから、ツメが甘いんでしょうね。

もうちょっと、うまくやれよw と、思ってしまう。

 

だからこそ、幼い頃、純粋に母を好きで敬っていたのが悔しいし、あの時間何だったんだろう。みたいな気分になるんですよね。

 

私ももっと幼い時から、純粋な心を捨てて母と接していたらよかったな。

 

家を出て行く時に、私は母に散々「裏切り者!!」と罵られたけれど

こっちだって、十分裏切られたような気分ですよ。

 

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母にとっては「あの程度のこと」なんです

趣味もない、友達もいない母が連絡してくる数少ないネタのひとつ

「昨日の〇〇(テレビ番組)見たか」

今回ばかりは『世界仰天ニュース、見たか?』と、何度こちらから母に連絡してやろうかと思いました。

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姉がちょくちょく母に会っているので、姉は早速同じことを母にたずねたらしく

母いわく「途中まで見ていたけど、何だかモヤモヤして、身につまされる思いがして、途中で見るのをやめた」らしいです(笑)

そういえば以前「明日の約束」というドラマの冒頭で「私は母が嫌いだ」というようなセリフのその一文で見るのをやめたとも、母は言っていました。

もしかして、少しは自分が「毒親」というものに該当するかも?とでも、思ってきたのだろうか?少しは反省しているのだろうか??

 

そう思ったのもつかの間、姉からの話を聞いてやはり母は救いようのない、筋金入りの「毒親」だったことが、今回またわかった気がしました。

 

「自分が毒親である」というワードが母の口から出ることはないものの(まぁそりゃそうかな。実の娘でも自分の親が「毒親」かもと認めるのはあれだけしんどかったのだから)

どうやら「娘に嫌われている」ことは、自覚があるみたいです。

でも、どうしても、どう考えても

なぜそこまで自分が娘に拒絶されないといけないのか?

それがわからない

あの程度のことで自分の頑張ってきたことが帳消しになることが、どうしてもわからない

喧嘩したっていいじゃないか、家族なんだから。

だそうです。

ね。やっぱり何も変わっていません。

 

多分母はこうやって、死ぬまで自分を省みることなく生きて行くのだと思います。

私も姉も、料理がおいしかったこと、金銭的に苦労しなかったこと、姉妹で差をつけなかったこと

それ以外のことは、絶対に肯定しない。

しかし母は、その他のほぼ全てのことも「認めろ」「ほめろ」というスタンスで

(もう、産んで育ててやっただけでも有難く思え、感謝しろ!ぐらいのレベル)

自分があれだけ偉そうに言ってきたことや、娘に取った酷い態度・暴言の数々が、未だにあの程度のことな時点で、やっぱりどうしようもないな、と感じました。

 

大体、あれだけ人格を否定するようなことを言って、娘の自己肯定感を根こそぎ奪っておいて、自分だけは認められたい・ほめられたいとか、正直ふざけるなと思います。

 

なぜそこまで自分が娘に拒絶されないといけないのか?…私は何度も何度も「警告」をしました。

これ以上、その横柄な態度を改めないならば、母さんのことを嫌いになります。と。

嫌いになりたくはないから、家を出ます。と。

 

その、度重なるイエローカードを「何だそんなもの」と、嘲笑ったのは母のほう。

イエローカードって、枚数が重なるとレッドカードになるって知らなかったかな?

それでも、相当な数のイエローカードで猶予を与えたつもりだったし、ハナからレッドカードを出さなかっただけでも、有難く思ってほしいくらい。

 

でも、ここへきても、あの程度のことで=何でレッドカードなんか出されないとあかんの?なんですよね、母の場合。

 

あれがいけなかったのかなとか

実際娘が嫌だったと言っているのだから「悪いことしたなぁ」と思うとか

そう思えないのなら、もう試合に出る必要はない=娘に嫌われたまま、生涯を終えたらいい と思います。

 

前の話では、まるで自分がある時からきっちり線を引いたみたいに「控えめになるつもりでいた」みたいなことを言った母でしたが

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今のこの発言を聞いたら、改めようなんて気、絶対になかったですよね。

口ではそんなふうに言ったって、根底にずーーっと

家族なんだから(何をしても、言っても許されるでしょ)

親なんだから(このくらい、いいでしょ)

という気持ちが、絶対あった

ある意味、それを暴露したようなものです。

 

「あの程度のことで」このひとことに全てが凝縮されています。

 

大体「喧嘩」ってね(笑)

母の場合「親」というだけであんなに威張ってるのに(親が偉い!言うこと聞かんかい!)

それ「喧嘩」じゃないでしょってね。

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あのまま私が我慢して、精神を病んでまで母に合わせて生活をともにしていたとしたら

「娘に嫌われている」事実さえもつきつけられないまま、母はもっともっと調子に乗っていただろう、と思うのは自然なことだと思います。

私はもっともっと壊れていたかも知れません。

 

私は、自己肯定感の低さからか?

何に対しても『これで良かったのだろうか』『今までの選択は間違えていないだろうか』という問いかけを常に自分にしてしまう癖があるのだけれど

やはり、家を出て、母と離れたことだけは『これで良かったのだ』『今までの選択は間違えていない』と思うことができました。

 

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「ザ!世界仰天ニュース」見ました

20日に放送された「ザ!世界仰天ニュース

放送を見られた方も多いかと思います。

www.ntv.co.jp

私も、普段はあまりテレビを積極的にはチェックしないのですが

これは夜に用事があって録画をしておいたので帰ってすぐに見ました。

 

 

宮澤那名子さんのことはわりと前から知っていて

実は、私が毒親問題と向き合う中で一番と言っていいほど励みになったのが

宮澤さんのブログでした。

現在もカウンセリング等の活動をされていますが、以前からコンスタントに「毒親育ちのお話会」等も開かれていて

実は私も1度、お話会に参加したことがあります。

 

以前のこの記事のひとつめに書いたのは、宮澤さんのブログのことです。

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とにかく、宮澤さんのブログを見つけたときに感じたことは『私と似てる…』でした。

 

毒親」とひとことに言っても、色々タイプがありますが、宮澤さんのお母さんが私の母とタイプがそっくりなのと(ちょっとでも気に食わないと急にキレる、楽しそうにしている娘たちに嫌味のようなことを言う、いい歳になっても娘の行動を制限する 等)

宮澤さんも、私と同じ2人姉妹の妹であること(ただ、うちは宮澤さんのお姉さんのような、母に言い返せるような姉ではないですが)

わりと、裕福な家庭で育ってこられたこと

お母さんは、娘が憎いわけでも、愛していないわけでもなく、真面目に厳しく育てているつもりだったこと

等、とにかく『私と似てる』というところが多かったのです。

 

私は、自発的に心療内科を受診した経験はあるものの、正式に病名がついたことはありませんでした。

ですが今思うと、確実に母と過ごすことで心が蝕まれていたことはわかるし

かなりまずい精神状態であったことは自分のことなので、自分が一番よくわかっています。

 

そしてきっと、宮澤さんのように、自分の精神状態を母に打ち明けても

同じような回答が返ってきてただろうな、というのも想像がつきます。

(実際、母はすぐ「お母さん、うつ病っぽいから」とか、自分で言います(笑))

私の母の場合はきっと「根性なし!」攻撃でしたでしょうけど。

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そんな中で、逃げるように実家を出て、解毒を行ってきたその宮澤さんの過程が

ちょうど私の解毒の段階と合ったこともあり

宮澤さんの活動にもちょくちょく参加をして、とても励みになったのでした。

 

こういう「自分に合ったものを探す」のは、毒親問題と向き合う中でとても良いことだと思っていて

けれど中には「ちょっと違うな」と思うものもあると思います。

なので、私はここで『宮澤さんのブログが良いよ』といったことを伝えたかった訳ではなく

『自分に合ったものを探すのはとても良いこと』というのを、お伝えしたかったのです。

 

放送後、ツイッターなどを見てみたら『やっぱり出て来た、こういうタイプw』なツイートもありましたが

わからない人はわからないでいいじゃないですか。

同じ毒親育ちでも、100%共感することなんて、ないと思うから。

 

ただ、毒親を持ったことがない人の空気読めてない感想はまだ仕方ないとして

自分も毒親育ちなのに、的外れな自論を彼女に向けて吐いた人は

毒親予備軍」になっていないか、気をつけた方がいいんじゃない?😂と言いたい。

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怪我みたいに「はい、これで完治しました」みたいなことがないから、毒親問題は難しいです。

それに、周りから見てもその異常さにはなかなか気付いてもらえないからこそ

自分の「気付き」がすごく大事だと思っています。

ただ、自分1人ではなかなか「気付き」を得ることは難しいとも思っています。

私も、未だに他の人のエピソードを聞いて『あ、そういえば、うちでもそんなことあったわ』と思い出すこともありますし。

 

だから今私は、どんな些細なことでも、思い出す度にメモをして、時間を割いてブログで発信しています。

 

私が宮澤さんのブログに助けられたように、私のブログもまた、そういった存在になれたらいいな~と思っています。

 

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心の貧しい人

娘が楽しそうにしていると「いいわね、あなたは楽しそうで」みたいなことを言われる、というのも毒親あるあるのようですが

うちではこういう言い回しこそなかったものの、似たようなニュアンスのことはよく言われました。

 

母はいつも「誰かに幸せにしてもらう」ことばかりで

その割に自分の思ってたものと違えば幸せとは感じず、感謝することもなく、すぐに文句をつけて

自分で自分の機嫌を取って楽しく生きる術を知らないから、「幸せ」の間口が狭くなるのだと思います。

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なので、楽しそうにしている他人に対してもなんとなく卑屈な気持ちになり、そういうセリフが出るのだと推測します。

 

最近の母は、とにかく自分の今の生活を自分で擁護するみたいなところがあって

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何でそんなことばかり言うのだろう?と最初は不思議でしたが

まぁ単純に言えば、面白くないのでしょう。

 

母の承認欲求は病的なので、まだ労ってもらったり、心配されたり、とにかくかまってほしいのだと思いますが、娘はもうそういう母のご機嫌取りをしなくなったので

そんな時に娘に軽くあしらわれると

「まぁな、あんたらも、歳取ったら(私の辛さが)わかるわ!」

と、必ずと言っていいほど言います。何だか、少し吐き捨てるように。

もうね、何ていうか…(笑)

娘は娘なりに母を必要とせず生きているのも気に入らないし

自分が一番不幸でしんどいアピールしているのに労われないのも、気に入らないんでしょうね。

 

とくに私の姉に関しては、結婚して、娘にも慕われて、義理の両親とも仲良くしているので

一人で暮らす私に対してより、気に入らないところがあるのだと思います。

(母は、誰かがいないと生きられないタイプなので)

 

その証拠に、姉の子どもが成長して、いつか出て行くのだろうなという話をしていると

「娘が出て行ったら、寂しくなるで!」みたいなことをすぐに言うらしいのですが

姉は母を見て、娘が家を出ることで自分の人生設計が崩れるような、そんな、娘に依存しないと生きて行けないような親(母のような親)にはなるまいと思って暮らしているので

確かに寂しさは多少あるにしても、母にそうやって「自分と同じ末路を歩むぞ」みたいな言われ方をすることに違和感があるし

『多分母さんは(自分が面白くないから)早く、自分と同じ(娘と離れて寂しい)境遇になったらええねんと、私に対して思ってるんやろうなと思う』と、姉は言っていました。

言葉の端々に、そういうニュアンスが感じられる、と。

これ、すごくわかります。

何か「今に見てろ」感がすごいあるんですよね。

 

時々「娘が幸せに暮らしてくれたらそれでいいねん」なんて言っていますけど

そんなこと本心で言えるような親なら、毒親になんてなってませんからね(笑)

 

母は、自分の頭や体で幸せになろうという知恵がまるでないので

誰かに依存するか、相手を落とすことによってしか幸せを感じられない生き物です。

 

 

だから、自発的に「楽しいことをしてみよう」ではなく

他人が「自分より楽しくなくなればいいのに」みたいな考え方が染み付いてしまっているのだと思っています。

家族の中で、次に自分のように寂しさと戦わなければならない人が出てこないか、それを楽しみに生きているのだと思います。

本当に、本当に、心の貧しい人だなぁと思います。

 

確かに金銭的には豊かな方だったかも知れませんが、心の貧しさはお金がいくらあっても、自分が変わらないと、ずーっとマイナスのままなのだと思います。

母は本当にそのいい例だと思います。

 

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矛盾だらけの毒親

これまでも何度も書いてきて、前回も少し具体的に書きましたが

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幼い頃から、母は何でも「危ない!」「やめとき!」と、何かにつけて先回りし、子どもがやろうとすることをことごとく制止してきました。

 

これは、とにかく「面倒なことが起きるのが嫌」=精神的に未熟すぎて何かが起きても対応できる自信がなかったのだと、今になればわかります。

 

「本当に心配をして」も何割かはあったのかも知れませんが、それにしてもちょっとうるさすぎやしないか?というのも、幼心ながら感じていました。

 

そうやって言われ続けると、新しくやってみたいことがあってももういいかなと思ってしまうし、実際私はかなりいい歳になるまで1人では本当に何もできない子でした。

 

 

だんだん、周りと比べて自分が色んなことをできない子なんだと気がつき始めて、徐々に友達の真似をしたり、母に隠れて練習をするようになりました。

 

 

私が母の毒親ならではの言動に一番惑わされたのが、料理についてでした。

(今まで書いた内容と少々重複しますが)

 

小学校5年くらいまで、私はガスの火をつけるのが怖くてできませんでした。

これは母から「親のいない時にガスを使うな」とこっぴどく言われていたからです。

 

小学生だったある日、友達の家に遊びに行った時に「お腹減ったから卵焼き作ろう!」と、友達が卵を焼き始めて驚きました。

「マヨネーズを入れるとおいしいんやで」と、焼いてくれた卵焼きがすごくおいしくて

『できるようになりたい!』と思った私は、母の留守の時に、友達の真似をして、ちょくちょく卵焼きを作りました(ちなみに卵はいつもストックがたくさんあったので1~2個使っても怒られませんでした。安いからでしょうね)

卵焼きを作れるようになり嬉しかった私は、その後よくマヨネーズ入りの卵焼きを1人で作って食べました。

私は実家にいた頃、隠れて料理をやることだけに限らず、何かにつけてそうやってコソコソやらなければならない環境が非常にストレスでした。

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実際にはストレスになっていたのだろうな、と最近になってわかったという感じですが。

 

私は、長い間鍵っ子でしたが、こういう「自分のやりたいことを、母の目を気にせずやれる」時間が持てることが嬉しくて

鍵っ子であることを、寂しいと思ったことはありません。

時々母には「家で1人でおるの、寂しくないか?」と聞かれ『全然!むしろ楽しい!』と答えていましたが

これは本当に強がりでも何でもなく、心の底からそう思っていました。

今思えばあの頃から母のことは相当苦手だったのだと思います(笑)

 

話がそれましたが

 

そうやって母は「危ない!」「やめとき!」と、子どもの「料理をやってみたい!」という気持ちを散々削いでおいて

定期的に「料理を毎日やるのはこんなに大変」「あんた達は口あけて待っとるだけやから」「私は女中じゃない」とキレて、ひとしきりわめき散らして

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そんな母に、私はいつも矛盾を感じていました。

 

ガス使うな!とあれだけ怒っておいて、娘に料理をもう少しできるようになってほしいの?どうやって?

「口あけて待っとるだけ」の娘になったのは、少なからず母のせいでもあるのではないのか?

 

そして、もう少し大人になってからは「一度献立考えるのからやってみろ!」と言われたので、焼肉にすると「こんな肉食えるか」とボロクソに言われ

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幼い頃は『おかしいのではないか?』『母の言うことは、矛盾していないか?』と反発を感じていた感覚さえも

その頃になると『あぁ、私ってこの家ではこうやって扱われる運命なんだな』と

諦めの感情に支配されて行きました。

その方が、楽だからです。

 

 

『こういうおかしな家に生まれたけど、出ていくこともできなさそうだし

大人しく母の言いなりになることだけが、私の生きる道なのだ』と、思い始めるのです。

そう思いながら、私は一体何年生きたでしょうか。

 

明らかに「おかしい」「よそとは違う」ことはわかるけど

とにかく「諦める」ことこそが、毒母と暮らす為の唯一の術だった訳です。

 

ここが、毒親との共存において、一番恐ろしいことなのではないかと今になって思います。

 

母と共に生きるには、自分が自分でいては、いけないのです。

そんなふうにしか共存できない母をもったことは、未だに残念でなりません。

 

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毒母とのキッチン使用問題

昔から、キッチンに自分以外が立ち入ることを母は異様に嫌うところがあり

私は幼い頃から料理やお菓子づくりなんかをしたかったのですが、ちょっとでもキッチンを触られて自分の気に入らないこと(物が定位置に仕舞えてない・食材を勝手に使われる等)が起こると不機嫌になってキレるし

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母は何でも「危ない!危ない!」と、刃物や火から子どもを遠ざけ(結構いい歳になってからも)

子どもの頃はずっと『私が怪我するのを心配してくれているのだなぁ』と思っていましたが、おそらくこれは「子どもを心配している」というよりかは

「子どもが火傷や怪我をして、自分が面倒なことに付き合わされたくない」から、あんなにうるさく言っていたのだろうなと思います。

 

こんなだから、気軽にお手伝いもできないし、自発的に手伝うというよりかは「母に言われて手伝った」経験しかありませんでした。

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なので『こういうものを作りたいからキッチン貸して』とも言いづらいし(大体『貸して』も、おかしいのだけど)

かといって『こんなものをお母さんと一緒に作りたい』なんてことも、絶対に言えませんでした。

幸い、年上の姉がいたし、お菓子づくりくらいは時々一緒にやっていましたが

そういう時は本当に楽しくて、心の中で母に申し訳ないと感じながらも、『こんなお母さんだったら良かったのに』と、思ったものです。

 

そのうち姉も大学生・主婦になり、お菓子作りなんかも一緒にしなくなりましたが、私も歳を取って、お菓子(バレンタインとか)を、渡したい人が出てきます。

お菓子づくりをするには、一定時間、キッチンを使うことになります。

私は母にそれを言うのがどうしても勇気がいるので、嫌でした。

 

母は、自分が料理したいとなった時にキッチンを使われていると不機嫌になるのはわかっていたし、使わないであろう時間帯を狙って『後でキッチン使っていい?』と聞いても

不機嫌そうに「何作るん?」「別にええんちゃうの?手づくりなんかせんでも」みたいに言われます。

夜中にやっても「こんな遅くに」とか、「早く終わらせろよ」みたいな圧がすごいので

結局、バレンタインも何度か手作りをやりたかったけど、利用時間を交渉し、母からの圧に耐えながら作るくらいなら、買ったやつでいいや…と、手づくりのお菓子を渡せたのは2度ほどでした。

しかも、私が料理とかお菓子づくりをやりたいと交渉するのに、そうやってやたらと気を遣っていたのは20代になってからの方がひどくて、なぜだったのかなぁ?と考えてみると

手づくりしたのを覚えているのは高1、高2くらいの時ですが、その頃は私も結構放任されていた(母が外で男の人とよく遊んでいた)時期だったからだろうなぁ、と。

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友達なんかは「バレンタインの本番の前にお母さんと練習で作った」とか「彼氏にあげるのに、結局ほとんどお母さんが作った(笑)」とか

仲睦まじく母娘でお菓子作りをしている様子を時々話していましたが

私の家ではありえない光景でした。

元々、母は豪快・適当にやる料理は好きでしたが(そのせいで時々失敗していましたが)

「分量をしっかり計る」とか「手順をしっかり読む」等ができず、お菓子づくりは嫌い!とよく言っていたので、余計かもしれません。

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最近、姉の家に遊びに行った時に、姪(姉の娘)が「チーズドッグを作りたい」と言っていたらしく、姉と一緒に材料の買い出しに行って、3人で一緒に作り(途中で姪は飽きて、スマホをいじり始め、最終食べることにだけ専念していましたが)

そんなふうに過ごす姪が、心底羨ましかったです。

これが本来の母娘の姿じゃないのかなぁ…と、しみじみ考えていました。

 

母には『自分1人でやる』と言っても何だか監視するように「大事なキッチン、使わせてやってるんやぞ」みたいな圧を感じるし

かと言って母を巻き込んだって「たりのやりたいようにやってごらん」なんて口が裂けても言わない母でした。(どうせ「そんなやり方じゃあかん!」とか、「もうええわ!貸して!」とイライラされるのが目に見えてる)

もし子どもが途中で飽きたり、失敗しようものなら「それ見たことか」「だからそんなことしなくていいって言ったのに!」みたいに、ボロクソに言われることも安易に想像ができます。

 

母も幾分か「娘の目線に立って、一緒に楽しむ」ことができていたら、印象は違っていたのかもしれません。

 

ですが、最近になって『子どもなのは、母のほうだったのだ』『小学生くらいの精神年齢で、子育てしていたのだから』と思うようになって、それは無理な話だろうなとも思います。

 

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