もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

母から謝罪された話の続き

先日、中途半端な謝罪をして余計墓穴を掘った母でしたが

tari97.hatenablog.com

自分から急に「謝る!」と言って、昔の話を蒸し返したくせに

自分の都合の悪い話が出ると「もうええやん、その話は」とか

「もうわかったからその話やめて!」と、平気でこちらの話をぶった切られました。

 

まぁ別にこれも今に始まったことではなく、昔から当然のようにされてきたし

自分が逆のことされたとしたら「人の話遮んな!」「ちゃんと聞かんかい!」って言ってたくせに…なんですが。

 

まぁでも腹立つことに変わりはないので

『自分の都合の悪い話が出たら、最後まで聞かずに話ぶった切るのはどうかと思うよ』

『私や姉だって聞いてて嫌なこと言われても、たくさん我慢してきたよ』

『謝罪したいという気持ちがあるなら、聞くのも辛い話もぐっと堪えて聞く義務が母さんにはあるんじゃないかな』

といった旨のLINEをしておきました(笑)

 

もちろん『私は、自分の思いを伝えたまでやし、母さんが私が嫌だと感じたことを悪いともなんとも思わないならそれで仕方ない。共感や、謝罪の強要はしない』ことも明確に。

(強要をすると、毒親と同類ですからね)

 

母はしきりに「謝ったから、ハイ終わり!なんて思ってない」(上辺だけで適当に謝っている訳ではない)みたいなことを主張するのですが

私が聞きたいのはそこではないし、私が話したいのは

『ではそれをふまえてこれからどうするか?』なのですが

母はその『ではそれをふまえてこれからどうするか?』に、どうしても辿り着きません(これも発達障害っぽい部分なのかなぁ)

 

私は『そう言ってもこれから嫌でも続く親子関係を少しでも円満に、皆が嫌な思いをすることがないように暮らして行ければ』の話をしているだけで

それに加えて

『親子関係って、本来こうだと思う。どっちが上か下か、どっちが偉いか、権力があるか。ではなくて、例え自分のポリシーと違ってもそれが世の中のルール違反とかでなければ、子どもの声に耳を傾けるものだと思う

(=だから、昨日の聞きたくない話でもあんなふうに話をぶった切るもんじゃないと思うよ)

ということを伝えたいだけなのですが

(大体自分が逆のことされてたら怒り狂ってただろうが)⇦ これも入れてやりたかったが

どうしても母と話していると、話の論点がずれて来ます。

 

お決まりの「でもな」「だけどな」に始まり

「年取ってるから」「1人で大変やから」の言い訳と

「死にたい」「結婚なんてすべきじゃなかった」等のかまってちゃんワード。

 

これまでの私だったらそこで母のペースにのまれていましたが

絶対に舵を取る手は離しません(笑)

 

それでも懲りずに

「けどな、物理的に老人やから。頭がだめになるし」と母。

てっきりまた「年老いたこと」を免罪符に、許しを乞うのか?と思い

『「けどな」は、いりません』と釘を刺し

『また言い訳にきこえる。何が言いたいの?』とたずねると

 

「ぼけたら、上も下もないやん!やばいやん!」

 

…は?

 

今そんな話してないんですが…

 

『それはまた別の(カネという物理的な)話でしょ』と返すと

「ぼける前に言うこと言っとかないと!」ですって。

 

まだ、わからないか?と思い

『母さんに怖くて言えなかったこと、諦めて言わなかったこと。今後も言うかもしれない。不快かもしれないけど。娘とこれからも付き合いたいと思うなら、素直に聞くことも、母さんのやるべきことやと思うよ』

と入れても

「いや、金残すのが最大の詫びになるから!」

 

…あの、あなたはそれで1回失敗したでしょう…。

物質的な物事ばかりに気を取られ、家族の「気持ち」を全く無視して暴走した結果が今なんでしょう…。

 

お金はあるに越したことはないが、娘にもこれ以上嫌われないことがより良いでしょう

だから物質的な面も、気持ちの面も、ほどほどにね。

の、意味がわからないのです。

 

母の中には「より良い」という概念がないんでしょうね。

常に全ての事項において絶対的な「ベスト」を出そうとする。

選択肢に「ベター」がないのです。

昔からのおかしな言動も、これで大体合点がいきます。

 

『母さん、それで1回失敗してるやろ』と入れると

「うん。でも、今はどう?金あった方がいいやろ?」

まだ言うか。しかし私も懲りずに返信。

『母さんは、金に苦労させてないから!を免罪符に、私に何でもかんでもやらせて、我慢を強いることをさせすぎたと思う。お金も確かに大切だけど、気持ちも大切やから私は何回も訴えた。でも母さんがそれをわからなかったから、仕方なく逃げた』

『母さんをATMやと思えば!とも何回も思ったけど、私にはできなかったから』

『過ぎたるは及ばざるが如しやん』

ここまで噛み砕いて説明しましたが

 

「なら母さんが痴呆になって金隠し出したら、えらいこっちゃ!」

 

…母って救いようのないアホですね…。

 

『(今はこうなってしまったけど)少しでも「気持ちの面で」挽回できるとこはした方がより良いでしょう?って話よ。その上で、お金もあればなお良しやんか?』

『お金という強みがあるのだから、あとはニコニコしながら年老いたなって言われたほうがより良いやん?』

とまで噛み砕いて入れても

 

「とにかく母さんは間違えてたのよ」

「たりにしたら、なにを今更?なんだと思う」

「バカな親だったわ」

と、また『そんなことないよ!』の返事待ち?

 

いい加減、腹が立った私は

『あのさ、間違いを指摘されたら「次から気をつけよう」で良くない?』

『こちらも嫌なことは嫌だと言うし、やめてほしかったらやめてと言う。

そのたびに「そうか、気をつけよう」で、いいやん』

 

何でそのたった一言が言えない?

ま、それが言えていたら毒親になってないか!

 

母は結局「電池がないから」と、家にいる(充電できる)くせに「おやすみ」と、強制終了⇦ またぶった切ったな

 

その後姉から聞いた話、母はたりからのLINEを何度読んでも、所々意味がわからないと言っていたそう。

 

まぁでもあれでしょうね。

私の予想では、心の奥底には「母さん、お金はあるのに?」という「傲り」が、まだ渦巻いているのだろうなぁと思う。

わかろうとしていないだけでしょうね。

 

まぁ、娘たち、今に見てろ、的なね。

tari97.hatenablog.com

 

もうどうしようもないですね(笑)

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

母の発達障害っぽいところについて

前に、ファンデ用のパフを洗うのを断固として私にやらせる話を書きましたが

tari97.hatenablog.com

その時も母は、お金に困っている訳でもないのに、パフを買いに行くことを拒んで、何としてでも私に洗わせようとしました。

 

母は、こういう「娘に高圧的に命令し(時には脅し)様々なことを娘に無理矢理やらせる」ということが多々ありました。

昔は、母の頼みなら娘が引き受けないと!と思ってやっていたし、家を出る前は『あーもうめんどくせーな。はいはい、やりゃいいんだろ』という感じで付き合っていたので

そういう私にも少なからず責任はあるとは思うのですが。

 

昔はただ単に『母って、極度のめんどくさがりなんだな』くらいに思っていたのですが

ブログを書き始めて、母が軽度の発達障害っぽい一面があるな、と気がついてからは

母と接する上で、なんとなく腑に落ちなかったことにも合点がいくようになりました。

tari97.hatenablog.com

 

母は色んな事を、できるのにやらなかったのではなく、本当にできないことが多々あったのでは?

そしてそんなできない自分を認めたくなく、高圧的な態度で娘にやらせることでその場をしのいでいたのでは?

と、私は思っています。

 

例えば私が新しく何かを買って使っていたりすると「それいいなぁ」と言うので

『〇〇で売ってるで』と教えても、必ずといっていいほど「母さんにも買ってきて」と母は言います。

 

『あそこの店にあるで』と詳しい店名や場所を言っても、その後「私も行って同じの買ってん」と母から聞いたことは、ほぼありません。

 

時々母がいざ自分1人で買いに行かなければならないとなると

『〇〇(店名)の〇階のあの売り場にある』『わからんかったら店員に聞いたらいい』

等と説明しても、母からは

「店員には何て聞いたらいいん?」と質問が来て

『〇〇に使う△△って言ったらわかる』くらいまで、説明しなければなりません。

 

母はおそらくこういうやり取りすらも嫌で、だからすぐに話をぶった切って

「ええやん、たりが買ってきてよ」と言っていたのでは?と私は思っています。

 

残念ながら、親というのは一般的には比べる対象がないので

私も姉も、それがずーっと当たり前のことだと思って、母のワガママに付き合ってきました。

 

母からは「まぁとりあえず行ってみるわ~」「行ってわからんかったらまた聞くわな」というような「またその時考える」ニュアンスの言葉をそういえば聞いたことがほぼありません。

(まぁ、わからないことは全部娘に丸投げしていて、物理的にたずねなくてはならない機会自体がほとんどなかったのですが)

 

なので、件のファンデのパフについても、私はその時軽く『100均でいくらでも売ってるで』と言いましたが

母は「じゃあ100均でたくさん買って使い捨てにすればいいか!」等とは、絶対に言いませんでした。

母は、万事がこういう感じでした。

 

これについても最近わかってきたことは、おそらく母は

「100均に行って、パフを見つけて買ってくる」というのができないか

できるにしてもものすごく億劫なのではないか?と予想しています。

 

んなアホな!と思うと思いますが、母は昔から自分でも「売り場を、うまく探されへんねん」みたいなことを時々口にしていました。

 

母は料理とそれに伴う食材の買い出しだけは好きでしたので

例えば

スーパーで納豆が欲しいと思えば、豆腐やこんにゃくのありそうなところに行く

という見当はつくのですが

 

ドラッグストアでキッチンの漂白剤が欲しいと思えば、キッチン洗剤のありそうなところに行く

100均でイヤホンが欲しいと思えば、スマホ用品のありそうなところに行く

と言った見当がつかない印象を受けます。

異様にできないと言うか、毛嫌いしてやろうとしない傾向がありました。

食品以外になると、自分の求めている物がどういうカテゴリの売り場にあるかがよくわからないと言うか。

おそらく本人にこれを言ったら「できるけどやっていないだけ」みたいな回答がくると思いますが、それを差し引いたとしても、毛嫌いしすぎです。

 

ただ、食品についてもいつも行くスーパー以外だと、売り場がいつもと違うので

イライラしている時もよくありました。

 

私も、最近は『ネットならすぐなのに』と、本屋に立ち寄っても探すのが面倒で

結局ネットで購入とか、よくある話なのですが、母の場合は実際は「めんどくさいから」ではなく、「うまくそういうことができない」のだと思います。

それを隠す為に、娘には命令して、キレて無理矢理やらせて

死ぬまでそばに娘を何としてでも置いておき、得意分野(料理)以外は、ノータッチのまま死ぬ気だったのでしょう。

 

だからあの年まで「頑張って覚えよう」という気もないまま、年の割に無知で何もできない人間が出来上がったのだと思います。

分が悪いとお決まりの「お母さん、な~んにも知らんねん!」で逃げます。

tari97.hatenablog.com

 

だから今でも「そんなこと、世の中の人ほぼ普通にやってるわ」みたいなことも、はじめてのおつかいばりに「1人でやった!」「お母さん、偉いでしょ!」と大騒ぎ。

 

免許の更新をはじめ

tari97.hatenablog.com

ある日は自慢げに「電球を取り替えた!」とLINE。

先日は新しい掃除機を買ったらしく、自分で説明書を見て使えるようになった!すごいでしょ!ですって。

 

あのね、それ、私が実家にいた頃、普通にやってたからね。

 

違うメーカーのものは使えない!と言い張るから、母が使う整髪料やメイク落としも底値価格を調べては買いに行ってたのも

ペットボトルの水・トイレットペーパーなどかさばるものが切れる前に買っていたのも

いらないものは処分して、ゴミの分別をしていたのも

ぜ~んぶ、私です。

それらを、急に1人になって、自分でやらなきゃいけない状況になってやっと自分でやってみて

いまさら「お母さん、1人でできた!」「すごいでしょ!」アピールされてもな(笑)

 

世の主婦(主夫)みんなやってます(笑)

 

それで時々、母に家事の分担をお願いすると必ずこう言われました。

 

「お母さん、正社員で働いてご飯も作ってるから無理やわ」

どういう原理なんだろう(笑)

tari97.hatenablog.com

 

他にも発達障害っぽいところで気がついたことがあるので、また書きます。

 

発達障害については、私も色々情報を吸収中なので、解釈の間違い等あればご指摘ください。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

 

コメントありがとうございます。

母から謝罪された話

前々から、母は頭のネジ1本足りないんじゃないかと再三書いてきたように

急に突拍子もないことを言ったりやったりすることがあります。

おそらく、母の中では考えはまとまって、ここぞ!という気で発言しているのでしょうが

まったくの見当違いだとか、は?今それ言う?みたいなことにももう何度も遭遇してきました(毒親あるあるかな?)

 

先日、久しぶりに母と姉と3人で会う機会があって、母が

「いつ、私がボケたりするかわからんから、謝りたいこと謝っておく」

「性格的に曖昧なまま暮らすのは嫌やから聞いてほしい」

と、急に謝罪をしてきました。

謝罪の内容は主に、子どもの頃厳しくしすぎたことや偉そうな態度を取ったことについてでした。

(おそらく、最近姉が母に相当本音をぶつけていて、幼少期の育て方について何か言われて母自身思うことがあったのだと思う)

 

確かに、子どもの頃にされたことも私は許せないし、それが私たちの生きづらさの原因になっていることもわかってはいますが

あれだけ未熟な人間が子どもを育てるなんて、そもそも無理に等しかったのだという落としどころも見つけたので、私自身、そのことについては昔ほど母を恨む気持ちはなくなったと思っています。

tari97.hatenablog.com

これはけして「許した」ということではなく、まぁ、一種の諦めのようなものです。

 

私にとって、まだそこまで諦めの境地に達していないことは、成人してから母からされた以下のことであり、どうしてもそれが心のつかえになっているので

母から謝ってきたこのタイミングで「私が嫌だと感じたこと」も、伝えてみることにしました。

 

・家に私を残らせるように異常なまでに干渉してきたこと

・私の意見に全く耳を傾けなかったこと

・私が辛い時も慰めるどころか酷い言葉で根性なし!等と追い詰めたこと

・老いては子に従う!と言いながら、全く譲る気配を見せなかった(都合の良い時だけ老いを言い訳に私にやらせた)こと

・最終手段(家を出る)を致し方なくとった娘を「あほ」「お前が間違ってる」と罵ったこと

 

これらは全て、家を出る前にも母に散々話したが「その程度のことで」と鼻で笑われ、「くだらん」と一蹴されたことで

tari97.hatenablog.com

もう言っても仕方ないなという気持ちと、伝えた方がいいのかなと迷っていたことでもあります。

tari97.hatenablog.com

 

もちろん『謝ってほしい訳ではなく、今母さんが潔く謝りたいという気持ちになってるみたいやし、悪かったと思うことを見当違いのままおってほしくないから、伝えてみるだけです』という前置きもしました。

 

母にとっては、一生懸命やってきたことで、多少のきつい物言いや高圧的な態度は許されると勝手に自分自身に「親としての合格点」を出してしまっているので

tari97.hatenablog.com

そこを改めない限り、母と一生分かり合えることはないと思っているし

あれだけ言って伝わらなかったのだから、もう分かり合えるとも思っていません。

もう、その期待を母にするのは、とうにやめました。

じゃあ、なぜ今回わざわざ母にそのようなことを伝えたのか?と思う方もいると思いますが

そうは言っても、母がすぐに死ぬ訳でもないし、少なくともあと何年かは母とこうやって顔を合わせないといけない中で、少しでも考え方の修正ができるところがあれば、していけばいいのではと思っただけの話です。

まぁ「やらないよりマシかな」程度の話です。

 

その後のLINEでは、母はここまでの現状(娘に嫌われて、1人で暮らすこと)になってやっと自分の愚かさに気がついたと自分の態度や物言いを悔いる言葉があり

「冷静にしゃべり 冷静に判断していく 知恵がなかった
ただ感情をぶつけるしかできなかった
そんな 親に育てられたというのもあるかもしれないが」

というような返信がありました。

確かに母の母もまた毒親であったと思うし、あの家族や住環境でマトモな精神を養うのは無理だったかなとも思います。

 

母はある意味単細胞なので、その場しのぎで適当にこれくらい謝っておいたらいいか!という気で今回のような話を出してきた訳ではないこともわかるのですが

(そんなしたたかさ、賢さがあればもう少し娘にも嫌われないように、社交辞令を使い分けできていたはずだと思うからです)

 

初めはこちらの話も聞いていた母、また話が進み出すと

「ただ、母さんは老い先短いし」

「そこの情けをちょっとかけてもらえたら」

「(寂しい思いをして)充分罰はうけてるし」

「今、母さんを見てて幸せには見えないでしょう」

(=だから、これくらい許せニュアンス)

ということを言い始めたので

『老い先短い、うん、それは甘えやね。

年寄りやから、弱ってるから が、情けをかけてもらえる理由になるなら

幼い子供の私らには、情けはかからなかったのに?と思うよ

少なくとも、母さんの厳しさは幼い子供にはきつすぎたと思うからね

都合のいい時だけ(老い先短い!私はこんなに辛い!)は、だめよね

老人を、いじめてやろうなんて気はもちろんない

だけど相手がある話で、勝手に自分で妥協点・合格点を作ってはダメよ』

と、返信をしました。

多分この返しも気にいらないのでしょうね、わかってますよ(笑)

『謝りたい!という気持ちがあるなら「でもな」「だけどな」は、いらん』とも、入れてやりました。

tari97.hatenablog.com

 

ぐうの音も出なくなった母は、次の手段に出ます(笑)

「はよ死にたい」「自業自得」「もう諦めるしかない」

「母さんは母親失格」「だから謝るしか方法ない」

「死んでおわびしたい。けど自殺できんし」

などなど、かまってちゃんワードのオンパレードw

 

その最後に「どうしたら、たりの気持ちに整理がつくんやろか」との問い。

 

いや、言い出したのそっちだしね(笑)

『母さんが性格的にきっちりと謝っておきたいとのことやったから、謝る内容を見当違いのままおってほしくないなと感じただけ』

『死にたいと言ったって、自殺する訳に行かないし、あと何年かは生きなあかんねんし
それなら少しでも穏やかに暮らせた方がいいでしょ』

と、返しました。

これもド正論だから気に入らないのでしょう(笑)

 

母の欲しい言葉はわかっています。

『母さん、そんなことないよ』『そんな風に思わないで』と、言ってほしいんでしょう?(笑)

 

誰が言うか。

 

何を話したって今さら挽回の余地なんてないし

姉には「金だけの関係」と、遠回しに言われたらしく

それを(挽回の余地がないことを)母も内心わかっているから

「死にたい」といった類の言葉で同情を引こうとしているんですよね。

まぁ、幼い頃はそれでどうにかなってたもんね。

しかも「死ぬ」まで強烈なワードまで出さなくても

「お母さんは貧乏でつらい思いしてきたの」の一言で、優しい子どもたちの同情を買えてたもんね(笑)

 

残念ですが、もうその手に娘は乗りません。

謝罪とか言って、墓穴を掘っただけでしたね。残念でした。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

消えない毒親の呪い

毒親が癖のように発していた言葉や無意識にやっていたことは、何年も子どもの頭や心に残り続け

いい大人になってからも、何かをする度に思い出したり、嫌な気分にさせたり

トラウマの原因になっているのだろうなと思わざるを得ません。

 

私の場合、実家でうたた寝をしていると母が怒ったり機嫌を悪くしていたので

いつからかうたた寝をしていても近付いてくる足音で目覚める技が身に付いてしまい

実家を出てからも、マンションの共用廊下を歩く足音で飛び起きることがありました。

tari97.hatenablog.com

昔のように飛び起きることこそなくなったものの、今でも夜中に新聞配達の人がパタパタ走り回っている音でドキッとして目覚める時もあります。

 

何かを食べる時には「楽しむ」ことよりも、見張られているような気分になってしまいそれが私の「食」への興味を薄れさせたのでは?ということも以前書きました。

tari97.hatenablog.com

 

また、母はいつも食べている私の隣で

これも食べなさい、これをかけて食べなさい、味噌汁も飲みなさい、もっとカレーのルーかけたるわ…

『もうほっといてくれ!!!』実家の食卓では、何度心の中でそう叫んだことか。

tari97.hatenablog.com

実家を出て1人でご飯を食べた時、もうあんな煩わしい思いしながらご飯食べなくていいんだ!と、涙が出るほど、ほっとしました。

今、1人で誰にも干渉されないで食事できるのが、幸せでたまりません。

 

そうやって、自分の中に巣食っている母の呪いを何年もかけて解いているのですが

やはり、一体母に何度言われただろうか?ということに関しては未だにそれをする時に思い出して嫌な気分になります。

 

ほかにも何度もしつこく言われたのはこの記事にも書きました。

tari97.hatenablog.com

 

そして最近また思い出したのが

たまにアイスクリームが食べたくなって家で食べるのですが

その度にまた頭の中で毒母の口癖が再生されます。

 

「ありんこ上がってくるで!!!」

 

ある日まだ私が幼い頃、リビングでアイスを食べてその棒をゴミ箱に捨てたら

たまたまそのゴミ箱がリビングの窓際に置いてあったのと、背の低いゴミ箱だったせいで

アイスの棒の甘いにおいにつられて、開けていた窓から蟻が入ってきていたことがあったのです。

 

その一件から、母は気が狂ったみたいに「棒も包みも、流しに捨てろ!」と

アイスを食べる私や姉を見つけるなり、怒りながら言うようになり、その度に

「ありんこ上がってくるで!!!」といつも騒いでいました。

 

せっかく今、家で1人でアイスを食べてても、母のその「ありんこ上がってくるで!!!」

が再生されて嫌な気分になるのです。

 

確かに、蟻が上がってきたのは不快です、わかります。

でも誰だって失敗もあります。母だって、蟻が上がってきて初めて気がついた訳でしょう。

それも、失敗をふまえて「次から気をつけようね」と、1度言えばわかります。

tari97.hatenablog.com

食べてるそばからそんなことばかり言われると、だんだん『母に見つからないようにアイス食べよう』とか、そんなことばかり考えてしまって

本来の『アイスおいしい!』という、楽しく幸せなはずの気分も台無しになるのです。

 

 

それから、サンドイッチとかハンバーガーを食べていても、いつも思い出すセリフがあります。

「体を前へやって食べや!!!」

母は、小腹が空くとよく食パンで簡単なサンドイッチのようなものを作ってくれて、確かにおいしかったけど

それを平らげるまで、隣でじっと食べっぷりを見て「口を大きくあけてがぶっと!」とか、具をこぼさないようにうまく食べろよ的な注意を延々してきました。

それで、はみ出た具とかがどうしても落ちそうになるので

「体を前へやって食べや!!!」

と、忠告するのです。

これも何度も言われました(体を前に、と言うのは、テーブルの真上で食べるように!的な注意です。床に具が落ちるのが、どうしても嫌だったんでしょうね)

(そして『おいしい』と言うと「な?そやろ~?」とドヤられるまでがワンセット)

 

確かに「それくらいの注意、どこの親も言うでしょ」って思うと思います。

でも、私の母は確実に言い過ぎだったと思います。

 

だって、食べてても楽しいとかおいしいとかより『オカンに何か言われる』の方が頭を占めていましたし

食べ終えたら、母をヨイショしないと…まで考えないといけませんからね。

 

具がこぼれたって、拭きゃいい話じゃないですか?

体を前へ…も1度言えばわかります。

娘がいい歳になるまで何回も何回も…

 

アイスを食べても、サンドイッチを食べても

脳内で母のセリフが再生されなくなる日はくるのでしょうか。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

熱量の違い

中学の頃、生徒会に立候補する友達の「I田さん」に、選挙活動の時に着けるタスキのイラストを描いてほしいと頼まれたことがありました。

I田さんは、成績も良かったですが、我が強いところがあり、私はあまり好きではありませんでした。

 

その時も「絵が得意やから、たりにタスキ頼みたいねん!明日までに、お願い」と、半ば強引にタスキを渡されました(模造紙をホッチキス止めした質素なものでしたが)

 

絵を描くのは好きだったので、その夜ちゃちゃっと完成させて翌日学校に行くと、生徒会に立候補する子たちが校門でビラを配ったりしていて

どうやらその時に身につける為のタスキだったようです。

 

『え?今日の朝に必要だったの?聞いてないけど』と思っていると(I田さんは、別の校門にいて会わなかった)

同じクラスの子が飛んできて「たり~探したよ!I田さんがたりがタスキ持ってきてくれなかった!間に合わない!とめっちゃ怒ってたよ!」と言われました。

 

その後すぐに、選挙活動の時間は終わり1時間目、明らかにI田さんはむくれて、仲良しグループ内でも「たりのせいでI田さんが超キレてる」みたいな、変な空気が流れていました。

 

休み時間になりすぐに私はI田さんの元へ。

 

『あのさぁ、前日に渡されても間に合わんの、普通に考えたらわかるよな?

昨日 " 明日の朝に使う " なんて私全く聞いてないでな!

選挙活動の為に早く来て欲しかったならそれを言われなわからへんし

そんなに今日の朝に欲しかったなら私の家にでも取りに来たらよかったやん。

私がキレられるの、おかしくない!?』と、間髪入れずに言いました。

 

案の定ぐうの音も出ないI田さんは「……わかったから」と、大人しくなりました(それでもごめんとは言わない我の強さ)

同じクラスだったから事務的な話はしていましたが、その一件でI田さんとは明らかに疎遠になりました。

 

同じく中学の頃、登下校を共にしていたK岡さんには「たりの前髪っていつもキマってるよね。どうやってるの?」と聞かれ

手順とスタイリング剤を口頭で説明しましたが

「覚えられない!紙に書いてきて~」と言われたので、その日帰ってすぐに

手順とスタイリング剤の名前(店で見つけやすいよう、ボトルのイラストも)をメモにまとめて、翌日渡しました。

 

しかしそのあともK岡さんはヘンな前髪のまま登校していたので

『そう言えばあのメモは参考になった?』と聞くと「あぁ、あれ?もう見てないや」と軽く言われ

『さすがにそれはないでしょ(笑)』みたいに言ったけど、テヘペロみたいに済まされました。

 

それでも、思い返せば中学・高校ぐらいまではそうやって『おかしくない?』ということには、わりと毅然とした態度で言い返せていました。

 

それに上の2件については「頼まれたからやった」「けして、押し付けでやったことではない」のが前提なので、言い返すこともおかしくはなかったと思います。

 

それでも私は当時から、自分の思ってたほど相手は思ってなかったのかもなと割り切れる冷静さも持っていました(今思えばおそらく母に対しそうやって諦めることが日常茶飯事だったからだろう)

 

結局、どちらもお互いの熱量が噛み合っていなかったことが原因であって

元々私は、生徒会なんかに全く興味がないので校門でそんな活動すること自体知らなかったけど(登校して初めて『あ、今日はこんなイベントやってんのか』程度)

I田さんにとっては学校生活での一世一代のイベントだったのでしょう。

しかし、I田さんの10ある熱量を、私が2くらいで受け取っただけの話。

 

K岡さんの場合はその逆で「前髪キマらない!もう嫌!」と言うのが、10くらいの熱量と思ったから私は10の力でメモを作ったけど、実際にはK岡さん的には2くらいの熱量でしか言ってなかっただけの話。

別にヘンな前髪のままでも、K岡さんはそこまで気にしてなかったのでしょう。

 

どちらが悪い訳でもないし、分かり合えなければそれはそれで仕方ない。

 

I田さんは次回から同じ熱量で応援してくれる人に頼めばいいだけだし

軽々しく「教えて~」と言うK岡さんに必要以上に親切にするのは、実際やめました。

 

こんなふうに、中学生の私でもわかっていたことがあの毒母は、わからなかったんですよね。

周りの人間は皆、自分と同じ熱量で生きてると、毒親は本気で思ってますから。

 

母の意見にはいつも10もしくは10以上で返さなければならなかったし

こちらが10を求めても、母がそれは世間では1よ、くだらないと言えば

そうなのか、10を求める自分がおかしいのかと思うようにして

 

かつては、あれだけ毅然とした態度で友達や彼氏にも言い返せていた私が

いつの頃からかこういうことが全く出来なくなったのは、こういった家での環境が大きく関係していると思います。

 

相手の熱量が、10なのか?8なのか?2なのか?

 

母の機嫌と顔色を伺い、母基準でばかり動いていると全くわからなくなり

こちらががっかりしたり、怒りを覚えても何も言えなくなってしまいました。

自分がそこまでの熱量でなくても、母から求めれれば自分を殺して従うのが当たり前でした。

 

なので、他人に対してもこちらが10の熱量のことでも、5くらいに調節して表現するのが癖になってしまい

相手からのことは全部10で受け取って最善を尽くし(その割に大して感謝もされず…感謝されるどころか、嫌な思いをさせられたり)

tari97.hatenablog.com

 

これが歳を取ってから変に安く見積もられたり、ナメられたり、言われっぱなし・やられっぱなしになりがちになった原因だろうな…という自覚も。

tari97.hatenablog.com

 

母からされて不快だった、10の押し付けがどうしても嫌で

未だに軽くお伺いを立てるみたいなのが苦手だし、何かを断る時にも異常な程『悪いことをしているのでは』と思う癖が抜けません。

 

自己主張をしたいとも思うけど、自分がされて嫌だった母からの熱量10の押し付けのように取られるのが、どうしても嫌なのです。

そう思われるくらいなら、黙っておこう…と引き下がってしまう。

それではいけないと思うけど…なかなかうまくできないのです。

 

だから、人へのプレゼントも苦手です。

 

旅先で、職場にお菓子ひとつ買うのも『これじゃ少ないと思われるだろうか』『美味しくなかったら…』『それなりに高見えして、押しつけがましくならない程度のものを』等と考え続けるのがしんどいので、旅に行くことすら職場で話すのもやめました。

 

実際、そんな否定的なことを思うのって、私の周りでは毒母くらいだろうし

私自身は、貰ったものなら何でも嬉しいのでそんなこと思わないんですけど。

 

時々、職場で「今日、これ美味しそうだったから!」と、何かを軽く差し入れできる人が心底羨ましい。

かたや数百円のお菓子ひとつで『押しつけがましくないかな』と、何分も頭を抱え、結局買うのをやめる私。

 

「自分がやりたいからやる」

 

そんなシンプルなことができる人が心底羨ましいです。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

なかなかうまくいかないです

この間、新しい職場で働き始めたと書いたばかりなのですが

5月末で契約満了となり、その後の更新は断られてしまいました。

私としては『ああ、やっぱりか』という感じで特にショックでもなかったのですが。

 

まぁ、いつものごとくあまり馴染めてないなぁという気はしていましたが

(昔からなのですが、うまく雑談の輪に入れない。この発言はどうか?人にどう思われるか?…ぐるぐる考えているうちに、雑談は終わってしまう←毒親育ちあるあるですかね😅)

 

3月に入社し、同時期に採用されたパートさん(社員での入社を希望していて、フルで働いている)がいて、その方は少しの間一緒に働いたあと、別の拠点で働くことになったのだけど

4月にその人が急にうちの事務所へ戻って来て、その辺りから嫌な予感はしていたのですが。

そもそも、その人が戻って来た時点でデスクが1つ足りない。

もう1人の事務員は、正社員なので辞めるはずがない。

となると、これ、私切られるんじゃないか?と思っていたら、見事予感は的中。

 

まぁ、今考えてみても、どうひいき目に見ても事務員が3人は多すぎるだろうという気もしていて

忙しい時間帯以外は全然仕事もなく、私も困っていたところなので、人員の配置ミスもあったかな?くらいに思っていました。

 

ただ、やはり更新に至らなかった理由もきちんと聞きたいので、派遣元の営業へ先日電話をかけました。

 

すると、ものすごく「私はたりさんに対してそうは全く思わなかったのですが…」「今から言う理由は、どちらかと言うと後付けな感じで…理由の多くを占めるのはおそらくハッキリ言えない " 会社の事情 " だそうで…」等、少々歯切れが悪そうに話しながら

「たりさんの表情が、ちょっと硬い…ということでして…」とのことでした。

それを聞いた時『やっぱりな』と思いました。

(ちなみに、その営業には「たりさんは話し方も柔らかいし、礼儀正しく話しやすい方だと私は思っています」と何度も言われたけど、それについては『当たり前だろ。あの機嫌の良し悪しが黒ひげ危機一髪みたいな母と長年住んでたんだから、嫌でも身に付くわ』と思ったのはここだけの話)

 

おそらく、私が指摘されたのは「生徒との絡みにおいて」という部分かと思います。

 

私としては、生徒との絡みはさほどないとは思っていたのですが

やはり時々生徒に対して「学校の先生」のような対応を求められるのが、実はとても苦痛でした、正直。

『私は " 事務員 " なのに』と思う場面も多々ありました。

自分のできる限りの対応はしたつもりでしたが

生徒に対しての「適度なタメ口」「フランクな態度」がいつまで経っても苦手で、できていない自覚もあり、結局それが致命傷だった訳です。

 

面接でも「子どもは嫌いではないか」や「子ども相手なので(講師たちは)少々パフォーマンスめいた言動もあるが大丈夫か」という確認はされたのですが

要はそのパフォーマンスを事務員である私にも相当求められていて、それを私ができなかった、ということです。

そこは、相手がもう一歩踏み込んで「できそうですか?」と、聞いてほしかった気もしなくもないし

『暗に私にも求められているのだな』と汲めなかった私も悪いのか…

 

けれど、そういった理由で更新に至らなかったと聞いた時に、正直ほっとしたところもあったし

私がそういうことを、今後もできそうな見込みがないと早急に判断して

ダメージの少ないうちに切ってもらえてむしろ良かったのかも知れない…とも思っている次第です。

 

おそらく、契約更新しないのを決めたのは、事務所の所長なんだと思いますが

長年この仕事をしてきた、本当に学校の先生のような人で

人を見る目がきっと培われているのでしょう。

でないと、あんなに大勢の子たちに、物事を教えるなんてことできないと思います。

「たりさんは、この業界、向いていないな」と、判断したのだと思うし、私としても(上から目線ですが)妥当な判断だったと思います。

あとは、前にも書いたけど所長に言い返したこともあって、所長には好かれていなかった自覚もあります(笑)

 

今回この職場でわかったことは、とりあえず母くらいの年代のモラおばさんにはまだ弱いことと

tari97.hatenablog.com

子どもに対しては、フランクに砕けた感じで話すことが私にはうまくできないということです。

前に、子どもに対し嫉妬の気持ちはないと書きましたが、私が毒親育ちであるがゆえに、子どもという存在に対しまだ消化できていない何らかの感情があるのかも知れません。

事実、親御さん(大人)との絡みは全然平気でしたので…

まぁ良い勉強にはなったかなぁというところです。

 

それでも、適当に見つけた訳ではなく、自分のやれそうなポイントを見つけて頑張って探してやっと落ち着いて働けるかなとも思っていたとこなので

残念な気持ちがないと言えばうそになりますが。

 

また、転職においての自分の『できそうか・無理そうか』の仕分けの

長い長い道のりが始まります。

 

この職場に対して未練はないものの

 

生きるって、しんどいです。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

毒親あるある◆意味不明なアドバイス

これも毒親あるあるか、わからないのですが

毒親って、こちらの得意なこととか、興味のあること

逆に苦手なこと、興味のないことにまるで関心がないので

時々「これをやってみたら?」とか「これが合ってると思うよ」とか

アドバイスしてくることが突拍子もないことだったりしませんか??

 

私が母に昔、時々言われてよくわからなかったのが

「たりは将来、美容師さんになったら?」

 

普段、私がどういうことが得意で、どんなことが好きとか

そんなことには全く興味がないくせに、将来の話になると急に

こういうことを言ってくるのがすごく嫌でした。

 

私は小学生の頃もずっと髪は短めだったから髪を結ぶ習慣もなく

たまにのびてきても姉がやってくれていたので、私がヘアメイクとか、そういうことに興味を示したことなんて一度もないはずなのですが。

 

あとは、子どもの話になると「たりは、男の子を育てるのが向いてると思うわ」

これもよく言われたけど、すごく嫌でした。

私は兄も弟もいないし、男の子のいる家庭の話を聞くと

やはり女の子のうちとは違うな、と思うことも多く

『もし子どもが産まれても、男の子は育てられるか自信がないなぁ』みたいな話をしていた時に、しきりに母に言われた記憶があります。

(結構しつこく言う割に、理由は「なんとなく」とかだった)

 

一体、何の根拠があって言ってるのかな?と思いながら

当時は私も若かったので適当に聞き流していたけど

 

あれも今思えば、娘より息子(母からすると、女の孫より男の孫)の方が

後々色々頼れそう・依存できそうな人が1人増えるわ♪

くらいに思ってたのが、関の山でしょう。

 

母発信で言われる、根拠のない一言(本人はよきアドバイスのつもり)が

今思えばすごく引っかかっていたなと。

 

私が短大に入った時も、それまで私の学校関係なんか全て姉に丸投げだったのに

『入学してから(学科内の)コース変更をした人がいた(そんなの、通らないと思ってた~)』という話を私が家ですると

「どんなコースがあるん?」と聞いてきた母(今さら)

 

私の専攻は、パソコンよりも手書きでデザイン関係の制作をする授業が多かったのですが、もう少しパソコンに特化したコースもある、というのを聞いた母は

自分が職場でパソコンを使えずみじめな思いをしたから!と「パソコンのコースに変更しろ!!」と、かなりしつこく言ってきた記憶があります。

 

もちろん、かなり吟味してコースも選択したから、今さら変えたくなんかない!と私も反論して

『通うのは私。今そうやって母さんに言われたから…で2年、嫌々行くようなことになったらその方が嫌や』と、ハッキリ言いました。

この時のことは、自分でもよく言い返せたね、自分の信念貫けたねとほめてあげたいくらい。

(ただ、なぜあれだけいつもゴネる母が、すんなり意見を飲んだのか?今思うと当時母はSさんとまだ付き合っていたので、おそらく私の専攻なんてどうでも良かったのでしょうね)

(Sさんの記事はこちら

 

ちなみに母は今でもこれを継続中で

さすがに私の将来のことについてはもう何も言わなくなりましたが

(そもそも、ガチガチの昭和脳で生きている母からすると、仕事も適当・結婚も考えず女1人で生きて行くという事自体、理解に苦しむようなので)

娘の好きな食べ物も嫌いな食べ物も、まるで興味がなく、未だに的を得ていない発言をする時があります。

 

もう、40超えた姉に対しても「姉ちゃんは、トマトあかんのやっけ?」とか、聞いています。(姉はトマトが苦手)

は?今さら?頭大丈夫?ってなります。

 

私、姪が嫌いなものでさえも一応頭に入れておいて、お店選びの時に気をつけていますがね…。

 

結局、自分が一番だし、他人のことは興味ないに尽きるのでしょう。

 

かつては、自分が鶴の一声で「いらん!」「嫌!」「キライ!」と言や、まかり通っていましたものね。

そりゃ、他人の趣味嗜好なんて、覚える気ないわな。

 

まぁこれもどうせ言っても「言ってくれたらよかったのに」という一番腹立つワードで返されるのわかってるから言わないですけどね(笑)

 

------------------------------------------------------------

 

ブログの読者数が10人になりました☺

とっても嬉しいです😆

ありがとうございます。

(嬉しい反面、私の体験にそっくり!と言われる人の多さに複雑な気分にもなります…毒親、量産されすぎじゃないか…?)

 

コメント等についてはこちらにまとめています。

tari97.hatenablog.com