もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

案ずるより産むが易し

最近は、仕事を変わったりしてもわざわざ母にも報告もせず

時々「元気?」みたいなLINEは来ますが、かなり適当な返事しかしないし

正直、私は母に会いたくないので、のらりくらりと予定をはぐらかしているうちに

本当に母と顔を合わせることがほぼなくなってきました(笑)

 

たまに姉と母と3人で映画に行くのも、姉と私の予定もなかなか合わないしで

おそらく今後、3人で出かけることもほとんどなくなると思います。

 

「人間とは、忘れる生き物」とかよく言われるけど、最近ほんとにその通りだなと思います。

自分の中からどんどん母の影が薄くなって

もちろん、昔母に言われたことを忘れたりとか、そんなことは絶対にないけど

なぜあそこまで「母」というものに感情を囚われていたのか?

今となってはそれすらもわからなくなりつつあります。

 

自分の中での「母」という存在が、こんなふうになるなんて思ってもみなかったです。

 

 

よく、毒親問題で「精神的距離は物理的距離から」という言葉を耳にします。

 

かくいう私も、毒親問題で一番悩んでいた頃にネットでこの言葉を見つけ、その言葉を信じてみることにした人間のうちのひとりです。

 

そして、その結果が、今のこの状態だとすれば

当時の私の選択は、間違えてはいなかったと思うのです(思いたいw)

 

うちはたまたま、1人では何もできない親なので

物理的距離を取るのも、たやすかっただけの話ではあるのですが

(母親が1人で私の家に押しかけるなんてことは絶対にしないし

手続きとか役所嫌いが幸いして、閲覧制限なんてものとは無縁)

 

それでも、とにかく「同じ空間に母がいない」ということが

何事にも代えがたい幸せだし、それによって気付くこともたくさんありました。

 

毒親ブログを書かれている、宮澤那名子さんもこのことに触れていて

「実家から徒歩3分の家で一人暮らしをしている」と言われていました。

 

このことについても「3分って、全然離れていないよね」と、偉そうに言っている人がいましたが

問題はそこじゃないんですよね(笑)

ちなみに、本気で3分だけ離れることに何の意味があるのか、さっぱりわからない方は

それだけでも幸せなことなので、今後もわからないことを願います。

 

私も今、実家からは車で10分ほど離れているだけですが

多分これが徒歩1分だろうが、県外だろうが

とにかく「生活する上で同じ空間に母がいない」ということが、一番大事なのだとわかりました。

 

家を出た頃、母には顔を合わせる度に「後悔する道を選んだ」とか「裏切り者」「たりはアホ」と、こちらの気持ちを一切汲まない酷い言葉をかけられたし

tari97.hatenablog.com

一生こうやって言われ続けるのかなと思っていましたが

さすがに「目の前に娘の姿がない」という現実を母も受け入れるようになって

(正確には「受け入れざるを得ない」ですが)

結婚してからずっと、40年ほど

家族の誰かしらの行動を気にかける生活が当たり前すぎた母は(そしてそれが、行き過ぎてたんですけどね、うちの場合)

それを実際にできる相手がいなくなって、やっとその現実に慣れてきたようです。

 

母のようなタイプの毒親は元来頭が固いし、今までと違うことをやるのをすごく嫌がったり恐れたりします。

だから「思い描いたのと違うこと」になりそうになると、どんな手を使ってでも、どんなに汚い言葉を吐いてでも阻止しようとします。

私が家を出ることに関してはまさにそれでした。

 

そういう日々の喧嘩が嫌で、そんな母親に疲弊しながらも結局何年も律儀に付き合ってあげ過ぎたのも事実で

いくら娘でもあそこまでやらなくてもよかったことも、私自身も離れてみて初めてわかりました。

あれだけの剣幕で家を出て行くことをなじって怒鳴っていた母でも

取って食いに来やしませんから(来る親がいる人もいるのでしょうけど…)

 

確かに、律儀にあんな母に付き合ってきた時間や気持ちを考えたら

いざ1人になってものうのうと生きている母を見て腹が立つこともあります。

『楽しそうにしてんじゃねーよ』という気持ちにもなります。

 

ずっと家を出た時と同じように「裏切り者」とか言われたかった訳ではないけど

普通に暮らしている母に対し『何普通に生きてんだか』と、複雑な気持ちにもなるのです。

 

それでも、私も母も、離れたことで色んなことが「できるようになった」訳です。

 

たったこれだけのことが、ほんの数年前には、死ぬほど難しいと思っていた訳ですが

案外やってみると意外とできるし、慣れるんだということがわかりました。

 

初めは荒療治では?とも思ったけど

多分毒親には、これくらいやってちょうどなのだと思います。

 

もっと早くこうすればよかったと後悔することもあるけどね…

 

まだ、昔の私のように、毒親のそばにいて支配されまくっている人も

できるだけ早く、同じような状況になれたらいいなと切に思います。

 

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ありがとうございます😊

母ほど父を嫌いにならなかった理由

自分の過去の行いによって、娘に嫌われているということは

さすがの母でも自覚はあるようですが

父からも本当に愛されていたか?という件については、疑問が残ります。

 

母は「夫に愛されていた」という絶大な自信を今でも持っているし

私も昔は仲睦まじい夫婦だという目で両親を見ていましたが

父が亡くなり冷静に考えてみると『そうでもなかったのでは』というのが正直な感想です。

 

そのことを母も薄々感じてはいるけれど、認めたくないだけではないかなぁ?と考察しています。

 

確かに、両親ともに物理的に「親」という役割は果たしてはいたけれど

精神面では2人とも非常に未熟で「家族」「夫婦」という言葉を借りて、好き勝手していただけだと、私は思っています。

tari97.hatenablog.com

 

母は父をある種「崇拝」しており、あの母でさえも「お父さんが白といえば黒いものも白」と、あまり考えもせずに従っていたようなもので

父はそういう母の世間知らずで従順なところを利用し、好きなだけ酒を飲み

家族ごっこに適当に参加していただけだった、といった印象でしかありません。

 

昔から父は、母のことをすごく他人行儀に扱う時があって

時々母のいないところで母を「あの人」呼ばわりする時がありました。

だから、別に母のこと、あまり好きではなかったのかなぁと。

 

 

母は昔から張り切って料理を大量に作って、食べろ食べろとうるさく

食べなかったり後でいいと言うと、機嫌を悪くしたりキレていました。

 

出かける時には、母は大量に料理を作ってから出かけていましたが

(おそらく、そうやって「頑張って、食事を作って行く自分」にも酔っていたのだろうな)

帰って来てから料理の減りが思ってたより悪いと「あんまり食べてへんやんか!」「せっかく作ったのに!」とキレるので、父も私も、正直それに疲れていました。

(作って行かなくていいよ、お弁当か何か買うからとも、何度も言いましたが)

 

母としては「出かける者のケジメ!」と、料理を作っていたのもわかるし、それを「優しさ」と信じて疑わなかったのでしょうが

私からすると、母の食に関しての考えは「押し付け」にしか、感じませんでした。

残してたら怒る…まさしくそれが「押しつけがましい」のです。

 

母が大量に作った料理を私と2人で食べながら、毎回父は

「また残したら、あの人が怒るで」と、よく言っていました。

 

昔は私も、家族教の信者(笑)だったから

父に向かって『母さんのこと「あの人」なんて言うもんじゃないよ』と、正そうとしたこともあります。

 

母に言ったらキレるのもわかっていたけど、だいぶ父に注意しても直らないことに腹が立ち、母に『父さんが母さんのこと、あの人って言うから注意した』とバカ正直に言ったこともあります。

 

後々、父も亡くなって「父は酒ありきで母と居たんだろうな」という話になった時に

母は最後まで私は(酒関係なく)愛されてた!と主張していたものの

tari97.hatenablog.com

この、父の「あの人発言」を私が母にバカ正直に話したことで

「私、あの人って呼ばれてたもんな…」と、後々母が凹む材料になったから結果オーライですけど(笑)⇦ 私、性格悪(笑)

 

そんな父は、晩年「母が最近きつい」とよく悲しそうに私に愚痴っていました。

愚痴と言うか「昔は母さん可愛かったのになぁ」と悲しそうに出会った頃のことを話すという感じでした。

 

そしてお酒が入りふわふわしてくると、時々すごいことをぶっ込んで来るときがあり

ひとつだけ、あれは父がもう死期が近いことを悟って言ったのだろうなと

勝手に私が「遺言」のようにとらえている言葉があり、姉だけには話しましたが

いつかこのブログにも書きたいと思っています(笑)

母が亡くなってからになるかなぁ?

それまでに、ブログの更新に満足行くか、どちらが先かわからないけど(笑)

 

そんな感じで、死ぬ間際に小出しで言い始めた父の愚痴は

わりと本心に近かったのだと思っています。

そして、その頃母にもなかなか面白い言葉をいくつか残していたそうです。

 

まず、これは私が家を出る前の話で、母に向かってある時父が「たりはいつか、家出ていくと思うわ」と言ったそうです。

当時はまだ、自信満々でふんぞり返っていた母「父さん一体何言ってんの??ばかじゃないの??」と、鼻で笑ったそうです(笑)

 

そして、数年前『母さんの押しつけがましく、傲慢なところが嫌や』『色々やってくれても、表現方法がまずすぎた』と、母に正直に言ったあと

自分のこれまでの言動について色々考えた母からこんな言葉が。

 

「父さんに言われたことがある。アンタは口でいつか失敗するで。いい加減にしとかなアカンでって」と(笑)

 

これは今でも『ほんまに口で失敗したなww』姉とネタにしていますが(笑)

 

正直、それを聞いたとき、父親なかなかやるな!と思いましたが

母は単なる戯言とバカにし、聞き流していたわけです。

 

父親が亡くなった時は、正直ほっとしたので、涙もひとつも出なかったし

今も別に思い出して悲しむことも、もっと何かしてあげれたのではとかいう後悔もないけど

母ほど嫌いにはならなかったのは、父はトラウマレベルの恐怖や、嫌なことを子どもに植え付けるようなことはしなかったというところだと思います。

 

確かに酒のことではうっとうしかったけど、暴力的になったり、警察沙汰になったりは、なかったのでね。

 

そういうことを考えていて、まさに母のことでは?みたいなツイートを見つけたので、紹介します。

 

 

「人は舌でつまずく」まさに、母の事ですね。

一時のカッとなった気持ちを発散したいがために、母の言動は確実に超えてはならない一線を超えていたと思います。

tari97.hatenablog.com

 

せっかく、父はそこまで見抜いてアドバイスまでしてくれたのにね(笑)

 

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限りなく黒に近いグレー

このブログでは、母との関わりの中で私にどういう影響があったか

母が「毒親」と言われる所以は一体何だったのか

そういったことを、書籍やブログを参考にしたり、自分の体験を事細かに思い出すことで分析し

これからどうして行けばいいか?ということも含め日々模索しているのですが

母の本音を聞くことで「見当違いだった」ということも時々あります。

今回、まさにそういうことがあったので書こうと思います。

 

昔から母は趣味もなかったし、話すことと言えば誰かの悪口や噂話ばかりでした。

それを、どう思うかと聞かれ、母の思い通りの返しをしないと機嫌を悪くされたり、ボロクソに言い返されたりしました。

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(人に意見を求めるくせに、自分の納得する回答以外受け付けない)

 

悪口の内容も、笑えるレベルではなく、子どもに話すにはえげつなすぎただろということにも最近気がついて

母のそういう性分は、とにかく自分が面白くないから、他人サゲして自分を優位に立たせて優越感に浸ることで「自分は幸せだ」と思おうとしているのだろうと、ずっと思っていました。

 

しかし、この間姉から聞いた話

(姉はわりと頻繁に母と会っていて、結構きついことも言ってるらしいw)

今、生きる楽しみが何もなくなった母は、とにかく自分が楽しくないから

近所の人や、誰に対しても僻み妬みの気持ちが沸き上がって

「不幸になればいいのに!と思う」と話しているそうです。

 

それを聞いて『今まで生きて来て、周りの人にそんなこと(他人の不幸をざまぁ見ろ!みたいに)思ったこと、なかったん?』と姉が聞くと

「結婚してからは幸せすぎて、そんなこと思ったことなかった」とのこと。

 

それを姉から聞いた時、耳を疑いました。

え?そんなに満たされていたのに、あの悪口のオンパレード…?

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人として、やばくない?と…

 

昔は家ではほとんど母の我が通っている状態だったから(=精神的に我慢なんて全くしたことがなかったから)

他人に対して僻んでみたり妬んだりそんな気持ちは一切なかった、それくらい母は「幸せだった」らしいのです。

その幸せの裏では、どれだけ娘が嫌な思いをしてきたか…(というニュアンスのことも、姉は母に言ったらしいけどw)

 

母は、父の悪口もよく昔から言ってたし、もちろん他人に対しても平気で酷いことを言うし

1度キレたらヤ〇ザみたいに怒鳴り散らして怒り狂うし

それらはよっぽど現状に何らかの不満があるからなのだと思っていました。

時々「お父さんが歳いってるから」と、若い旦那を羨むような発言もあったから

てっきり周りの人と自分を比べて、勝手に劣等感を抱いて、やっかんでいるのかとも、思っていました。

 

町内のお母さん方とすぐに喧嘩して帰ってくるのもそれが原因だと思っていたのですが…

どうやら、昔の母には人を妬んだり、僻んだり、人の不幸を喜んだり、人が不幸になればいいのにと思ったり

そういった感情はなかったらしいです。

 

女友達が全くできなかったり、町内でお母さん方とすぐ喧嘩したりするのは

人を妬む気持ちや、「負けたくない」みたいな気持ちがそうさせていたのではなく

マジで、発達障害っぽい部分がそうさせていた(集団の中で突拍子もないことを言って、ハブられたりする)だけだったのだな…というのが今回わかりました。

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「グレーゾーン」という表現をしましたが、ここまでくるともはやほぼ黒だったのではないかな…私の母って…

 

悪口や噂話ばっかりというのは、ただ単に友達もいないし趣味もないから

話すことがそれくらいしか本当になかったのだと思います。

(多分「今日は寒いね」とか、普通の人がそれくらいのニュアンスで話すことが、母にとってはえげつない悪口だったのだろうな)

 

わかったとこで、余計やばくない?と思って、私にとってはあまりにも衝撃で

とくにオチもないのですが…

やっぱり、私の母親って本当にどこかのネジが1本足りていなかったのだろうなと思わざるを得ません(1本どころの騒ぎじゃないかも)

 

そんな母が、とっても情けないです。

 

他人に対してマウントを取りたいから、あんなにえげつない悪口を言ったり

敵対心むきだしで喧嘩して帰って来たりするのだな…と思う方がよほど気が楽だったかも…。

 

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コメント頂き、ありがとうございます。

成功体験が、自信に

幼い頃の母の厳しい叱責によって、何事にチャレンジするにも「怖さ」が勝ってしまって

結局すごく引っ込み思案な子ども時代を過ごしたことも

ずっと自分が意気地なしだからなのだと思っていました。

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社会人になってからも、母が「こうしろ」「それはダメ」と言うことに関しては

私の気持ちも無視で「根性なし」「甘ったれるな」と怒鳴られ、無理をさせられ

その通りにできない自分は根性のないダメ人間なんだと信じて疑いませんでした。

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母と離れて、まずはやりたいと思ったことをやってみようと

好き勝手に生きたつもりでしたが、いつでも頭の中には母の存在があって

「自分軸で生きる」ことの本当の意味はわからないままでした。

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どことなくいつも『このままでは、いけない』と、自分を追い詰めているような感じがあって

ある時仕事に行くのが怖くなって、泣きながら心療内科を受診しました。

 

その時に、やりたくないことはしない。もう無理はしない。と決めて

私は本当は何を思って、どうやって生きていきたいのか

本気で向き合ってみようと、数ヵ月、何をするでもなく毎日を過ごしました。

 

そうやって、徐々に自分自身の「純度」が上がると、不思議なことに私に不利益をもたらす友との縁も切れ

身のまわりがクリーンになったというか、心地よく過ごせるようになりました。

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母と離れて約5年くらいかけて、私が行ったことや、起こった変化はこんな感じでした。

 

それと同時に『何か起きたって、どうにかなるのだ』という物理的な成功体験を感じることによって

自分に自信を持ってもいいのだ、そんなに自分を追い詰めて生きなくてもいいのだということも、ふと、わかるようになりました。

ここからが、前回の続きです。

tari97.hatenablog.com

 

物理的な成功体験については

 

実家にいた頃、出かける口実のために、辛すぎる毎日の現実逃避のために、某アイドルを追っかけ回していた時期がありました。

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その頃、今では考えられないくらいのハードスケジュールで動いていたことも多々あったし、色んな人との交流もあり(今も続いているかはともかく)

結果あれが私にとって自信をつけられるきっかけになったのだろうな、と今になってわかった感じです。

 

1人で色んな場所に行ったり、色々なことができるようになったりして

同じ趣味を持つ者同士なら『嫌われるかな』とか疑心暗鬼になることもなく

素直に楽しいと思える話を、遠慮せずにでき、いつも他人に対してバリアを張っているような、そんな人づきあいしかできなかった私にとって、これはすごく大きな自信に繋がりました。

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そして、目まぐるしいオタク活動の中で、失敗をしたことも何度もあって

「ほどよい適当さ」を覚えたことも大きかったと思います。

 

予約していた新幹線の発車時刻に起きたり、開演時間を間違えていて到着する頃には公演が半分くらい終わってしまっていたり

そういう「もし母相手にやっていたらクソほど怒鳴られていただろうな」レベルの失敗をしても

実際どうってことないのだということも身をもって学習しました。

 

本来ならば、こういうことは多分、10代20代で経験することなのでしょう。

 

それでも、いい歳になるまで失敗が怖かったのも事実で、何となくその性分がマシになってきたのはオタク活動を始めてからであることにも気がつきました。

 

当時は『細かいこと、気にしてられん!』みたいな感じでギリギリで動いていたし、そもそも好きなこと・自分のやりたいことだったから『嫌だな』とか思わずにできたのが大きかったかも知れません。

 

家を出て、他の毒親ブログ等で書かれているようなことが

『こういうことだったのか』とわかるまで、約5年かかりました。

 

 

私の場合はやりたいことをめいっぱいやることよりも、やらなくていいことをやらないことの方が、心の回復には繋がったような気がします。

tari97.hatenablog.com

 

そこは人それぞれだし、このブログが何の参考にもならないかも知れないけれど

よく毒親関係の書籍等で見かける「自分軸」とか、そういった類のことで私がこの数年感じたことや過程が、今回の記事にまとまっています。

 

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頑張れなかった理由

派遣ではありますが、久しぶりにフルタイムで働いています。

事務であれば特に業種にこだわりはなくて、今回初めて、教育関係の企業に採用されました。

 

コツコツ系の事務作業ばかりかと思っていたのですが、わりと子どもたちとの絡みも多く

『この子たちは、これから明るい未来があるんだろうな…』と、若さに若干の嫉妬を覚えつつも

幼い頃の自分の気持ちと向き合ういい機会にもなっています。

 

これが、もしもう少し毒親問題を考え始めた最初の頃だと

耐えきれなくて、辞めていたかも(笑)

 

学生の頃の私は毎日学校に通うだけでもヘトヘトで、行事も楽しくないし

成績もいつも中の中くらいでしたが『まぁこんなもんでいいか』という感じで

習い事はしたことがあるけど、塾に行ったことも一度もありませんでした。

 

高校も「お金をかける訳にはいかない」とレベルを落とし、特に行きたくもなかった公立高校に行くことになりましたが

(美術科の高校の推薦入試も受けたのですが、そこまでのセンスもなく、不合格に終わりすっかりやる気をなくした)

万事がこんな調子なので当時既に『ぱっとしない人生だよなぁw』という自覚もあったし

ぱっとしないのは、自分には頑張りが足りないからだなという自覚もありましたが

 

今思えば、これが後々大人になってから異様に「頑張れない自分を責め続けること」への始まりだったような気がします。

tari97.hatenablog.com

頭ではわかってはいましたが、当時の私には「今以上頑張ること」を、できる気がしなかったのです。

 

幼い頃から学校が嫌いだったから、自分は勉強嫌いなんだと思っていたし

中学くらいからはずっと自発的に何かを学ぼうとする姿勢のない自分は、怠慢なダメ人間なんだと思っていました。

tari97.hatenablog.com

 

けれど、最近、色々学ぼうとしている子たちと触れ合っているうちに『私、別に何かを学ぶこと自体は、嫌いな訳ではなかったんだよな』と思うようになりました。

 

何かを学ぶことが嫌いだった訳ではなく、何かを学ぶことに付随するあれこれを " 間違えずに遂行する " ことができるか不安だっただけなのではないか?と思ったのです。

 

確かに推薦入試に落ちてやる気を相当なくしたのも事実なんですが 

それでも、私にも本気で学ぼうとする姿勢があったことも確かで

例えば、もう少し学力を上げる為に、塾に通おうか?とか

絵の腕を上げる為に絵を習いに行こうか?と、確かに悩んだこともあったなぁと。

 

それでも私は、それらをやる勇気が、どうしても出なかったのです。

 

では、それはなぜか?と今回考えていて

うまくできなかった時に親に怒られることが怖かったからというのが、一番の理由です。

 

例えば、何かあって授業に間に合わなかったらどうしよう。

忘れ物をしたら?先生がすごく怖かったら?…心配し始めるとキリがありません。

もし、自分に合わずに辞めたいとなった時に、母親に怒鳴られるのも、想像がつきます。

自分から言い出しておいて「嫌なら辞めなさい」なんて、あの母親が簡単に言うはずがない。

そうやって事あるごとに、また母親に怒られるネタが増えるかも知れない。

まさに当時の母は「触らぬ神に祟りなし」状態。

大人しく、最低限のことだけこなして、穏便に毎日を過ごすことが得策だと、幼いながらも思っていました。

 

それが、私が何か新しいことを始めることへの足かせになっていたことは、残念ながら否めません。

 

今思えば、授業に間に合わなくたって、忘れ物をしたって、どうにかなっていたんです。

辞めたければ、辞めればいいんです。

 

それくらいのことも『母が怖い』『母に怒られる』『母に怒鳴られる』ことが常に背後にあるから

気軽に『行ってみようかな』なんてことを、よほどのことがない限り言えなかった訳です。

 

今、子どものいる現場で働いていて思います。

時間に間に合わないだとか、忘れ物をしたとか、うっかりミスの多いこと。

でも、子どもなんてそれでいいんです。

もちろん、何度も同じ失敗をして、学習しないのはだめです。

けれど私の親はその程度の、子どものちょっとしたミスさえも許さない人間でしたから…

 

 

もし、私がもう少し学校とは別に、何かを習いに行ったりしてたとしても

元々私はしっかりした子だったし(あの親に育てられたら嫌でもそうなるけど)

そんなうっかりミスも、ほぼしていなかったと思います。

だからこそ、もう少し勇気を出してやってみればよかったのに…とも思うけど

でも、あの頃の自分には、母が怖すぎて無理だったよな…という当時の気持ちも痛いくらいわかる。

 

それでも、私は純粋無垢な頃の自分に『こんな大人になってしまってごめん』という気持ちでいっぱいで辛くなります。

時々、幼い頃の自分に謝ります。

 

こんな大人になってしまった事実は変えられないけれど、せめて必死で生きていた幼い頃の自分だけは、私がほめてあげようと思います。

 

 

私はずっと「どうにかなるさ」って言葉、嫌いでした。

だってうちではどうにかならないから(笑)

 

それでも、実際『あ、どうにかなるんだ』という、体験を積み重ねることで

前に書いた、逆上がりができた瞬間のように、どうにかなることがわかるようになりました。

tari97.hatenablog.com

 

逆上がりができるようになると『何でできなかったのかな?』なんて考えてもよくわからないのと同じで

今思えばあそこまで『どうにもならない』と自分を追い詰めていた自分が滑稽でもあるのですが。

 

 

では、その気持ちの変化をどうやって身につけて行ったかは、また書こうと思います。

 

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逆上がりみたいなもの

小さい頃、逆上がりの練習をしていてある日突然できるようになりました。

自転車も、ある時ふと、乗れるようになりました。

そういう「幼い頃になんとなくできるようになったこと」って

「なぜ、できるようになったか」と聞かれても「何でだろう。なんとなく?」というのが多くないですか?

(もちろん、頭で考え、できるようになったという方もいるとは思いますが)

 

毒親育ちの心の回復とか、外部との関わり合いも

なんとなくこれに似ているな…と最近感じています。

 

頭であれこれ考えるよりも、やってみて、初めてわかってくるというか。

 

『苦手だな』と思う人とは、もちろん険悪になって別れたケースもあるけど

結局「縁がない」みたいな感じでフェードアウトさせることができるようになり

自分の周りの人が一緒に居て心地よい人ばかりになりつつあります。

これも『なぜかな?』と考えたけれど、結局自分が毒に支配されている時は同じようなタイプを引き寄せる素質があったのか?

多少の『この人、苦手やな』はあるにせよ、自分からそういう人を引き寄せて沼にはまるみたいなことは最近なくなってきた気がします。

 

そういう時に、思い出すのが元親友のことです。

 

前回の記事で

できるだけ、人を『嫌い』と思うことは最終手段にしたいと思って生きているけど

どうひいき目にみても、挽回の余地がない人が何年かに1回、現れる

と、Kちゃんを例に書きましたが

tari97.hatenablog.com

数年前に縁が切れた「元親友」も、その1人だったなと今になって思います。

今思えば、あんなに私にプラスにならない人を「親友」と信じきっていた自分は

完全に毒にやられていた渦中にいたんだなと思います。

 

縁が切れたくだりは、下記に記しています。

tari97.hatenablog.com

 

元親友は、昔から「男性にチヤホヤされる」ことが、ある種の生きがいみたいなところがあり、男性を何人もキープし、不倫もしていました(彼女は当時未婚)

それに言及する気はなかったし『危険な目に遭わないようね』とだけ伝え、あとは彼女の好きにすればいいと思っていました。

 

彼女が男の人とキャッキャする楽しさは私は理解はできませんでしたが

私は私で、当時激しいドルオタだったから『きっと彼女が男の人とキャッキャするのは、私がオタク活動たのしい!ってなるのと、同じようなものなのだろうな』と、解釈していました。

(自分の中での優先度とかモチベーションとしてという意味です)

 

ただ、ひとつ気になっていたのが

私といる時でも必ず彼女は携帯を片手に握りしめたまま、行動をしていました。

「オトコ命!」の彼女ですから、例えば「着信に気付かなかった」等というのはご法度なようで

そういうことを防ぐために、遊ぶ時も常に携帯を片手に持っていたのでしょう。

 

さすがに「アトラクションに乗る」とか、ルールとして不可な時までではないにしろ

例えばテーマパークを歩くとか買い物をしてても常に片手に携帯を持って行動していました。

正直『ずっと携帯握りしめてんの、何とかならんかな』とは思ってはいましたが

注意まではしませんでした。

そして、食事するのに、お店に入ったりして携帯を見られる状態になると

一緒にいる私に何の断りもなく、いち早く男の人に、返信をしていました。

 

内心モヤッとしてはいましたが、私も私で、オタク関係で連絡を急がなければいけない時もあるし、お互い様だと、思うようにしていました。

 

ただし、私がメール等する時は『早めに返信してしまわないとだめやから、ちょっとごめんな』と、必ず断りを入れてから、返信をするようにしていました。

 

それなのにですよ、そういう時、彼女の機嫌が明らかに悪くなるのです(苦笑)

 

結局、彼女はその後、こういう「自分はよくて、たりはだめ」(この場合、自分は何の断りもなしにメールを始めるのに、私は断りを入れても機嫌を悪くされる)

みたいなことがどんどん酷くなって

さすがの私も『この子、一体何様のつもりなのだろう?』と思い

発端は全く別件でしたが、喧嘩になってしまったのだと思います。

この件⇩も、彼女の話です。

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思えば彼女は、私が彼女以外のものに目を向けている時に機嫌を悪くすることも多く

例えば、彼女といる時に、ばったり私の友達に会って数分立ち話をしただけで機嫌が悪くなり(いますよね、こういう人)

ひどい時には、別れてすぐ、さっきの私の友達の容姿を貶したり、悪口まで言う始末でした。

彼女のこういう部分は、母にそっくりでした。

 

自分は好き勝手にやる割に、私が外部との接触をすると、気に入らなかったようです。

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おそらく彼女も、自分を蔑ろにされた気になって、どうしても我慢ができなかったのでしょう。

⇩の記事の、姉の知っているお店に母を連れて行った時とそっくりです。

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ちなみに、彼女はと言うと、男にだらしない面があり

前々から約束もしていて、約束の前日『明日、〇時に家に行くね』と連絡し了解も得ていたのに

前日から男を家に泊めて、結局私が到着する時間になっても男が帰ってないこともありましたが

その時だって『彼女にとってはのっぴきならない事情があったのかな』『私もオタク関係でのっぴきならない事情で何かやらかすこともあるかも(まぁないけど)』と、深く追及はしませんでした。

 

最後に喧嘩になった時に、あまりにも「自分だけが、我慢している!」みたいな主張をするので、どの口が言ってんだろう?と思い

『自分だって、私が泊まりに行くって言った前日から男の人家に泊めて、私が着いてもまだその人家にいたよね』

『それ以外にも「オトコ優先」みたいなこと、散々していたけど、それで私が機嫌悪くしたことあった?』

『失礼なこと、私にもたくさんしてきたよ。でも私は怒らないで我慢してたよ』

と、言わずには居られませんでした。

 

『自覚がないのかも知れないけど、いつでもそうやって「たりになら、まぁいっか」みたいなね。私の事を軽く見ている証拠じゃない?』と指摘すると

全く筋の通らない言い訳をされて(これも母とそっくり)

ある種恐怖を覚えたので、関係を切った訳です。

 

『都合よすぎ!!何様のつもりだよ?』と(⇦ これは言ってはないけど)

当時は私も怒り心頭でしたが

もしかしたら今思えば母と同じで、彼女自身も「相手に失礼なことをしている」「筋の通らないことを言っている」自覚すら、なかったのかもしれない。

母もずっと、私の提起する問題に「たりは何を言ってるの?」状態でしたから。

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私も私で長年彼女を許し続けてきたから、それも悪かったけど

最後の最後に『もうその手には乗らないぞ』と、許すのをやめた時の気持ちは

母に同じことを思い、家を出た時の気持ちとそっくりだったなぁと、今になれば思います。

 

今は、ここまで壮絶なバトルをしなくても、うまく距離を取って付き合えるようにはなっただけの話ですが

大人なら簡単にできそうなそんなことも、アラフォーにもなってもなお

頭を悩ませないといけないくらい、私は人付き合いにおいてある種の欠陥があるのだと思います。

 

あの家で、あの母に育てられたから?と思う部分も確かにあるのですが

日々何とかかんとか自分に向き合い、嫌なことはここで吐き出し、自分を肯定していくことで

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逆上がりが急にできた時のあの感覚のような『あ、私、できたわ』みたいな感じが増えてきたことも事実です。

 

そうやって、ひとつひとつ、できるようになればと思っています。

しんどいけどね(笑)

 

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どうしても好きになれない人の共通点

前にも少し登場した、大変自己中なオタク友達の「Kちゃん」ですが

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この度、うまく距離を置くことができました(たぶん)

 

前々から、Kちゃんってほんとに「自分が良い思いはして当然。他者が良い思いをすることが悔しい・許せない」タイプなんだろうな(めんどくせぇ)とは思っていました。

 

Kちゃんのことは姉も知っているので、姉も最近『Kちゃんて、うちの母さんみたいじゃない?』と言い出して『やっぱりwわかる人にはわかるんだw』と思った次第です(笑)

 

あと、Kちゃんっておそらく、承認欲求が病的に強い人間で、SNSでも常に(直接的な表現ではないものの)

「アタシはこんなにすごい」「アタシはこんなに頑張っている」

みたいな発言が多くて、それを「すごいね」「さすがだね」と持ち上げてくれる友人だけを大事にしているのだなぁと、最近気が付きました。

(また母にそっくり)

 

私も昔は何も思わず、ついKちゃんを調子づかせることとかを無意識レベルで言っていたことを反省ですが。

(もう、出会って10年ほどになるので、出会った頃はまだ私も誰にでもペコペコして、機嫌を取るようなことを言ったりやったりしていたので)

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そういうタイプですから、Kちゃんは自分が「コイツは必要ない」と感じる人

要は「自分の思い通りの、すごーい!みたいな返しがこない」人間には、驚くほど無礼な態度を取ることにも、私はいち早く気がつきました。

これは私が、人から「蔑ろにされる」みたいなことに、異様に敏感な性分だからかも知れません。

 

お互い、別のアイドルグループが好きだったので、去年から1年、KちゃんとはFC名義を互いに貸し合っていたのだけど

私が借りていたKちゃん名義のFCの期限が切れそうだったので、更新が不要な旨と、貸してくれてありがとう!という連絡は一応「人として」送ったのです。

一応、他人の個人情報を預かっている訳ですからね。

一方Kちゃんに貸していた私の名義のFCは、先に期限が切れていたのですが、期限が切れても何の音沙汰もなくほったらかし。

(少々あてつけの意味も込めて)先ほどの連絡をした訳ですが、LINEの「了解」スタンプひとつで終わられました(笑)

自分も借りていた立場なのに「ありがとう」の一言もありませんでした。

これがアラフィフのいい大人がすることでしょうか(笑)

 

そんな非常識(と、私は感じる)なKちゃんですが

その割に笑えるのがSNSでは「人として!」「常識的に考えて!」みたいなことをよく偉そうに語っているんです。

姉と一緒に『いや、どの口が言ってんだw』と、毎度ネタです(笑)

 

そういったKちゃんの

「自分は良くて、他人はだめ」

(自分ができていなくても大した問題ではなく、他人のだめなところにはすごく厳しい)

といった部分が、ここ数年すごく鼻について仕方ありませんでした。

 

また、こういう人って、基本「自分は正しい」と信じ込んじゃっている節があるので

(また母にそっくり)

時々すごく正義のヒロインぶって、偉そうに人の間違いを主張したりするのだけど

自分のツッコミどころを先に何とかしろよって思っちゃうんですよね。

それを目ざとく見つける私も私なんですけど。

 

なぜ、毎度そんなに自信満々で、すごい勢いで自己主張しないと気が済まないのだろう?と不思議だったけど

「承認欲求が強すぎる」と考えれば、合点がいきます。

とりあえずその時その時で「すごい!」「さすが!」と言われたいだけなのだな、と。

その発言に大した意味や理由はないので、ツッコミどころも満載なんだな、と。

まぁ、SNSなんて、そんなものだよ。その時その時の軽い気持ちを発信するだけのツールなんだから。と言われればそれまでですが(笑)

 

私は、人をすぐに『嫌い』『苦手』等とジャッジしてしまうのがかつての悪い癖だったので

できるだけ、その人の良い部分を探して、嫌いと思うことは最終手段にしたいと思って生きているのですが

何年付き合ってみても、どうひいき目にみても

どうしても挽回の余地がない人が何年かに1回、現れます。

(今回の場合、Kちゃん)

何でも、こじつけるつもりはないし、本当はそんなこと思いたくないので

最後の最後まで認めないでいよう!と思うのですが、どうしてもフォローしきれなくなってしまうのです。

 

その、私が最後まで認めたくはなかったのだけど

どうしても『この人とは、無理だわ』と思う人(主に女性)の共通点として「母に考え方とか、思考の癖が、似過ぎている」ということにやっと気がつきました(遅)

 

もう1人、そういう人のエピソードをまた書きたいと思います。

 

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