もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

毒親あるある◆家族の中の犠牲者アピール

昔から母は「お母さんは、子どもに好かれる為に子育てしてるんじゃない!」と、よく言っていました。

 

これは「嫌われる覚悟で、子にとって耳の痛い事も言う。しかしそれは全て、子の為を思ってなんだよ」という気で言っていたのだろうし、私もそう解釈していました。

 

しかし近頃、このセリフが娘の同情を買うための家族の為に自分を犠牲にして、苦労してますアピールだったように思えて仕方ありません。

 

母の子育ては先ほどの解釈のように慈愛に満ちた、美しいものではなかったと今になって思うからです。

 

これまで何度も書いて来ましたが、料理と金の管理しかしないのに(洗濯と掃除は夫と娘にやらせる。ゴミ捨てや生活用品の購入・手続き関係等、その他家の雑務も全て)

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「自分が一番この家で苦労している!」アピールを、母はいつもしていました。

 

確かに正社員として長年働いた事は立派でしたが、父の名誉の為にも一応言っておくとけして父の収入だけでやって行けなかった訳でもありません。

1日数時間程度のパートでも、はたまた母は働かなくとも、生活はできていました。

生活水準を守りたい・高めたいと思ったのは母の勝手で、あれで「家事も育児も仕事も頑張ってきた!」と母が言っても、私は『そうだね』とは思えません。

 

母が頑張って得た物質的な豊かさは認めます。

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しかし私が素直に母の意見を受け入れられないのは「家族の協力もあって」という気持ちが母から微塵も感じられないからです。

「お母さん1人だけがしんどかった、頑張ってた」「夫や子どもはラクばかりして」という前提で、いつも話すからです。

もう少し家のこともやりながら(=収入が落ちたとしてもフルで働かず)

家族の声にも耳を傾け、そのセリフを吐いてくれていた方がよっぽど賛同できていたと思います。

 

そして母の「自分だけがしんどかった、頑張ってた」という思いは「こんな思いをして育てたのだから、娘に嫌われるはずがない」「老後も手厚く接してもらって当然!」という勘違いにまで膨れ上がり

1人で勝手に「娘から絶対に嫌われない号」の大船に、早々と勝手に乗りこんでいた訳です(頭悪すぎる)

 

「子どもに好かれる為に子育てしてるんじゃない!」と、私が大人になってからも母は言っていましたが

一方、父は娘に対して、そんな発言はしませんでした。

私は父と話すときはリラックスして話せたし、母に話すときのような『これを言ったら怒られるかな?』等、変な気を遣うこともなかったので、父と話すときの方が素の私に近かったはずです。

 

母はそういう(娘とは喧嘩になんてならない)温厚な父に対し「お父さんは、子どもに好かれようってことしか考えてない!」と、よく愚痴っていました(おそらく父はそんな気はなく、何も考えてなかっただけだと思うが)

その後の、怒るのも、厳しいことを言うのも自分ばかり!お母さんだけ損な役回り!みたいな発言までがワンセットでした。

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そうやって、しつけ係のような損な役回り!と、いつも愚痴っていた母に問いたい。

 

損な役回り!と言いながらも「しつけ係」というのを免罪符にうっぷんを晴らす為に娘を悪口や暴言のはけ口にしたことは、ないか?

 

酷い言葉を浴びせ、厳しすぎる勝手な思想を押し付けておいて

「お母さんは、子どもに好かれる為に子育てしてるんじゃないから!」と締めくくって

「ね?こういった苦言も全てあなたたちの為を思ってなのよ」に変換させて、偉そうにしていただけではないか?

 

娘に嫌われないことが、安泰な老後に繋がるのはある意味間違いではないと思います。

母も、しきりに今それを気にかけています。

母の場合、その嫌われない為の行動・言葉・考え方が、全くの的外れだった訳です。

(そんなことばかり言ったり、やってたら、娘に嫌われますよ、という助言も、腐るほどしましたが)

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そもそも「自分が娘に、嫌われるはずなんてない」「親が偉い」「だから娘に対して、何を言ってもやっても良い」と思って暮らしていた母。

それが、娘たちから嫌われる一番の原因でしたが、最後までそれに気が付くことはありませんでした。

娘2人からここまで嫌われたのは、なるべくしてなった結果かなぁと思います。

 

 

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共感できない「オカンあるある」

最近、よく見ているインスタのアカウントがあります。

しゃかりき 光さんの【頑張るお母さんシリーズ】。

 

このお母さん、ちょっとウザいのですがお茶目な感じがおもしろい。

しかし

全然共感できるとこない…!

 

残念ながら、あの動画を見ていても

『うちなら、子どもが言い返した時点で「親に向かって何やその口の聞き方は!」ってなるから』

『そもそも、母とこんなふうに対等なやり取りやコミュニケーション自体、成立しないから』と脳内ツッコミが始まって

『いや、でも確かに友達はこんな感じでオカンとフランクに話してたわ』と、遠い目になります。

何て言うかな…『こんなお母さんだったら良かったのになぁ』という、憧れのような気持ちで見てます。

 

 

私は昔から、友達の家に遊びに行くのが苦手でした。

 

1つ目の理由は、友達の親にどういう挨拶をすればいいか、わからないから。

 

母親からは、あまりしつけを厳しくされた記憶はないのですが、母独自のこだわりややり方に合わせる事を強要されていたことは多く、幼い頃はそれを「しつけ」だと思って従っていました。

 

なので、肝心な「こういう時には、こういう挨拶が適切」みたいな、TPOに合わせた挨拶や決まり文句みたいなものを、全く教わりませんでした。

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そのため、友達の家に遊びに行っても、何て言ったらいいのかわからず

友達のお母さんに「たりちゃん、黙って入るんじゃなくて、お邪魔します、だよ」と、注意された記憶があります。

 

複数人で遊びに行くと、誰かが率先して「お邪魔しまーす!」と言うので

『人の家に上がる時には、そうやって言うのか』と、だんだんわかって、それを真似していった感じ。

こうやって、ほかの友達の真似とたまに友達の親に指摘をされて吸収したこと・覚えたことが私はたくさんあります。

 

2つ目の理由は、友達のお母さんが怖いから。

これは、実際に怖いお母さんが居た、という意味ではなく

お母さんというのはみんな、うちの母のように、訳のわからないところで怒りのスイッチが入ったり、こちらが泣くまでやり込めるような恐ろしい存在だと思っていたので

友達のお母さんの前でもオドオドして

「お母さん」という存在が同じ家の中にいると思っただけで怖くて楽しめなかったのです。

 

私の家はよくある一般的な2階建ての家で、子ども部屋は2階でしたが

自室で床に物を落としたり、ちょっと階下に響くような音を立てただけでも「何や今の音!」と母が怒鳴りに上がって来ていたので

友達の家でも物音を立てないように気をつけて遊んでいました。

 

だんだん、中学生くらいになると友達とそのお母さんの会話のフランクさに驚き

隣で会話を聞きながら『お母さんにそんなに偉そうな口の聞き方して大丈夫なの?』と1人でヒヤヒヤして

『もしかして、私がいるからお母さん怒ってないだけで、私が帰った後に友達めっちゃ怒られるんちゃうん…』と、本気で思っていました。

 

他の家のお母さんがみんなうちの母のような感じではないことに気がついたのも、20歳くらいになって、やっとでした。

母に対する恐怖心がなくなったのなんて、ついこの間のことです(私は今年37歳になります)

 

お母さん=恐ろしい生き物

という図式がずっと頭にあったから、どうしても「優しい」とか「朗らかな」お母さんには違和感を抱いてしまうのです。

 

【頑張るお母さんシリーズ】の動画を見た時も『こんな声掛け、オカンがしねーよ』と思ったものの、共感コメントの嵐に『へ~…そうなんだ…』と、何とも言えない気持ちに…。

 

もうこの年になると、友達の親と絡む事はそうありませんが

今思い出すだけでも、友達のお母さんと比べてみて

私の母親のどぎつさはやっぱり異常だったなと思わざるを得ません。

 

私は、親に関しては相当貧乏クジを引いたんだな…と、昨日考えていました。

 

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女社会でうまく立ち回れる理由

ある職場にいた時に、女性社員の「S木さん」という人がいました。

 

彼女は気まぐれで、機嫌の良い時はああだこうだ上機嫌で話しかけてきますが

ひとたび機嫌が悪くなると顔にも態度にも表れます。

まるで母のよう。

その職場内でも、あまり好かれてはいませんでしたし、私も嫌いでした。

 

その職場には休憩所があり、なんとなく使用する場所が個人ごとに決まっていたのですが

キャリアが長いこともあって、ちょっと個室っぽいスペースになっている所がS木さんの定位置のような感じになっていました。

一応キャリアが長い人がそのスペース優先かな?とも思ってはいましたが、特に決まりはありません。

私は別にどこでもいい派なのと、休憩時間がかぶった同僚とは積極的にコミュニケーションを取ろうとも思っていたので(人付き合いに難がある自覚があるので、コミュニケーションの練習と思って話すようにしていた)

S木さんがいるかどうかに関わらずあまりそのスペースは使わないようにしていました(談話スペースのような方に行っていた)

 

ただ、ある日、私がいつも使うスペースが別の人がいて使えなかったので、S木さんのいつも居るスペースを使わざるを得なくなってしまいました。

S木さんも後で来るのをわかっていたけど、私も食事をとらないといけないし

ここ使ったらS木さん怒るかな…とか考えているとS木さんがやって来ました。

 

S木さんはいつものスペースが空いていないことを確認すると、仕方なく別の場所へ行き「ハァーーーー」と大きなため息をついて荷物をバタバタと雑に広げ始めました。

明らかに機嫌の悪い様子(うざい)

 

そうこうしているうちに、私がいつも居るスペースの人たちが出て行ったので、私は自分の荷物をまとめて『S木さん、ここ(個室スペース)どうぞ』と言って移動しましたが「あ~いいよ別に」と素っ気なく言われました(イラッ)

 

少しすると、結局S木さんはそこに移動して(移動するんかいw)

後で来た別のスタッフと楽しそうにおしゃべりをしていて

S木さんは、別の男性のスタッフの対応がめっちゃ腹立って~!と愚痴っていて

さっきの不機嫌もそのせいだったようです。

もちろん、私に向けられた不機嫌ではないこともわかってはいたのだけど

私はその時のS木さんの、不機嫌オーラMAXの圧が怖くて怖くて、どうしようもなかったのです。

そういう時、無駄に明るく饒舌になる癖は、まだ抜けません。

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女性と喧嘩ばかりで同性の友人が1人もいない母を私は昔から見てきたし

母は「あの女嫌いや!」「あそこの〇〇さんとこのお母さん、大っ嫌い!」といつも女性を敵対視しては「母さん、女とは合わんねん!」と言ってたので

自分もその血を引いているとずっと思っていました。

 

また、幼い頃から母には「女なんかな、どうせいつか裏切るで」「女とはなんぼ仲良くなっても養ってはもらえんからな」とか

「所詮、女友達なんて」みたいなこともずっと言われていたので、自分の意志とは関係なく、そういう母の言葉に洗脳されていました。

 

私は学生の頃から気の合う女子ももちろんいましたが、そういう母の洗脳により『女友達も、悪くないな』と感じることを、母に何か悪いことをしているような気になっていました。

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やがて男性アイドルにハマると、必然的に女性ファンの方が多いので女性の友人も増え

母のような性格だとずっと思っていた自分が、実は女性と接する方が得意なことにずいぶん大人になってから気が付きました。

 

今まで職は転々としてきましたが、どの職場でも、自分で言うのも何ですが女性には好かれていた方だと思います。

ですが、今回気が付いたのは、好かれていたと言うか私があまりに不機嫌な女性と顔を合わせるのが嫌で、知らず知らずのうちにかなりおべっかを使っていただけなんだなぁということです。

 

女性=ちょっとしたことで不機嫌になる可能性をはらんでいる

という図式が頭のどこかにあるのでしょう。

 

結局、S木さんのことは私はその一件以来大嫌いになり、話すこともなくなりました。

しかし、その話を同僚にした時に「確かにS木さんて気分屋だよね。でもたりさんも、S木さんにそこまで気を遣う必要ないけどね(笑)S木さん来たって、場所が決まってる訳じゃないし、私もそういう時あるけど知らん顔してそのままスペース使ってるよ」と言われました。

 

わかるのです。頭では確かにわかるのですが…

 

私は、不機嫌なオーラを人より感じやすい性質があるのもわかっている。

なので、自分が何かをして不機嫌な空気を変えられるなら、そうすることが最善だと思ってしまう。

結局「女の不機嫌」というものが、母の不機嫌オーラと通ずるものがあるので、心底不愉快だし、遭遇したくないのです。

それでも、一定数そういう女性はどうしてもいる。

なので、私の少しの行動でそれを軽減できそうなら、少々のことは『どうってことない』と感じてしまうのです。

 

休憩室の件においては場所を移動するなんてほんとにどうってことなかったので

別に自分も『何で私がどかなきゃならんのだ』と腹を立てたりはしなかったですが

他の人が何とも思わない、もしかすると不機嫌かどうかさえも気付きもしないような他人の顔色まで察知してしまう自分に、嫌気がさすし、疲れるし

いつまでも女性の不機嫌に恐怖心を拭えない自分にも嫌気がさすのです。

 

結局、いつでもどこでも必要以上にそうやって『どうぞ、どうぞ』⇦ これには『その代わり、不機嫌にだけはならないでね』という願いがこもっている

とやっていたから、何となく「いい人」みたいに思われて、女性から嫌われることはそうなかったのだと思います。

 

「不機嫌への恐怖」が私の女社会でうまく立ち回れる理由になってたのだなとわかったものの、その理由がすごく悲しいし

こんなに必要以上に他人の顔色や機嫌を察知してしまうほどの

トラウマや恐怖を植え付けた母が心底憎いです。

 

コメントとスターありがとうございます。

 

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私のことについて

前回は、母の発達障害アスペルガーの疑い)について感じたことを書きましたが

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私自身もそういう障害等があるのか?ということもこの数年、ずっと考えてきました。

 

アダルトチルドレンであることに間違いはないとは思っていて

「回避性パーソナリティ障害」に近いものがある自覚があることも前に書きました。

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ただ、会議への参加や発言、朝礼で一言何かを言ったりすることが苦痛で

数年前に辞めた職場ではとある会議での発表が嫌で嫌で、みっともない程に逃げに逃げた挙句、ほぼそれが原因で退職までしてしまった過去があり

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少々病的に感じたため、色々ネットを巡ってみた結果、自分が「SAD(社交不安障害)」の気があるのではないのか?と思ったのはわりと最近のことです。

 

こちらも母に発達障害の疑いを持ったことと同様、たくさんのHPやブログを見に行って『私と似てる…』と気付き、そんな自分を認めることで少し楽になった感じです。

 

私は「人前で何かをする」ことに異様に緊張する癖があり、これについては小さな事から大きな事まで数えきれない程のエピソードがあります。

 

小学生の時の順番に回ってくる立って教科書を読む時間は、自分の読む段落が短い文章であるように必死に段落を数えながら祈り、滞りなく読み終えはするものの、ノドはカラカラ、頭は真っ白。

 

音楽の時間、みんなの前で歌わされる歌のテストは前日から死にたくなるくらい緊張して、直前になると緊張のあまりえずいていました(咳払いでごまかしていたw)

中学の時のリコーダーのテストでは簡単な「エーデルワイス」を吹くだけで指が動かなくなり、あまりに吹けなかったため、先生に「泣きの一回」を吹かされ、男子に笑われました。もちろん、家では何度も練習して完璧でした。

 

高校の時には、新聞から気になる記事を切り抜き、それについて感じたことを発表する時間があり、発表中に緊張のあまり何度も唾を飲み込み途切れ途切れでなんとか発表を終え、最後に先生から質問をされるのですが、その頃には頭が真っ白で自分でも訳のわからない返答をしている自覚がありました。

 

ある職場では、80名程度の社員が集まる月イチの朝礼が嫌で嫌で、朝礼の日はマスクを着けて行ったり、午前休を取ったりしていました。

 

年々「皆の前での発言」とか「地域の会合に出る」とかから逃げる傾向が強くなって、これは人並レベルの「緊張しぃ」の域を超えていることも感じていました。

昔から「そんなの誰でも嫌だよ」とも言われて来たけど、どうも私の嫌がり方が尋常ではないのもずっと感じていました。

 

全ての事項にあてはまるのは「視線が自分に集まること」で、私はこういう状況にどうしても耐えることができません。

SADの中でも「字を書くのを見られたくない」「食事しているのを見られたくない」等もありますが、こちらは私は気にはなりません。

 

主に自分が声を発して何かすること、それを見られるという状況が苦手です。

ですので「電話応対」自体は別に難なくクリアできるのですが、シーンとした中で自分だけが電話に出る(私の電話応対を他人に聞かれる)という状況は苦手です。

 

SAD発症の原因は、失敗のトラウマもあるようですが、幼少期からの環境も大きく関わっているそう。

このサイトの親の子育て方の傾向が、完全に私の家と合致していました。

10syoku.jp

 

news.careerconnection.jp

 

ちなみに⇧のサイトでは

”「もうちょっと頑張れた」「甘え」「みんな辛いんだから」など否定的な発言は、社交不安障害を抱える人にとっては「ものすごくプレッシャーになるので絶対しないで」と説明しました。”

 と言った説明があるのですが…

 

残念ながら全て、母によく言われたセリフです。

この一文を見た時、何とも言えない気持ちになりました。

 

きっと、私自身も昔から感受性が豊かで変わり者だったのだと思います。

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さらに、必要以上に厳しく育てられることにより、異様に失敗を恐れる子どもになったのでは?と考えるのは自然なことかと思います。

 

これも前回同様、母を悪者に仕立て上げたい訳でも、自分は病気だから!と開き直る気もなくて

そういう性質が少なからずあるという風に、自分で自分を理解して、できるだけ苦しくない道を選ぶ材料になったらいいなと思い調べているところです。

 

思い当たる節がある方へ参考になればと思います。

 

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アスペルガー症候群と人格障害について

毒親問題で悩んだ方の中には「うちの親って病気なのか?」という不安に駆られたことがある方も多いと思います。

逆に、親に馴染めない自分がどこかおかしいのだろうか?と思ったこともあると思います。

 

私も、母がおかしいのか、自分がおかしいのかずいぶん長い間悩みました。

家を出てからは辛い作業ではありましたがこれまでの母の言動を一つひとつ思い起こすことで

やはり母のああいう部分って、一般的ではないのではないのか?おかしいのではないのか?という部分を洗い出し、様々なことが見えてきました。

 

それによりただ単に「どちらが悪い」ではなく、落としどころを見つけて、諦めをつけることができたこともあります。

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私の母は「自己愛性人格障害」の気があることと、少々「境界性人格障害」の気があることは前にも書きました。

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そして最近「アスペルガー症候群」の方面からも、母の言動を考えてみた時に

驚くほど母と同じ性質のアスペルガーのタイプがあることに気が付きました。

 

それが尊大型アスペルガー症候群です。

様々なサイトがあるので、気になった方は検索をして頂けたらと思います。

ちなみに今回参考にさせて頂いたブログはこちらです。

www.himawari0511.com

 

前出の「自己愛性人格障害」と「尊大型アスペルガー症候群」を色々調べてみると、両者の特徴が非常に似てはいるのですが 

アスペルガー症候群に関しては先天的な脳の機能障害

自己愛性人格障害は、環境や境遇から生み出される後天的な性分

といったイメージを持ちました。

 

姉にも、母のおかしかった言動をあえて話すようにして、姉の印象も聞くようにはしていますが、母の昔からの言動には「自己愛性人格障害」と「尊大型アスペルガー症候群」どちらの要素も含んでいる印象があります。

 

私自身、消化しきれない思いやわだかまりをどうにか解きたい・消化したいという一心で数々のHPやブログを読み漁り、辿り着いたのがこの2つでした。

 

ただし、母が正式に診断をしてもらった訳でもないので、あくまでもこれは私独自の見解ではあります。

 

あくまでも「参考程度に」ではありますが

何でもかんでも「毒親は病気」「頭おかしい」と突っぱねる訳ではなく

病気や障害だったのだから許してあげよう!でもなく

ただ自分なりにパズルのピースをあてはめるというイメージで「親がこんな風になってしまったことのルーツ」を探ることは有効であると考えます。

 

そのひとつの材料になればと思い、今回母がアスペルガー症候群であった場合はどのカテゴリに分類されるのか?について記しました。

 

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親への気持ちに「こうあるべき」なんてない

母の実母も、毒親だったと思うというのは前にも書いたことがあります。

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祖母(母の実母)は、厳しい人だったようで、時代のせいもあるとは思いますが、兄たちを溺愛し、母のことは可愛がらなかったそうです。

 

しかし、戦後の混乱の中、必死に子どもらを育てたことも事実で、母は「貧乏なのは悔しかったけど、お母ちゃんも辛かったと思う」と、よく言っています。

 

祖父(母の実父)は、アスペルガー気質の変わった人でした。

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母は、実姉のT子のことを「お父ちゃんのアスペの血引いとる!」と偉そうに言っていますが

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近頃、母親もあんま変わんないんじゃないのかとも感じています(このことはまた別の時にでも)

 

最近母と話していると、私や姉が母に対して『いくら親でも、言っていいこと(やっていいこと)と悪いことがある(あなたの言動は、さすがの親でも見過ごすことはできなかった)』というような、毅然とした態度でいると

母はすぐに「娘たちは、謝ってるお母さんを許そうともしない、なんて冷たい人間なんだ」みたいなニュアンスのことを言うらしいです(姉談)

 

挙句の果てに「そうか、たりや姉ちゃんは、学校が厳しかったもんね」と、私たちがそうなった理由を学校や、時代のせいにしようとしているようですが

いやいや、あなたのことが嫌いだからですよ!!

 

まぁ今さら、好きか嫌いかなんてもうどうでもいいし(毒母に対して、そんなレベルで接してない)わざわざ『お母さんのこと、嫌い』と口に出して言おうとすら思わないのですが

母は異様に「娘たちに嫌われること」に敏感なようです。

そりゃそうでしょうね。

今の生活、ほとんど娘(主に姉ですけど)におんぶにだっこですから。

 

つい先日も、何かの時に姉と私が『やれやれ』みたいな表情になると「お母さんのこと、嫌い?」と言い出し

とにかく最近「お母さんのこと、嫌わんといてな」みたいなことをやたらと言うようになり

そんな時に、前の「訳のわからん謝罪」を急にされた訳です。

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おそらく、母的には、嫌われたら大変!→そうだ、謝ろう!ごめんなさい→これで嫌われないよね?というシナリオだったのでしょうが(あほすぎる)

謝った内容が全くの見当違いだったため、娘たちの心には何も響かなかった(むしろ、余計腹が立っただけ)というオチでした。

 

けれど、毒親というのは勘違いが激しく、何でも決めつけで物事を考えるので

「謝ったのに、許してくれない」「娘たちはなぜこんなにやさぐれてしまったの」と嘆くようです。

 

その話を姉から聞いている時に、ふと耳に入った言葉は

『「母さんはお母ちゃんを許したで」と言ってた』と姉。

 

あんなに貧乏で、ロクな母親でもなかったけど、私はお母ちゃんを許したんだ!と

母は言っていたそうです。

 

だから、母は「ちょっとぐらい至らん部分があったって、娘たちに許してもらえるはず(だって私は許したんだもの)」

という気持ちが、どこかにあるんじゃないかな。

 

だから、私たちが何年もかけて、こうやって吐き出さずに居れないような積年の思いを感じているのに対し

映画に行った帰りの「ついで」みたいな時に、謝っとこう!なんて気になるんじゃないかな。

 

 

母は、本当は実母のことが嫌いだったのでは?と感じています。

貧乏生活だったことも、親を恨んでいるのではないかなと思います。

親さえ、生まれた家さえ違えばあんなみじめな生活、しなくて済んだかも知れないのですから。

 

けれど「自分は(あんな親でも)許した!」というのがまた、母の自尊心を満たすための材料にもなっていたのでは?と考えます。

 

コンプレックスだらけの母は、とにかく「世間一般」「普通」が大好きでした。

その考えとともに、無理にでも「母を愛する自分」を作り出して、「世間一般の優しい娘」だと、自分のことを思いたかったのではないかなぁ、と。

 

母が実母のことを許したのは母の勝手であって

「だから、たりや姉ちゃんも母さんを許せ」というのは、全く関係のない話です。

 

母はそこを勘違いしています。

 

最近の母の意味のわからん謝罪についても、少しわかった気がしたので、記しておきます。

 

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母から謝罪された話の続き②

またまた毒母のバカさ加減を思い知りました。

 

前に姉と私と母の3人で出かけた際に、急に母から謝罪をされたものの

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姉にも私にも、響くところはひとつもなく、母は単に墓穴を掘っただけでした。

 

「謝りたい!」と息巻いていたくせに、自分の都合の悪い話については「その話やめて」と、拒否して

母なりに丸くおさめた気でいたのでしょうが、私からは

『他にモヤっとしていることがこれだけある』と返され(笑)

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わざとなのか、無意識なのか、いつものように言い訳をして

全然違う方向に話を持って行って、あほさを露呈しただけの母。

 

あの後、私からのLINEを受けて母が姉に「どうやら、たりは謝って終わりではないらしい」と連絡してきたみたいなのですが

姉も『悪いけど、私もやわ』と返したそうです(爆笑)

 

本当にあの謝罪で母は何をしたかったのか?と不思議で

あの後母に会った姉に聞いてみたところ、あの謝罪によって母は娘たちから

『もぉ~!お母さんたら、そんなこと気にしてたの?しょうがないなぁ!

昔のことは水に流してまた仲良くしよっ!アハハ♪ウフフ♪』

みたいに言われる結末を予想していたらしいです…。

 

こわ~~!!!!

毒母の脳内、もはやホラー!!!

 

それが、アハハ♪ウフフ♪どころか、更に

『謝罪の内容が、検討違いにならぬように』なんていうLINEが私から来たものだから

母はもう何が何だか…という感じになっているそうです。

 

 

私はいつもこのブログで、母のおかしな言動を「例え話」にして、書くことが多いのですが

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今回の件については、ここ数日『どう書けば伝わりやすいかなぁ』とずっと考えていたものの

毒母の頭の中がホラーすぎて…例え話すら思い浮かびませんでした。

 

ただ、毒親が謝罪をしていても、いつまでも話が平行線である理由はこういうことかな?(しかも、今の母のように昔よりかはだいぶ聞き分けが良くなっているにも関わらず)と思ったことを書いてみます。

 

①こちらが思う、謝ってほしいことと、毒親の謝らなければ!と思うことが全くかみ合ってない

 

②「たりは(姉は)それが嫌だったのね」と受け入れることを全くしようとしない

 

③こちらが何も思っていないことについては、何度も謝罪してくる

 

④謝ったことで全てが終わりだなんて思ってないという母の言葉は本心ではあると思う

 

上記のことを分析してみると

①・・・これは、ある程度は仕方のないことかも知れないです。ですので『悪いと母さんが思わないなら謝罪を強要はしない』とも、伝えました

私も『お前は毒親なんだから、全ての事項に対して謝罪をしろ』なんて気はありません

 

②・・・相手が嫌と感じた事実よりも、それに伴う自分の苦労や気持ちを優先させようとして話の論点がずれる

「確かに嫌だったかも知れないけど、娘の為を思って…」(毒親の常套句)を利用し、話の論点をすり替える(その「けど」が、邪魔)

でもでもだってはいい加減やめてくれ…

 

③・・・未だに「歳の離れたお父さんで悪かった」と謝られたが、これについて私も姉も再三『それについて嫌とか思ったことはない』と伝えているのですが…

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(おそらくそれも「こんなに謝っているのに」のネタとしてカウントしているのでは)

これも『こちらは、何も思ってない』を何度伝えても聞く耳を持ちません

 

④・・・単細胞なので、母が「まぁ、これくらい言っておけばいいか♪」と心の中で舌を出して笑っているとは思わないので、本心ではあると思う(そのようなしたたかな対応が娘にできていたら、おそらくここまで嫌われる前に手を打つ頭があるはず)

ただ、これも裏返せば「こんなに母さんが謝っているのに?」の態度の表れでもある気がします

 

初めは『謝る気なんてハナからないんだな』と、思っていました。

けど、単細胞な母の言うことですから、確かに「悪かったな」という気持ちがあることも嘘ではないのだと思います。

 

けれど、母の「これは悪いと思っているけど、これは悪いと思っていない」ということが、娘の求めることとまるでちくはぐなんです。

それを指摘しても「そうか。たりや姉はそれが嫌なのか」と、柔軟に受け止める頭が全くないので

何で?お母さんこんなに謝ってるのに?

いやいや、私たちの言いたいことはそういうことじゃないんだよ

の平行線なんだと思います。

 

母はあくまでも「謝った!」という事実をつくって満足しているだけなのです。

母の「謝罪」は謝罪ではなく、単なる「今思っていることの表明」なだけ。

 

 

だからもうわざわざ自分から掘り返していらんこと言わんでいいからw

映画たのしかったねーご飯おいしかったねーで(って言いながら、騙し騙し死ぬまで生きてりゃ)いいからww

と、姉も呆れながら母に言ったそうです。

 

せっかく意を決して謝罪をしたのに、自分の予想したものと全く違ったリアクションが返ってきた母は

「性根(しょうね)入りました」ですって。(性根を入れるというのは、関西の方言なのかな?)

 

性根入れるの、遅w

 

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