もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

人の限界を超えるまで怒らせるな

私は元々争いごとが好きではなく、冷静に話し合って済むならそれが一番いいと思うというのは前にも書きました。

tari97.hatenablog.com


そんな、元々温厚な私が『もう我慢ならん』と、家を飛び出したことは「よっぽどのこと」だった訳です。

 

私は、この「よっぽどのこと」を実の母にされたことが、どうしても情けないし、やりきれない気持ちになります。

 

昔、母とゴルフの練習をしていたことがあります。

これは、私が一番母の毒にやられていた時代の話で、ゴルフなんて全くやりたくもないけど母が楽しそうならばと思い、嫌々付き合っていました。

(なぜそんなこと嫌々やっていたのか、というのは今回スルーしてください)

まぁもちろんそんな気持ちでやるので、練習も身が入りません。

休みの度に母と嫌々打ちっぱなしに行っていましたが

母も母で、あんな性格ですから、すぐ「そんなんじゃあかん」とか

こちらの『頑張ろう』という気を失くさせるアドバイスしかしないのです。

前の車庫入れの時と同じです。

tari97.hatenablog.com

 

だんだん『言い方何とかならないのかな』と思ってちょっと意見をしたら、また母はブチ切れて「〇〇さん(当時、ゴルフを教えてもらっていた母の知り合い)に言わせたらこんなもんやないで(この程度のシゴキじゃ済まないで)!」「そんな気持ちなんやったら辞めてまえ!」と言われて

また『何でこの人ってこういうものの言い方しかできないのだろう』と呆れかえって

「ほな、もう辞めるわ」とその場で宣言して、結局それから一度もクラブに触ることはありませんでした。

私も私で頑固なのは百も承知ですけど

母のこういうところなんですよね。

何で、限界突破するまで相手に噛み付かないと、気が済まないのだろう。

せっかく積み上げてきたことが、そのたった一言で崩れるってわからないのかな。

結局母は友達もいないし、私がいたらコース回れる相手が1人増えていたのに、一瞬の怒りを優先したばかりに、気軽にコースを回れる相手もほぼいないまま。

今も「元気になったらまたゴルフやる」と息巻いていますが、どうだか(笑)

 

その集大成って言ったらおかしいけど「せっかく積み上げてきたことが、そのたった一言で崩れた」最たる例が「偉そうな物言いのせいで、娘に嫌われたこと」だったと、私は思っています。

1人では何もできない、趣味もない

実際、今1人で「寂しい」って言ってる母を見ていると『だから、私何度も言ったやん』という気持ちに苛まれて、こっちが情けなくなります。

 

母は昔から「親を上手に使いなさい」なんて、まともな親のような発言をよくしていました。

料理がうまいのと経済的にだけ自信のあった母は「お母さんと仲良くして、金銭的に余裕のある生活をしなさいね」というニュアンスでした。

確かに私も金銭的な面で母に依存していたことは否めませんが

tari97.hatenablog.com

 

昔、母と色々出掛けてたのも、何も始めからそんな気持ちで行っていた訳ではなく

お互いがウィンウィンの関係だと感じていたからです。

母も母で、1人ではどこにも行けないし、誰かがいないと楽しめないタイプだから

互いの需要と供給はうまく成り立っていたのです。

その証拠に、母は「あの頃は楽しかったのに」と、よく当時のことを話してきますが

その度に『それを壊したのはどこのどなたですか』って思うんですよね。

 

母の普段のあまりにも横柄な態度が私の怒りの沸点を超えてきたため

どんな高価な物も、高級な食べ物も『母と一緒にってのが条件なら、いらない』との結論に達した訳です。

母は、家族なら・親ならそのラインは超えないと本気で思ってたようです。

母の中で「絆」を高く見積もりすぎたのか、母が自分をかなり高評価していたのか、金のチカラがそれほど強いと思ったのか、すべてあてはまるのか、それは知りません。

 

「親を上手に使いなさい」

私もバカじゃないから、それくらいわかっています。

世間にはそこのところ、よく理解している子はたくさんいます。

でないと、まともに生活できないような給与しか貰えませんからね。

(もちろん、皆が皆そうではないですけど)

そのかわり、親側だって、子からの恩恵をうけている。

趣味も何もない・何も1人でできない母みたいな人でも、お金のあることだけで子や孫に慕われてるという人、いっぱいいると思います。

それでもいいと思うんですよ。

 

それなのに母はそれすらも崩しにかかってくるような、横柄な態度で私に罵詈雑言を浴びせてきました。

残念ですが、私はそれを(かなり我慢はしたけれど)いよいよ宣戦布告としか、思えなかった。

 

だから、今、そんな母が「寂しい」だなんて言う資格ないと思うし

何が寂しいだよ、と反吐が出そうなほど腹が立つのです。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

ライトに生きる練習

人と話していると、時々『前言ったのにもう忘れたのか』とか『少し調べたらわかりそうなのに』とか心の中でつっこみを入れてしまうことが昔から結構あって

tari97.hatenablog.com

とにかく母は「ぼーっとする」とか「ついうっかり」とか

「聞きもらす」「忘れる」「失くす」

そういうことを異様に嫌うところがあって

それは、そういう少しの失敗でも「取り返しのつかないことになるのが怖かった」そうで

tari97.hatenablog.com

ただ、たかだか子どものやることで取り返しのつかないことなんてそうそうないのに

「飲み物をこぼす」程度の失敗も、母にはどれだけの被害を受けるのか?というくらい怒りまくっていて

幼い子どもにも完璧主義を押し付けていたように思います。

 

tari97.hatenablog.com

私は『偉そう』としか感じられなかったそういった母の育て方については

母としては「優しさ」を「甘やかし」と勘違いしており、厳しく育てすぎた らしく

(ぼーっとしてる、あほな子に育って欲しくないから厳しくした!と言い張っています)

 

昔の私はそれが世界基準だと思っていたので、できない人を否定していましたが

うちが標準ではない、むしろうちがおかしいと気付いてからは、母に教えられた「こうあるべき」という枠がいかに狭かったかということもわかり

まずどんなタイプの人間でも否定せずに過ごしてみようと思い、そういった気付きにより、冒頭に書いたような感情を抱くようなタイプの人にもイライラしなくはなりました。

 

前にも少し書きましたが、友達のRちゃんが本当にそういうタイプで(記事はこちら

Rちゃんはまず言ったことをほぼ覚えてないので、数年の付き合いでもう同じこと何回言ったかな?ってなります。

あまりにも何回もした話についてはさすがに『前ゆーたやん!笑』と言いますが

言われても何も気にしていません。

だからまた忘れて同じ話をするんでしょうね。

昔の私なら絶対に嫌ってたと思います。

けれどRちゃんには他にたくさんいいところがあるし、一緒にいて楽しいので

「話を聞くスタンス」については、正直あまり好きではありませんが

これがRちゃんらしさなんだと思って付き合うようにしています。

職場にもこういう人がいて、好きなアイドルグループが同じだからうれしい!話そう!と言ってくれるのは嬉しいのですが

『そんなん常識やで』ということも調べもせず「わからん、わからん」と言っているタイプの人で

重要なメールをちゃんと見てなかったがためにイベントの申し込みわからんかったーー!行きたいのに!と言っていたかと思ったら

まいっか!で、済ませていました(笑)

「ファン」を名乗る者として、私からしたら信じられないんですけど(笑)

これも昔の私なら嫌いになっていただろうなぁ。

 

そういう人と接した時に、とにかくイライラして私と何が違うのかな?って、昔はずっと不思議でした。

今思うのは、まず親がうちみたいな親じゃないことは確かかなって思うけど

あんまり全ての物事を深く考えてないのだと思います。

こう言うと何か貶してるみたいに聞こえそうだけど

深入りしないと言うか

例えるならば

スコップを持ちながら歩いてある程度まで掘ったらまた次の穴を掘りに行く(新しい話題やものを探す)

全部浅ーーく掘っては、それ以上深入りはしないイメージ。

Rちゃんを見てたら、すごくそんな印象を受けます。

私は私で、深く深く掘ろうとしすぎて、あっちも深くこっちも深く…とするうちに疲れるだけで

そもそもそんなに深く掘らなくて良いものにも執着しすぎていたのだと思う。

だから私自身も「聞いてない」とか「忘れた」と言われると、昔は腹を立てていました。

母と同じですね。

 

全ての穴を浅くしろって訳ではなくて、時には深く掘り下げてもいい。

ただ、私の「深く掘る」は、母の全方位からの問いとか愚痴とか、あらゆる攻撃にも全て対応しなければならないと思ってやっていただけ

「話半分」とか、何事においてもそういうこと(=浅めに掘って適当なとこでやめる)ということが、母相手にはできないから

ずっとそうやって生きてきてしまったのだと思います。

『わからん』と言えば「何も知らんな!(バカにするように)」だとか、母の気に入る答えじゃなかったら「あとは自分で考えたら?(勝手にしろ)」とか罵声を浴びせられて、また機嫌を損ねるので

その防御策が『何でもぬかりのないよう、聞きもれのないよう、気を張り巡らせる』こと(=穴を深く深く掘ること)だったのです。

 

もう、こんな生き方をしなくていいのだと、母と離れてやっとわかりました。

もう少し「ライトに」生きる練習を、これからもしていきたいと思います。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

食べられないことへの恐怖

私は、友達との外食にものすごく気をつかいます。

元々が少食なのと、お腹も弱いので、お腹が空いてないのにとりあえず腹に入れるということができないし(お菓子程度なら、何とか)お肉や脂ものも場合によってはお腹を壊します。

1人で腹痛と闘う分にはいいのですが

外出先で誰かと一緒のときにお腹を壊すのは心配させてしまったり、予定が崩れたりするので、本当に嫌なんです。

なので、できればお腹にやさしいものを、自分の許容量の中で食べたい訳です。

特に、1日のうちに何度も外食をするのは私にはきつすぎて、夜に行くなら昼は控えておきたいとか、夕食後にパンケーキとかスイーツに行くなら余力を残したりする訳です。

できるだけ場の雰囲気を悪くしないよう、お腹と相談しつつ食べるのに必死なのですが
もちろんそれを理解できない人もいる訳です。

 

数年前、友達がうちに泊まりに来た時、近くのファミレスのモーニングを食べてみたいと言うのでじゃあ行こうという話をしていて

ただ、お互い結構ダラダラ準備する方なので準備しながら友達が「お腹減ってきた」「今、なんか食べようかな」と言い出したのです。

そんな時のために、友達には前もって小腹が空いた時用のパンとかを前日に買っておいたので、それ食べたら?と言うとたりは食べないの?と聞かれ

それ今食べたらモーニングが入らないから私はいらないと言うと(ちょっとその友達はかまってちゃんだったので)

「たりが食べないならやめとこうかな」「でもお腹減った」

私は私で『どうする?もう今パン食べてモーニングやめる?』

「モーニング行ったことないから行きたい」

『じゃあ私はモーニングに余力残しとくよ?』

と、結構な時間押し問答になりました。

その友達は、今食べたいと思ったら後先考えずに食べる子なので、時々いざ食事に行っても「あまり食べれない」とか言うことがたまにあって、彼氏相手にでも結構そういうことをしていたので、友達に

『てか、結構彼氏にもそうやって思いつきでお腹いっぱいにしちゃってることあるけどその後ごはん行ったりして、気まずくないの?』ときくと

お腹いっぱいだったら、食べずに「見とこ~♡」とか言ってごまかすって言われたときに、また目からウロコでした。

 

私の家ではそんなこと、絶対に許されなかったから

え?それで済むの?場の空気、悪くならないの?と…

 

母は料理にだけは自信満々だったから

その料理が入らないなんてこと、絶対あってはならなかったのです。

お菓子を食べるにしても「晩ご飯食べれんなるで!」といつでも母が目を光らせていたし、実際お腹空いてないと言うと父は「無理して食べなくていいやん」と言ってくれましたが、母には「せっかく作ったのに!もったいない!」と責められました。

外食でもそうです。

「せっかく来たのに!しょーもな!」みたいに言われます。

 

 

もりもりご飯を食べると、母は機嫌が良かったのです。

 

そんな母には「食べれたら食べる」が通用しないから、常に「母の機嫌を損ねない程度に腹に入れる」ことが、私にとっては当たり前だったのです。

私が学生の頃は代謝も良かったし、今ほどお腹も弱くなかったし、今より太っていたし

母はその頃職場が遠く夕食の時間もわりと遅かったので夕方友達とファストフードを食べたりしても全然夕食も食べれていました。

 

そうやって考えると、少食になってだんだん家でご飯を食べるのが相当重荷だったのだと思います。

その上、静かに食事させてくれないので

tari97.hatenablog.com

いつの頃からか、母との食事はストレスになっていたのかもしれません。

 

本来、お腹の空き具合なんて日によって違うし、食欲のない日だってあります。

世間ではきっと「食べれたら食べる」で、済む話なのです。

だから、今からモーニングに行くと言っておきながら、何か食べようかななんて言う友達の言葉が信じられなかったんですよね。

 

今、毎日1人で適当なものを作って夕食をさっと済ませることが、こんなに気持ち的に楽なのだと実感しています。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

また生まれてきた感情

前に書きましたが

tari97.hatenablog.com

あれだけ金!金!と言っていた割に、なぜ働く上で有利となるパソコンの勉強をもう少しやろうという気にならなかったのか?という話をこの間母にしてみました。

 

たり『母さんは、金のためなら根性!で、たいがいのことやるタイプやと思ったけどパソコンの勉強は何でもう少しやろうと思わんかったん?』

母「母さんは自分のできる最低限の力で働いて、いくらもらえるか?やから」

た『でも、パソコン覚えて仕事してたらもうちょい稼げたかなとは思わんの?』

母「パソコンを覚えてまで、給料もらいたくないもん」

た『じゃあ覚えないとクビですって言われたらやってたの?』

母「そうやな!それなら、やってたわ!」

 

やっぱりそうなんですね。

自分の設定したラインをここ!と決めたら、断固としてやらないんですね。

自分を甘やかすことは、忘れずやるのですね。

まぁでも別にそれは個々の生き方なので良いと思います。

 

ただね、私が引っ掛かるのが

娘には自分なりのその設定のラインを決めることを許さなかったこと

何でもかんでも、情けない!根性なし!と一蹴して

「できて当然」「自分もやってきた」みたいに言って

頑張っても「頑張ったね」より先に「これくらい、できて当然や」

tari97.hatenablog.com

 

ずいぶんと偉そうに言われましたけど

いやいや、あなた、してないですやん(笑)

思いっきり、自分には甘いですやん(笑)

 

私、最近すごく思うんです。

私は長い間、自分の足で歩くことを知らなかったから、自由がなかった反面、楽してきたことも自覚しています。

そんな中で、色んな友達とも出会って、職場も転々としたけど、皆それぞれ個々の事情を抱えながらも、何とか折り合いをつけて必死に生きている。

今、自分の足で立ってがむしゃらに生きるとはこういうことなんだと、30代半ばにしてやっとわかった訳ですが

じゃあ、母と暮らしている頃の私は頑張っていなかったのかというと、そういう訳ではありません。

ただ「頑張り方を間違えていた」だけで

あの頃だって、私は必死に生きていました。

今よりずっと辛い環境の中で、何とかかんとか生きていました。

そんな私をことあるごとに、情けない!根性なし!とこき下ろした母のことが、やっぱりどうしても許せないのです。

更にここへ来て、母がいかに自分の感情は家族任せ・自分のこととなるとハードルを簡単に下げていたかということがわかってしまって

余計に腹立たしいのです。

この感情は、今までなかった感情です。

 

ひとつ昇華したかと思えば、それまで見えてこなかったことが急に浮かび上がってきて、またそれを昇華していかなければなりません。

 

難しいですね。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

井の中の蛙、大海を知らない方がいいのかも

母は、世間体をいつも気にしていましたが、それは単なる「母基準」なだけで

完全に「井の中の蛙」状態でしたが、自分は立派!と本気で思っていたのでしょう。

差別的な表現や、相手を貶すようなことも平気で言っていましたが、とかく金銭的なことに関してはすぐに張り合い、お金のない人を見下していた感があります。

 

周りの人がどういう暮らしをしているかを見て、それに張り合ったりこき下ろしたりすることが、ある種母の趣味のようなものだったのでは、とは前にも書きましたが

tari97.hatenablog.com


職場や町内でも、どういう旦那さんまたは奥さんがいて、どんな家に住んで、どんな車に乗っているか等を常に気にしていました。

そして、どんぐりの背比べ(張り合う相手が同じ職場や町内の人 笑)なのに、少しでも自分よりお金に苦しんでいると見たら小馬鹿にするような言動がみられました。

 

 

母の勤めていた職場に、女の子を育てているママ「M田さん」という人がいました。

彼女はわりと残業もして頑張って稼いでいましたが、結構自分の身なりにお金をかける人でした。

ある日その人がお値段安めの軽自動車に乗り替えてきたのです。

 

母は職場で誰かが車を替えたとなると駐車場にわざわざ行って車を眺めたり、グレードを本人に聞いたりします。

時には、終業後に本人に鉢合わせるように、周辺をウロついたりまでしていました。

 

「M田さん、車買い替えてたな!」

「めっちゃグレード低い〇〇(車種)やんか!」

 

また始まった。

グレードが低いことを、ここぞとばかりに貶しながら私に話します。

 

そこまではまだわかるとして、私が引いたのがそこからです。

「M田さんに言うたってん!金、なかったんか?て(お金なかったから、こんなに低いグレードなの?という意味)」

…普通、職場の人にそんなこと言います?

私の中では、考えられないんですけど

 

 

陰口で言うなら百歩譲ってわかるとして

新車乗ってきた本人に開口一番『ずいぶんとグレード低いけど金なかったの?』なんて、私は友達相手にでもさすがに言えないです。

 

大体、人はそれぞれお金をかけたい部分が違う訳です。

M田さんは、美容にはきっとお金かけているのだろうなというのは見てとれましたから、車はグレード低めでも良かったのでしょう。

そういう「自分は自分、他人は他人」の線引きができないで、いつも「自分基準」

そこにあてはまらないと、叩いて見下して

本当にかわいそうな人だなって思います。

 

それに、そうやって母が偉そうに言う相手はいつも職場の人か、町内の人。

みんなある意味同じフィールドにいるのだから、ハッキリ言って偉そうにできる相手ではないですからね(笑)

本当、恥ずかしいです。

 

お金に執着のある人って結構こういうところあるような気がします。

私の友人にもいました。

お金に執着のあるなしはその人の勝手だけど、同じ場所にいる人たちに張り合うのは私はすごくみっともないと思う…。

まぁ、その人のアイデンティティが「生活に困ってない」ということなのかな。

 

母はたかだかあの程度の暮らしで本気で「たりはお嬢様やろ」とか言うので笑えないんですよね。

そりゃね、私の校区内だけで言ったらまだ家も新しい方だったけど

他県の人も知るような、この界隈で一番のお金持ちのおうちってそれはもう本当に想像を絶する生活してますから…

(私は不動産屋で勤めているので、一度超高級マンションの管理費を見て目玉が飛び出るかと思いました。いやぁ…私も知らない世界でした)

母はこういうことを、なんにも知らないのです。

 

だから、ただの関西の僻地の一軒家に暮らしているしがないサラリーマン家庭でも

あれだけ偉そうにできたんだろうなって思います。

 

まぁでも、母レベルの井の中の蛙は大海を知らないままいたほうが、幸せなのかも知れませんね(笑)

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

威張りたかった訳ではないと言われても

母は「表現方法のまずさ」が「愛情をかけて一生懸命やったこと」より勝ってしまっていて、それが私が母を嫌いになった原因という記事を前にも書きましたが

tari97.hatenablog.com

母は、真面目で堅実で、その生活ぶりは確かに評価に値するものでしたが、とにかく家族に対しては自分の機嫌次第で感情をぶつけ、相手の気持ちなんかお構いなし、思ったことは全部自分が一番正しいが如く言い切り、思い通りにならないと不機嫌になって

そういうところが私にとっては、前述の「表現方法のまずさ」だと感じ、母の「真面目」とか「堅実」とか「良しとされる部分」より勝ってしまったために、私は母を嫌いになった訳です。

 

過干渉親を持つ人の中には

自分のことを思って…と言われたがために、それを長い間愛情と思って疑わなかった。

けれどもそれを受け入れられない自分がいて、その葛藤に悩み

いっそのこと目に見える虐待をされたりして「親が嫌い」と堂々と言える環境に生まれたかったとすら思う人も多いでしょう(こんなこと思うほうがおかしいのは百も承知だけれど)

 

私は、母がなぜ嫌いでもない娘に対してあんなに酷い言葉をかけられたのかなぁということがどうしても解せず、ずっとそのルーツや理由をこの数年、探し続けて

ようやく母が「表現方法がまずかった」ことと、その原因もわかってはきました。

母が幼少期貧しくて悔しい思いをしたことや、母方の身内自体が相当ひねくれたものの考え方しかできなかったこと、家で寂しい思いをしてきたこと等が原因となって

もう一度ああはなるまいという意味で、子どもに厳しく接してきたことも確かにわかります。

それが母なりの愛情表現だったのだろうなとも思います。

だから、きっとあれは私の身を案じて言っていたのだろうなということがわかることに関しては『ただ、表現方法がまずかったな』ということで、処理をするようにはしています。

 

ただ、それとは別にどうも母は、娘の力を低く見積もったり、できないことを小馬鹿にするような態度も多く見受けられ

それに関しては上の「娘の為を思ってやったことが、表現方法がまずかっただけ」の図式には、あてはまらないんじゃないか?と感じて仕方ないのです。

 

具体的には、下の記事のようなことですが

tari97.hatenablog.com

tari97.hatenablog.com

 

他にも、私が免許を取ったばかりの頃、家の車庫入れに苦戦したことがありました。

何度切り返してもうまくできず、なかなか駐車できない様子を変に思った両親が家から出てきて

父はできない私をなじったりせず「もう少し右に切って」とか、具体的な指示をくれる反面、母は偉そうに「何をしとんねんな!(何をやっているんだ!)」「そんな(ハンドルの)切り方じゃあかんわ!」と私を貶し続け、半分泣きながら家に入ったことがあります。

思い出すと、こういうことがうちではすごく多くて

なぜ、あそこまでこき下ろされる必要があったのか?一体私が母にそこまで何の迷惑をかけたのか?と、思い出すだけでも怒りがわいてきます。

 

これについては「表現方法がまずいだけで、愛はあった」だなんて絶対に思えないし、どうしても母の自分が偉い、自分の方が優れているという自己顕示のためだけに、こき下ろされた気がしてならないのです。

母は今になって「威張りたかった訳ではない」という発言もしていますが

私にはどうしても、威張りたいだけだったとしか思えないのです。

 

あれを母がもし「家族だからこその愛があってやったこと」とでも言うならば

そんな種類の愛なんて私は一切要りません。

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ

他に考えることないのかな

母は昔から、楽しいことも苦しいことも何でも「誰か」と一緒でないと楽しんだり、乗り越えられない弱い弱い精神の持ち主でした。

そして、その「誰か」の役割は、ほとんど家族が請け負ってきました。

 

弱いなら弱いなりに、お母さんを守ってあげなきゃみたいな、か弱い態度だったならまだしも

その弱い部分を自覚せず毒を吐くことで自分を守り

「親」という権力で娘をねじ伏せて

一度キレたら「ヤ〇ザかよw」ばりに怒鳴り散らしていた母…まさに良いとこなし。

 

数年、仲良しの異性がいた頃は、家庭内は平和でしたが

tari97.hatenablog.com

それも長くは続かず。

母は、一度嫌いだと思うとめちゃくちゃに相手をこき下ろし、プッツリと縁を切ってしまいます(私もあまり人のこと言えないけど、キレるタイミングが私は母よりだいぶ遅いので「余程のこと」でもない限り、プッツリ切ることはありません)

 

そんな、友達もいない・家族には嫌われた母の、ある意味「最後の砦」だった職場からも先日「戦力外通告」をされ

よほど他に考えることがないのか、最近また娘の動向が気になって仕方ないようです。

まぁ気になると言うか、ほんとに話題がないんでしょうね。

詮索するみたいな連絡をしてくるので、とてもしんどいです。

 

大体、今まで何度も書いたけど相手があんまり言いたくなさそうにしているな?とか、そういう空気がよめないので(だから友達がいないんじゃないかな)

tari97.hatenablog.com

☝この固定資産税の時もしつこすぎてまた母を嫌いになった

 

「今日どこ行ってたん?」から始まり、私は副業のことを言ってないので(言ったらまた「金ないんか」「どこや」「何の職場や」とめんどくさいのオンパレードなのはわかっているので)

『ちょっと野暮用』と返しても「〇〇(地元の地名)行ってたんか?」「ネイルか?」「何や?」

ほんっっっっっとにしつこい!

 

他に考えることないのか?

ないんだろうな。

 

別にね、聞くのはいいんですよ。今日何してたん?ぐらいは誰でも聞くし

ただ私が『野暮用』とか『別に大した用事じゃない』とか、ぼやかしているのに延々聞いてくることが本当にうっとうしい

 

何で、いつまでも「自分が聞きたいから聞く」しか、選択肢がないのだろう。

 

そりゃ子どもが小さい時はいいですよ。

私もう35ですよ。私を産んで35年も付き合ってきていい加減「たりは詮索されるの嫌なんだなぁ」って何でわからないのだろう。

いくら娘であっても「一人の大人として対等に接する」のも、ひとつのマナーじゃないですか?

 

 

こういう小さい案件が積もり積もって、一緒には暮らせないなって思うのです。

 

母には私のことをめちゃくちゃバカにして「たりは他人とは暮らせないやろなぁ」とか今まで何度も言われたけど、どっちがだよって思う。

少なくとも母よりかは協調性あると思うわ。

あ、またブーメラン案件でしたね😄

tari97.hatenablog.com

 

何かあればこちらへ

お問い合わせ