もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

人生の理想の原点

最近、気がつきつつあるのは幼い頃に思い描いていたものが、結局人生の理想の原点なのではないかな?ということです。

 

私は昔から、こんな資格を取りたい!とか、こんな企業で勤めたい!などは全く思ったことはなかったですが

こういう格好をしたい

こういう暮らし・過ごし方をしたい

こんな街並みのこんな家に住みたい

ということには、昔からその時その時で強い、ハッキリとした理想や憧れがありました。

 

昔から「誰かと暮らす」ことにはあまり興味がなく、中学の頃の「10年後の自分」みたいな寄せ書き的なやつも「おしゃれをして、バリバリ働いている」程度しか書かなかった記憶があります。

 

学生時代「平日の昼間に仕事をしていない人」に、なぜかすごく憧れがあって

ちょうど学校に行くのが苦痛で悩んでいた頃、時々引き返して家に帰ることがありましたが

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平日の朝10時頃に高校近くの公園前を通ると、ベビーカーを押すお母さん達によく遭遇しました。

『こんな時間にベビーカー押してお散歩かぁ。いいよなぁ』と、お散歩中のお母さんが気楽そうに見えて羨ましくて

『さっさと結婚して子どもを産んで、専業主婦パターンで " 平日の昼間仕事をしていない人 " になろう』と考えました。

 

しかし、そう思ったのもつかの間、ほどなくして姉が里帰り出産をし、新生児である姪との暮らしを体験し『これは…私には無理だ…』と、悟りました。

昼間にベビーカーを押してるお母さん達を『暇そうでいいよな』なんて思ってごめんなさい…と、世の、子育てしている人全員に心の中で謝りました。

 

同時に、元々私は子どもが特に好きな訳でもないし、親戚中でも末っ子で年下の扱いにはめっぽう弱いし、子どもを産むのは現実的でないかも…と思い

そこから『別に、結婚・出産にはこだわることはないかも』というビジョンが見えたように思います。

 

私は昔からそうやって、様々なことを考え、ビジョンを描くスキルはわりとあったのに、母からの押しつけが私のそういうビジョンを壊す要因だったのでは…とも思います。

毒親育ちの中には、こういう経験のある方は多いのではないでしょうか。

 

『子育ては向いていなさそう』『となると、結婚も焦ることはないのかも』というビジョンを、私は自分で10代後半にして見つけることができたのに

母のキ〇ガイじみた「婿をもらって同居するのが当たり前」信仰に、せっかく見出した自分の考えや方向性を活かすことができなかった気がしてなりません。

 

『母が言うなら、そうしなくてはいけないのかも』と、納得できないまま結婚相手を探したことも事実で

今思うと『親のためにやりたくないことまでやらなくて良い』なんて、明確にわかるけれど

母に洗脳されていた当時の私にわかるはずもなく

⇩の記事のようなこともしていて、今となっては笑い話ですが当時は大真面目でした。

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結局その後、母から逃げて、自分の人生を「母親抜きで考える」作業と、「自分のやりたいこと」と「母から言われて嫌々やっていたこと」がぐちゃぐちゃに混ざったものを長年ふるいにかける作業により残ってきたのは

 

子どもを産むには年齢的にもだんだんと厳しくはなるが、その件について焦りはないこと

他人と暮らすことに特に必要性を感じていないこと

高給をもらっても、仕事に忙殺されるのはどうしても嫌なこと

働く馬力を上げるよりも、節約の方が自分に合っていること

平日の昼間に出かける方が人が少なくて気楽でより休みを満喫した!と実感できること

 

などでした(本来、毒親からの押しつけがなければ自分と親の感情がごちゃ混ぜになることすらないし、こんな作業も必要ないはずですが)

 

学生時代の『誰かと暮らすことに興味はない』『平日に休みの人いいな』等、つたない頭で考えたことでしたが、結局それらが未だに自分のルーツとして残っていることもわかりました。

 

冒頭に書いたような「こういう格好をしたい、こういう暮らし・過ごし方をしたい、こんな街並みのこんな家に住みたい」という理想を、昔は母にも話していましたが

よく「アンタはその時その時で、言うことがコロコロ変わるやろ!」と、呆れられたように言われて、今でも母は姉に愚痴っているそうです。

「たりは〇〇と言う時もあれば、××と言う時もある!どれがほんまかわかれへん!どれを信じたらいいかわかれへん!」と。

 

しかし、どれがほんとかも何も、私はいつでも本心で話していたし、嘘をついたこともありません。

 

自分が色んな考え方に柔軟に対応できないから、娘を自分の凝り固まった枠にあてはめるしか能がなく、いよいよ娘がその枠からはみ出しそうになると「反抗」「裏切り」「言うことがむちゃくちゃ」「嘘つき」等と、こちらを悪者扱い。

 

自分の都合の良いこと・耳障りの良いことを娘が言った時だけしか聞き入れようとしないから、自分が信じたくないこと・認めたくないことは、娘が「裏切った」「嘘ついた」ことにしたいだけ。

 

大人になれば食べ物の好みが変わるのと同じように

その時その時で人生のビジョンが少しずつ変わるなんて別におかしいことではないし

ましてや責められることでもありません。

何も私も『いつか宇宙に住みたい』だとか「むちゃくちゃ」なんて言っていません。

常識的な範囲での理想や夢しか語ったことはないですし、確かに言う事はその時々で変わったかも知れないけど、その分真面目に自分のことも家族のことも考えてきた証拠です。

 

そんな娘に対して「裏切り者」だなんて、よくそんな失礼なセリフを言えるなと思います。

毒母のこういうやり方がなければ、もう少し人生変わっていたのではないのかと思うことは至極当然のことだと考えます。

 

娘のやることを受け止める器もないけど、いっぱしに口出しはして、自分の意見だけは通そうとする、本当に最低です。

 

毒母の存在によって、どこかに置いてきてしまった(と言うか、持つことを許されなかった)自分の理想の原点とかルーツを、少しでもまた探し出せたらなぁと思います。

 

コメント、スターありがとうございます!!

台風お気を付けください。

 

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大丈夫?って言われたかった

今の職場では、夕方になるとみんなの飲んだカップを気がついた人が回収して洗ってくれるのですが、昨日集めてくれた方が転びそうになり、ガチャン!と大きな音を立ててびっくり😲という場面があって、口々に「大丈夫?」「ケガしてない?」と皆が声を掛けていました。

…こんな当たり前の光景に、またふと悲しい気持ちになりました。

 

 

私は、幼い頃から友達に「ありがとう」「ごめんね」を言うのがとても苦手で

いざ言おうとしても照れ臭いような気分になり、何でみんなそんなにさらっと「ありがとう」「ごめんね」を言えるのか不思議でした。

 

異様に人の顔色をうかがう癖があるので、職場などで表面的な「ありがとうございます」「すみません」は(場繋ぎ的に)言えますが

友達同士でも、日常的に「ありがとう」「ごめんね」を、みんながこんなに多用するのかと、社会に出てから驚いたものです。

 

おそらくこれは、昔からうちではそもそもそういうやり取りがなかったし

母も子どもに対して「ありがとう」「ごめんね」等、ちょっとしたことでも絶対に言わない人だったので

手本となる人が家におらず、単純に「身につける機会がなかった」のだと思っています。

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そして「ありがとう」「ごめんね」は、そのうち言えるようにはなったものの

未だにどうしても咄嗟に口から出すことができない言葉が「大丈夫?」です。

 

私は母に「大丈夫?」と言われたことなんてほとんどないので、冒頭に書いたようなこと(転んだり、食器を割ってしまった時など)に「大丈夫?」「ケガしてない?」なんて、家で言われたことも、ほぼありません。

まず、何か失敗すると母に鬼の首を取ったようになじられ、場合によっては長時間の説教・不機嫌に繋がるので

何か失敗したり不調があっても母からの攻撃を最小限に抑えることがいつも最優先でした。

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世間ではそれが当たり前だとずっと思っていたし、そういう人が周りには結構居るのではないか?と思う癖がなかなか抜けないのです。

 

なので、失敗をしたり、体に不調があっても相手に心配される前に・迷惑がられる前に最小限で処理せねば!というのが、しみついてしまっているのです。

どうしても『心配をかけてはいけない!』『迷惑をかけてはいけない!』が、真っ先に出てきてしまう…。

後で冷静に考えたら『人の失敗を、みんな迷惑だとか思ってないんだ』とは、頭ではわかるのですが、このハードルは「ありがとう」「ごめんね」よりも、相当高いです。

 

なので、失敗をした相手にも、自然に「大丈夫?」「ケガしてない?」等が出る前に『 " あなたの失敗を迷惑とか、思ってないですよ。私は怒ってないですよ。感 " を出さないと!』ということに意識が行ってしまい、無表情&無言で、かたまってしまうのです。

昨日がまさにそうでした。

転びそうになった職場の人を心配するより『カップが割れたんじゃないのか?=皆に怒られるんじゃないのか?』の心配が先に浮かんでしまって、1人で勝手にビビってしまい

周りの「大丈夫?」「ケガしてない?」の声で、『あ、そっちか』『そっか、カップごときでそんなに皆怒らんわな』と我に返り、そのうちに騒ぎは終了していた、みたいな…

母から失敗をなじられたトラウマが大きすぎて、相手の心配の前に、誰かが怒り出さないか?が真っ先に気になってしまうのです。

 

実際、人が失敗をした時に「大丈夫?」「ケガしてない?」という声掛けをするのが一般的なんだ…と気がついたのも、本当にごく最近のことです。

 

そういうことを自然に言える人って、家でもそういう声かけをしてもらえたのかな?と思うと、また何とも言えない気持ちになり

ドラマでそういうシーンを見ると、人格を否定されるほどに失敗をなじられ、こんこんと責められた過去の自分が、みじめでかわいそうで、時々泣いてしまいます。

 

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強く根付いた思想を変えて行きたい

親のことを「毒親だったのだな」と認める作業(私の場合、親友を「あれはモラハラだったな」と認めるのも同じ作業でした)をすると

昔言われて『おかしくない?』と、モヤっとした発言に対しても、おかしいと感じた私の感情は間違えていなかったのだなと確信を持つことができます。

これは私はすごく良い作業だと思っていて、できるだけ思い出したことに関してはじっくりと時間をかけて考えてみようと思っています(しんどいですけどね🥺)

 

母には昔から「たりは " 何で? " が多い!(ので、めんどくさい)」「しつこい!」「理屈っぽい!」とかよく言われていて

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私はその言葉を鵜呑みにして『自分は理屈っぽく、面倒な人間なんだろうな』と本気で思っていたし

長年の親からのそういった刷り込みのせいで、例えば職場等で相手が言い返してきたりすると『多分、私のこういうところが面倒なんだろうな』『だから、言い返されるのだろうな』と、納得行かなくてもそこで引き下がり自己完結させる癖がありました。

癖と言うか、あの母と暮らすにはそうしないと過ごせなかった

そういう技を身につけたと言うよりかは、身につけなければならなかっただけですが。

 

母にはそういうセリフを言われるのは日常茶飯事でしたが、たまに友達や職場の人にそういうことを言われたのは鮮明に覚えています。

 

また元親友Mの話で恐縮ですが

(Mの件はこの記事にあります⇩)

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Mがまだ結婚する前、1人暮らしの家にも何度かお邪魔したことがあって

泊まらせてもらった時は、たまに食器を洗ったり、私にできそうな手伝いはするようにしていました。

 

Mは結構変なこだわりがあるので(多分そのこだわりで自分を苦しめているんじゃないかなぁと思ったこともあります)

食器を洗う時も私が普段家でやる時よりも気をつけて、丁寧に洗うようにしていました。

ある時、お茶をいれるポット(急須)を洗っていたのですが

私は普段ポットはお湯ですすぐのみ(茶渋がついたら漂白剤をする)なので

Mの家でもそうしようとするとMが何か言いたげだったので『洗剤で洗う?』と、確認しました。

M「そうやな。いつもたりは水洗いなん?」

た『うん、私はお湯洗い。じゃあ洗剤つけるわ』

ここまではまぁわかるとして

Mにもう一言「そんなんやからあかんねん」と言われました。

半分、ひとりごとのような聞こえるか聞こえないかくらいの声だったので

私も特に言い返すこともなくスルーしました。 

けど、私はその「そんなんやからあかんねん」が、何年もずっと引っかかっていました。

しかし、その程度の言葉ひとつが引っかかっている時点でおそらくまた私は理屈っぽいんだろうな。めんどくさい人間なんだろうな。とも思い、何年もモヤっとしたことに目をつぶって暮らして来ました。

 

ブログを書き始め、色々なことと向き合う中で

母の数々の酷い言葉は言うまでもないですが、Mやその他私を下に見ているような態度の人たちに関しても、ああいうカチンとくる一言が私の心にいくつも刺さっていたのだろうと気がつきました。

 

もちろん、私が何か言って相手を傷つけ、私が気がついていないこともあると思いますが。

 

そもそも、Mとは距離感が近すぎたことや、お互いの精神的な境界線をうまく保てていなかったことも仲たがいの原因とは思っているので

ここでこうやって書くのはMの言動を晒し上げたい訳ではなく

そういうことに気付いていく訓練をして行きたいな、という具体的な例として挙げています(たまたまMのネタが多いのは、単に私に友人が少ないせいです)

 

別に私の家のポットがお湯ですすぐのみでもMには何も被害はないし

「汚いなー」と感じても放っておきゃいいし

私の習慣にわざわざそうやって「良い・悪い」の判断は、別にしなくて良いと思います。

 

また、Mのように来客中にたった1回、友人が自分とは違うやり方で食器を洗ったからって「私はあなたと違って、こうします」と主張するより

手伝ってくれたことにまず「ありがとう」と言える人間に私はなりたいです。

 

Mはかなり神経質なところがあったので、ハッキリ言って「ま、いっか」(気になるなら後でこっそり洗えばいいし)で済ませられない性分もどうかと思っていたし

『Mはいちいち細かい部分が気になるんや。そんなんやからしんどいんと違う?』って思う事は他にもたくさんありましたが、まぁそこは人それぞれですからね。

私が心で思うのは勝手ですが、本人に言うことではありません。

 

その「本人にわざわざ言うことではない」ことを、毒親やモラ人間は言わないと気が済まない・言って何が悪い?・何なら「親切で言ってやってる」なので😅

そういう人と過ごしていると、言われるのが当たり前になっているし『言われる私に問題があるのだろうな』くらいに、本気で思ってしまっているので

逆にこちらが言いたいことがあっても言えない状況に陥っていることも多々あると思います。

 

それがだんだんと「ナメられる」「下に見られる」原因にもなるのでしょう。

 

まずはそういう部分をなくしていけたらいいなと日々考えています。

そういう意味で、昔言われてあれは嫌だったなぁとか、確かに思い出して不快ではありますが

『言われて当たり前、ではなかったよなぁ』という確認をするようにしています。

また、言われっぱなしにならないよう、今は、思ったことを少し言ったくらいで人はさほど気にしていないというのを、練習しながら確認する作業をやっているところです。

 

何でもかんでも反論したり思ったことを口に出すのも違いますが、自分を押し殺してまで相手に合わせるのも違うと思います。

この塩梅は未だに難しく、私自身まだ身についていないなと感じます。

これからも、課題になりそうです。

 

スター・コメントありがとうございます。

コメントについてはこちらにまとめています。

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疑い、認める作業を

元は優しく思いやりのあった親友「M」がモラ化した顛末を書いてきました。

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改めて整理して書いてみて驚いたのは、Mの態度の嫌な部分が恐ろしいほど毒母に似ていたということ。

寂しい気持ちもあったけど、縁が切れてよかったかな…とも。

 

モラハラをする人に共通するのは、外面は良かったり物腰は柔らかいというのもあると思います。

Mももれなく、そうでした。

また縁が切れる前、私には横柄な態度でしたが、誰に対してもそうか?と言えばそうではなく、旦那さんにはそんな態度は取っていなかったはずです。

要は相手を見てやってるのです。

言葉は悪いですが私の事を「ナメてた」のでしょうね。

 

母の場合の外面の良さは外部にしか向けられなかったので、家族には横柄な態度でしたが

Mは昔からとても愛想の良い子で、家の近所とかでも評判は良かったはずです。

それが、30歳を過ぎたあたり頃からだんだんと薄れて、人が変わったように私は感じていました。

 

それでも、毒母のことを『そうは言っても、家族だし』と悪く思うことはしないでおこうと自分に言い聞かせていた頃の気持ちと同じように

『親友にそんなこと思うなんて』と、自分に言い聞かせ、わかり合えることを願っていました。

しかし、Mの態度は悪くなって行く一方。

喧嘩になった時にも周りの色々な人に相談をしました。

 

周りからは「Mさんは、たりに甘えているのだと思う」と口々に言われました。

 

確かに、毒母のもとで育ったせいで言いたいことをうまく言えなかったり、こんなものかな?と思う、変な耐性がついてしまっているので

Mの毒気質を助長させた(=甘やかした)のも、事実だと思います。

 

おそらくMの中でも何かがバランスを崩し、誰かにそういう態度を取らないと精神状態が持たなかったのだろうと推測しますが

(ちなみにMは境界性人格障害の特徴にとてもあてはまる部分は多いです)

それが私に酷い態度を取っていい理由にはなりません。

 

毒親の元で育つと、こんな当たり前のこともわからなくなるから恐ろしいです。

相手が不機嫌とか、暴言を吐くのは自分に非がある・自分がそうさせているのではという思い込みを親に刷り込まれているので…

 

もし、今のようにモラハラについてだいぶ理解を深めた状態でMと接していたら

私も直接言うのが怖くてSNSに上げるようなことはしなかっただろうし

もっと毅然とした態度で話ができていたはずです(わかり合えるかどうかは別として)

 

母のことは、既に大嫌いになった状態で家を出たので悔いはありませんが

Mとはモラ行為を除けば本当に気が合って楽しかったから、変わる前のMとならずっと親友で居たかったです。

突然訪れた別れだったので、どうしても悔いが残ります。

 

被害に遭っている人の中でも、モラ化する前の夫や家族なら、好きだったのに…という方もたくさん居るのではないでしょうか。

 

私も、好きな相手だからこそ『これはモラハラだろう』という切り分けがなかなかできず『こちらが我慢すれば丸くおさまる』と思って我慢をし続け、最悪の事態になってしまったので

少しでも関係性に悩む人がいたら、まずモラハラじゃないか?と疑う作業を落ち着いてやって頂きたいです。

決めつけるのではなく「疑う」だけでも十分かなと。

 

そしてやはり、相手の態度や暴言に筋が通っていない・理不尽だと感じたらその時点でハラスメントは成立しています

勇気をもって「これはモラハラだと思う」と認めることが良い方向へ進む道だということもあるかも知れません。

自分がどれくらい嫌な思いをしているか・そこまでの我慢は必要か?

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面倒で辛い作業ですし、関係の修復に繋がる保証はできませんが

向き合うことから逃げて我慢して壊れるより、まず自分を大切にするのが先決かなと思います。

 

 

最後に余談ですが

 

縁が切れる直前、私に言い返されてぐうの音も出なくなったら、わざと私がキレそうなことを言って、そのせいで私が少し声を荒げると「きつく言われた!」「怖い!」「酷い!」等、被害者側に回るパフォーマンスも、Mがよく仕掛けてきた、というのは前も書きました。

 

その時のMに言われて、忘れられない言葉。

 

「そんなに偉そうに言うの、結局たりもお母さんと一緒やな!!」(バカにするような口調で)

 

毒母との確執についても、ずっと話して来た親友。

もう少し、私の気持ちをわかってくれていると思っていましたが

私のことを、私があれだけ大嫌いだと言っている毒母の血を引いてると表現したのです。

 

母の「偉そう」は、母の機嫌次第で出るもので、Mに喧嘩をふっかけられて声を荒げた私とは全然違いますし

他に自分で『こういうところ、母の血引いてるわ』と自分で感じる部分もありますが

他人に言われる筋合いはありません。

 

一時の溜飲を下げる為だけに、ここまでやらないと

ここまで親友を侮蔑しないと居られなかったM。

 

しょーもない人間になったんだな。

Mはきっと、精神的に何か重い病気なんだろう。

もう私の手には負えないな、もう終わりにしよう。

 

そう私に決心させた一言でした。

 

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モラ化した元親友の話②

前回からの続きです。

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Mは思いやりもあって頭も良く、尊敬できる部分も多い人でしたが、縁が切れる数年前からおかしいなと感じ始めました。

以下、私が体験したことです。

 

①話が「勝った・負けた」「優・劣」になる

例えば頼みごと・頼まれごとってお互いにある訳ですが

Mは自分がやったことは「あんなにやってあげた」とやたらと恩を着せるようになりました。

私は何かを頼まれても、快くできなさそうなことは逆に相手に失礼だと思うので、引き受けないようにしています。

するとMは「私はやってあげてるのに」と、よく言うようになりました。

では、Mは私の頼みごとを快く引き受けるのか?と言うと、安請け合いする割に後で文句を言うことも多く、私はこれがすごく嫌でした。

別に無理強いもしていないし、嫌なら引き受けなくていいのに。

それが嫌で途中からだんだんとMに何かを頼むのはやめました。

「私はこんなにやってあげているのに、たりは…」と、よく言われるようになり

何となくいつも「勝った・負けた」みたいな「自分が優・たりが劣」な言い方をするなぁと感じていました。

 

②人の嫌がることをわざとやる・言う

M宅に遊びに行った時、昔は私の住む地域では放送していないテレビ番組を録画しておいてくれたり、必ず「何見たい?」と尋ねてくれていましたが

私の好きじゃないと言ったテレビ番組をわざと見せてきたり、意地の悪いことをするようになりました。

しかもリアルタイムで放送中ならまだしも、録画したものをわざわざ再生してまで😅

また、私の好きな人の話などをひとしきり聞いた後に「まぁ私はそんな男嫌だけど」と言ったり。

言わなくてもいいようなことを言ったり、私の嫌がることをやったりするようになりました。

 

③拒否すると、寛容でない!と私を貶す

『こういうの嫌だ』と伝えたなら「そっか、ごめんね」「次から気をつけるね」ではないですか?

ところがMは決まって「これくらいで?」「たりはそういうのダメなんだ、私は平気だけど」…こういう返事をするようになりました。

上の②の時もそう。「そんなにこの番組嫌ぁ~?」と、まるで私がものすごくワガママを言っているような扱いを受けました。

わざわざ私の嫌がることをやっておいて、こんなことくらい我慢できないたりはダメだねwみたいな。

Mも結構変なこだわりやわがままな部分があるくせに、よく「たりはわがままで、頑固だもんね」みたいなことも言われました。

 

④不機嫌な態度を出す・暴言を吐く

これが一番許せませんでした。

そもそも、縁が切れた時の騒動の発端もこれで、真夏に大きな駅で待ち合わせをすると「場所がわかりにくい!」だの「暑い!」だの、私に全く罪のないことでわめき散らされました

また、M宅に遊びに行った時にも客人である私の前で家事がめんどくさいことの愚痴を汚い言葉で吐くようになりました。家事がしんどいのは私に何の関係もありません。

 

⑤とにかく謝らない

上の④で不機嫌な態度を出されたことを『私が母に偉そうに言われてトラウマになっていること知ってて何であんな態度取ったの?』と聞くと「え?私そんなに言ってた?」「たりに言ったんじゃないけど(だから別にいいじゃん的ニュアンス)」

(Mには私が母がトラウマになっているので不機嫌な人が苦手だという話も散々しています)

謝るより先にとにかく言い訳、正当化。

言い返せなくなると「そんなつもりで言ったんじゃない」とごまかす・とぼける

相手が不快だと言っているのなら、まずは「ごめん」ではないですか?

そしてまたこれが③に繋がります。

 

⑥自分だけが被害者ヅラ

最後に喧嘩になった時、Mだけが「悪い・悪くない」に異常にこだわり、自分だけが攻撃された・ひどいことをされたと言って聞きませんでした

途中から『これ、裁判でもやってんのか?』と笑えるくらい、どうしても、悪の割合「たり:100/自分:0」みたいに持って行こうとしました。

また、家に遊びに行かせてもらっても④のような暴言が不快なので、ある時『もう家にお邪魔するの、やめるね』『次の遠征はホテル取るね』と言うと「あんなにもてなしたのに!何が気に入らないの?」と、また自分が被害者のような言われ方をしました

 

⑦上から目線

話し合いの時に『あ、今本音が出たな』と感じたMの一言。

SNSに私がMのことを書いた時に「(あんなことを書いて、私に見られたら)私に捨てられると思わんかったん?」

…は?捨てられる??????🤔🤔🤔

Mは友達で居てあげてるという気だったのでしょうか(笑)

このセリフを聞いた瞬間、あ~なるほどね。とさーっと何かが引いていくのを感じました。Mの本性を垣間見た瞬間でした。

また、私の生き方を「甘い」とか「苦労をしていない」みたいな、そういうジャッジをする発言も昔から多くありました。

 

以上のことから、私の感じたMへの見解は

 

①Mが何かをしてあげる際、やってあげた事実「だけ」を称賛してほしかったのでしょう。私は、クオリティを下げたくないので、できない事は断ります。

その私の「断った」部分だけをあげつらい、貶すことで「自分は親切、たりは優しくない」という図式を保ちたかったのでしょう。

やるやる!と安請け合いし、後で文句を垂れるのと、できないことはできないと最初から潔く断る。本当の「優しさ」って、どちらだと思いますか?

 

②Mは、自分が優位に立つ方法を「他人を下げる」ことで確立するタイプではないかなと。

他にも、Mはパート先の同僚に「私は金に困ってないけど、ここで働いてやってる」みたいなことをよく言ってたみたいですが…目くそ鼻くそってやつです。

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③これも②に似ています。相手を下げることで自分を優位に立たせたかったのでしょう。ただ、これが無意識レベルなのか、意識的にやっているのかは私にはわかりません。意識的にやっていたなら、余程私をいじめたかったのねって感じですが、無意識レベルなら病院に行った方がいいかも知れません。

 

④これも、もし無意識レベルなら病的だと思います。

駅でわめき出した時『母とあんまり変わらんな』『この子精神的にどこかおかしいんじゃないかな』と正直引きましたから。

「イライラしてわざと言った」と言われた方が幾分かマシです。

 

⑤素直に謝りたくないのは、相手を見下げている証拠では。母と同じです。

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⑥とにかく「自分は悪くない!」なのですが、都合が悪くなると、話をすり替えて巧妙にルート変更します。母のかつての得意技と同じ。

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これについては私も機転が利いてしまうので、無理なルート変更はことごとく阻止しましたが、にっちもさっちも行かなくなると最終的にモラ人間は「相手をイラつかせて声を荒げさせ、こわい!怒鳴られた!と力ずくで自分を被害者にする」技も持っています。

おー怖い怖い🙄

 

⑦母みたいな常に上から目線より、Mみたいに無意識にぽんっと出る一言の方が怖いし、本心に近いと思います。

あと、育ってきた家や環境も違うのに「甘い」とか「苦労してない」とか言われる筋合いもないし

tari97.hatenablog.com

今思えばMは毒親育ちの地雷踏み過ぎです。よく耐えたなぁ、自分。

 

こうやってきちんと整理すると、何とまぁ、毒母と似ている部分の多いこと。

それに何年も気付かず、付き合っていた…毒親に植え付けられた慣れって怖いです。

需要があるかはわかりませんが、もう少し続くかもしれません。

今日はここまでにしておきます。

 

いつもお読み頂き、スターもありがとうございます!

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モラ化した元親友の話

数年前、毒親問題を調べ始めた時はまだ、母の言動がいわば「モラハラ」にあたるということに全く気が付いていなくて

最近になってやっと言葉の暴力や精神的虐待をする毒親=立派なモラハラということを理解しつつあるのですが(遅っ!)

tari97.hatenablog.com

このブログでも何度か紹介してきた、私が「毒人間」「毒っぽい人」と表現される人たちも完全にモラ人間だったのだということも最近わかり

tari97.hatenablog.com

やはり私自身そういった人には何らかの拒絶反応が出ていたようで

そういう人の多い職場は辞めてしまったり、個人的に縁が切れてしまったりしましたが、それは至極当然のことだったのかなとも感じています(昔は、人をそんな風に思ってはいけない!とか、そんなことで退職するなんて!とか自分を責めて、何とか相手の良い部分を無理してでも探そうとする傾向があった)

 

ですので、このブログでも度々触れてきた、私の「元親友」に関しても、縁が切れてから丸2年が経ち(縁が切れた時の事の顛末はこちら

私も大人げなかったか…と、当時はかなり自分を責め、悲しみ、苦しみましたが

モラハラについて理解を深めた今、相当私も彼女に精神的にコントロールされていた・毒母に育てられた耐性のせいで私もそれに気が付いていなかったのだとやっと気が付いてきました。(元親友は、以下Mと表記します)

 

Mは近所の幼馴染で、私と同い年。小学生の時にMは遠方に引っ越しましたが

離れてからもずっと仲良しで、私は一番の親友だと感じていました。

しかし、数年前からだんだんと価値観が合わなくなって、2年前の夏ついに縁が切れました。

 

2年前の当時は、Mに何かを言うと逆にこちらが不快になるような返しをされるので、言いたいことも黙っていたし(毒母をやり過ごす時と同じ気持ち)

たまに『こうしてほしい』『これはやめてほしい』等と伝える時にも、言い方にもずいぶん気を付けたりしていましたが

とにかく聞く耳を持たない、こちらを貶すことだけはしっかりやる、何か知らないけど不機嫌、言い返せなくなると更に訳のわからない主張をされて本題から逸れるetc…で(毒母と同じ過ぎる…)

ついに堪忍袋の緒が切れた私はMへの思いを自分のSNSに投稿したのでした。

 

汚い言葉こそ使ってないし『親友、変わってしまったなぁ』『どうしたんだろ』みたいなニュアンスではあったものの、SNSへの投稿が陰湿だったことは承知しています。

実名はもちろん出してませんが、本人が読めば自分のことだとわかるニュアンスではあったし、Mがそれを見てキレることも、仲がこじれることも想定内でした。

 

おそらく、Mはそうやって書かれたことに加え、私が自分の知らないフォロワーと「わかるわかる~」「あるよねそういうこと」「お友達もわかってくれるといいですね!」みたいなやり取りを行ったことも、気に入らなかったのだと思います(私はある意味お灸を据えたい気持ちもあったから、リプくれた人GJと思いましたが)

実際「あの子(やり取りしてたフォロワー)誰よ?私の悪口、あてつけみたいにやり取りして、楽しかった?」的なことを言われました(今思うと、何でこんなに上から目線なんでしょうね 汗)

いや逆逆!あなたのことを知らない、第3者の意見が聞きたかったんだよ!って感じでしたが。

 

口で言って伝わらない時点で諦めればよかったのにとも思うけど

私にとってはそんなに簡単に『もういい。ハイおしまい』と、終わらせられるような相手ではありませんでした。

20年以上も付き合ってきた仲、そして私はMのことが友人として本当に大好きだったから。

 

当時、Mとは話し合いは電話でしていましたが

どうしても感情的になって冷静に話ができないから、途中からLINEにしようと決めて、何日もやり取りをしていました。

今思い出すと正直、直接会って話をしていたら手が出ていたかも知れない。

それくらいMの言動が、比較的温厚な私を激怒させたこともまた、事実でした。

SNSへMのことを投稿した自分を擁護するつもりもないですが

今思えば、第3者が見てもただのたりの愚痴だろうな~程度の投稿で済んでよかったなとも思う。

 

けれど、SNSへ書かれた内容を見て「これ、私のこと…?」と感じた時のMの悲しみもすごくわかります。

その投稿を見てすぐにかけてきたんだろうなというMの電話越しの声は震えていました。

おそらくMは今でも私のこの行為を許せないだろうし、根に持っていると思います。

 

けれども私も私で、あの時できることはもうみんなやった。

ああするしか、もう方法が思いつかなかった。

だから、Mにも一方的に「SNSへ投稿したことを謝れ」と言われたけれど

そんなにすぐに『うそうそ、ごめんね~』と言える気持ちで書いた訳ではないし

『書いたことで、不快にさせたのは謝る。でも書いた行為自体を、今のところ悪いとは思っていない。ただ、次はもう絶対に同じことはしない』と、断言しました。

 

それをMは「悪いことをしているのに、相手への謝罪もできないのか」と、私を責め続けました。

 

悪い・悪くない以前に

なぜ、自分がそんなことを書かれたか?

普段温厚なたりが、大好きな親友相手にそんなことをしたのには、なにか大きな理由があるのでは?

 

Mはこういったことに、一切思いを巡らせることはありませんでした。 

その時にやっと『あれ?この図式、既視感』『私が母に愛想をつかせた時と同じだ』と気がついたのでした。

その時のMは

相手の気持ちなんてまるで無視。

自分のされたことだけは過剰に主張。

相手に謝罪をさせるまで、責め続ける。

思い通りならなければ、関係ないことさえも持ち出し、相手を否定。

 

それでも私は「きちんと会って話そう」と伝えましたが

「会いたくない」と一方的に話し合いの場を拒絶したのはMの方で

LINEも続いていましたが同じことの堂々巡りで(話し合いじゃなく、ああ言えばこう言う状態でどうしてもMは自分の思い通りにしたいだけだなと感じた)

話にならないので、MのLINEを最後に、返信は止めました。

「埒が明かない」とは、まさにこのこと。

 

そして2年が経ち、モラハラに理解を深め、やっと色々と整理できてきたので、一旦ここでまとめてみようと思った次第です。

 

これは、Mへの恨みつらみを記したいのではなく、時には巧妙に行われる、モラ人間からの支配に気付く材料となればいいなという思いからです。

 

モラハラと検索をすると、大体が「夫」と出て来ます。

私の場合、その相手が毒母はもちろん、一番長く付き合った親友でもありました。

それもまた、あまりよくある話でもないかも知れない、ある意味貴重な体験をしたのかも?と今は多少前向きに捉えられるようにもなりました。

相手が誰であれ、された方がそう感じた時点で、ハラスメントは成立します。

私がMにされたことは立派なモラハラだったと今は断言できます。

また、私がMのモラハラ被害者になったことと、毒親育ちであったこととの関係性は切っても切れないと認識しています。

 

長くなるので、次回に続きます。

 

スターありがとうございます!

コメント等についてはこちらにまとめています。

tari97.hatenablog.com

新しい職場で感じたこと

20年以上前の曲で「誰より好きなのに」という曲があります。

アーティスト名は古内東子さん。

私が中学生の頃、よくラジオ等でも耳にしていました。

以下、この曲のサビの歌詞です。

 

 " やさしくされると切なくなる

 冷たくされると泣きたくなる

 

 追いかけられると逃げたくなる

 背を向けられると不安になる "

  

この曲は好きな人が好きで仕方ない、でも素直になれないという気持ちを歌っているのだと解釈しています。

私は中学生の頃聴いていたので、当時の私にはこの歌詞の意味もよくわからず『どっちやねん!』『好きなら好きで、ええやん!』としか思わなかったけど

 

最近ふと、この歌詞を思い出して今の私の心情に似ているなぁと思いました。

と言っても、この曲のような恋愛感情ではないのですが。

 

最近、また新しい事務の仕事を始めて、9月頭から働いています。

 
作業としては「誰がやっても出来栄えは同じような単調な作業」ばかりですが、その方が気負いせず取り組めるのですごく助かっています。

仕事内容が自分に合っているのはもちろん、かなり忙しい会社なのに誰一人暴言を吐いたり、イライラしている人がいない、また私にも優しい言葉をかけてくれるのが大きな心の支えになっています。

久しぶりに『良い会社見つけた』『当たり!』といった感じ。

(これはけしてふざけているのではなく、母から植え付けられた「ちゃんと働いてないと人間としてだめ」みたいな極端な考え方を払拭すべく、意識的にそれくらいの気持ちで取り組むようにしているという意味です)

 

もしかすると、また、状況は変わるかも知れないし

繁忙期が過ぎ今の激務が終わると、契約を切られる可能性もあるけど

私はもう、自分の性格的にもスキル的にも、同じところで長く働くということは諦めているので「働いている期間、そこそこ心地よく勤務できるか」に重きを置き

とりあえずは先のことは考えず、今できることを精一杯しようという気持ちで過ごしています。

なので、体力的には結構ハードですが、精神的にはわりと楽に働けています。

 

しかし、ここで一筋縄では行かないのが、毒親育ちだからなのか…

だんだん、何か『そんなに優しくされてもつらい』みたいな気分になるんですよね。

言葉にするの、難しいんですが。

 

おかしいですよね、酷い扱いを受けると潰れるから(実際、何度も職場で心が折れて潰れてきた)穏やかな気持ちで働けそうな職場を探していたのに

いざ温かく迎えてもらえると『ぬるいんじゃないか』『甘えてるんじゃないのか』『本当にこんなんでいいのか』みたいな感情が現れるんです。

 

私は何年も母の考え方を基準に、辛いことも『辛い』と言わず、思わないようにして

" なにくそ精神 " でやってきて、それを " 強さ " " 独立 " " 一人前 " とかと、混同していた部分があり、それを見抜けなかったがためにある日プツンと糸が切れてしまって、仕事も何もできなくなった過去があります。

tari97.hatenablog.com

そこから、まずは自分が嫌か嫌でないか、やりたいかやりたくないか、好きか嫌いか

そういう当たり前の選択をしていく練習をして

自分の気持ちに嘘をつかないことの大切さを何年もかけて考えてきました。

tari97.hatenablog.com

けれどおそらく、主語が「母」の、自分の感情を押し殺して過ごす時間があまりにも長すぎたのか

家を出てたった数年で『変われた!』と思うほど、簡単な話でもありませんでした。

 

DV被害者が、別の人の元に行ってもまた同じような人を選んでしまう、それは攻撃的な人といる方が安心してしまうからみたいなことを聞いたことがありますが

私の母及びそれに似たモラハラ人間に対する気持ちも、似た感覚があるのかも知れません。

もちろん、今はもうすっかり偉そうな態度やきつい口調の人には免疫がなくなってしまったし、またああいう人と居たいなんて絶対に思わないのですが

一番長く一緒に過ごす家族(母)に、偉そうな口調で厳しいことを言われるのが私の人生ではデフォルトだったし、優しくされ慣れていないから

優しい言葉をかけてもらっても「どうすればいいかわからない」状態になってしまうのです。

毎日、母に「たり」と呼ばれるだけで『何!?また何か怒られる!?』と、防衛反応が出てしまうような家で暮らしてきたから、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れませんが…

 

毎日、職場では温かい言葉をかけてもらって『ありがたいなぁ』と、心から思うのですが

その一方で『何か裏があるんじゃないか・本当はそんなこと思ってないんじゃないのか』とか思うことも多々あり

おそらくこれは自己肯定感が異様に低いせいで『こんな自分が本当に必要とされる訳ない』みたいな気持ちが根底にあるからだと思います。

ならいっそのこと、もっとクールに接してくれよと思ってみたり

けれど実際の周りの優しい言葉や態度を噛み締めながら帰ったり

自分でも感情の日陰と日なたを行ったり来たり

何で素直に『私は必要とされている!』と胸を張って思えないのだろう…ずっと日なたに居たっていいのに。と悲しくなります。

好き好んで日陰に行っている訳ではないのですが、日陰に居た時間が長すぎて、他の人なら何とも思わない日なたの光すら、私にはきっと眩しすぎるのでしょう。

 

そんな時に、さっきの曲を思い出したのでした。

自分でも本当、めんどくさい。

まさに『どっちやねん!』状態。

 

最近はこういう、対人関係で味わう、自分が招いているめんどくささも「心のリハビリ期間」と前向きに捉えるようにはしていますが、やはり疲れます…。

 

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