もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

どの口が言う

今の職場に行くようになってから、やはり通っている生徒への『いいなぁ』という気持ちがあることに気が付きました。

 

そりゃ、皆が皆楽しくて、来たくて来ている訳ではないにしても、よほど嫌々でもない限り

若いうちにこうやって色んな経験をするのは、今後の糧にも、思い出にもなるのだろうなぁと思うからです。

 

そういったことに、なぜ私は思い切って飛び込むことができなかったか、については、前に書きました。

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こういった類の話を何度も母にもしようかと思いましたが

どうせあの毒母に話したところで「言ってくれれば良かったのに!」(言ってさえくれれば、何でも飲んだのにみたいな言い方)とか「できなかったことを人のせいにするな」とか

挙句の果てに「どちらが悪い・悪くない」とかの方向に話を持って行かれるのも容易に想像がつくので、やめておきますけど。

 

実家を出て、母を見返してやりたいという気持ちから

一時期難関資格の取得に躍起になって失敗したことは以前にも書きましたが

tari97.hatenablog.com

多分私は、学校とか職場に対し「 " プラスα " 的な場で学ぶこと」をやってみたかった

言い換えると「学校や職場以外の場でも頑張れる自分」を感じてみたかったのだと思います。

 

事実、講義は全然楽しくなかったけど、先生に会うのは楽しみだったし

同じ年度の試験を受ける者同士の交流等にも積極的に参加しました。

休み時間に皆でご飯を食べたりもして、それはそれですごく楽しかったのです。

 

私は、年相応に生きて来なかったことがすごくコンプレックスだったから

その遅れを取り戻したくて必死だったのです。

ずっとその頃、頭の中には『私だって…!』みたいな気持ちがあったなぁと。

tari97.hatenablog.com

 

けれどやはり「今さら」感もどうしても否めず(30も過ぎて何かを覚えるのも限界があるし、体力的にも仕事をやりながらは相当厳しかった。そもそも、別に好きでも何でもないジャンルの勉強だったし)

結局何年かは「資格取得を目指す私!」に酔って無理矢理過ごしたものの

試験には落ちるし、かえってみじめな気持ちになったのも事実です。

 

だから、やはり「年相応」の時にやりたいことをめいっぱいやれる家庭環境に恵まれるということは、すごく幸せなのだと、心底思います。

 

うちには「通えるだけのお金」はあっただろうけど「親が支え、暖かく見守り応援できる環境」はなかったと思うからです。

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一度大人になって、母と職場の英語堪能な人が羨ましいという話をしていて

『留学とかも、してみたかったなぁ』と、ぽろっと言ってしまったことがありました。

(私は中学時代インテリアや雑貨が大好きで、雑誌で見かけたヨーロッパの「蚤の市」にすごく憧れていたので、あながち嘘でもないw)

 

その時、母に「したら良かったやん!」と半分笑いながら言われて

 

何?その言ってくれさえしたら、行かせてあげたのにみたいな言い方…

と腹が立った記憶があります。(もちろん、口には出していません)

 

確かに私も母相手にいらん事言ったな、とは思ったけど

母の頭の中はマジで「たりさえ意思表明してくれれば、やらせてたよ!けど、たりが言わなかっただけ!」なのでしょう。

 

よく言うよ。

娘が海外で暮らすだなんて、あなたにそれを支えて応援できるほどの精神力、なかったでしょ。

 

隣町のアパートに1人で暮らしたい(しかも20歳過ぎてから)ってくらいで、尋常じゃないほど取り乱したの、どこの誰ですか?

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(まぁそれ以前に、習い事にすら勇気を出して行けないようなやつが、留学なんて地球がひっくり返っても無理だっただろうけどw)

 

 

読んでいる方でこのニュアンスをわからない人は「親の反対なんて押し切ればいいだけ!」って思うだろうなぁ(笑)

実際ネットでこういう質問にも「親の言う通りになんか、しなきゃいいじゃん」とか能天気な回答してる人もいるし(笑)

 

毒親の反対を押し切って何かをすると言うのは、それはもうものすごく精神を摩耗しますから…

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こんな不毛な押し問答する(そして結局根負けさせられる)くらいなら、はいはい、もう何もせず静かに暮らしますよ。となる訳です。

私が母と共存するには、これくらい心を殺さないと、成り立たなかったのです。

 

まぁ、生徒たちに「嫉妬」はしていない(あくまでも純粋に『いいなぁ~』と思う程度)だけ、マシかなと思うようにしています。

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責任の所在の仕分け

※今回は、少々ネガティブな記事になります。

 

以前にも書いたことがありますが、職場で注意されると自分の全人格を否定されたような気分になって落ち込むところが、まだ直っていないので、しんどいのと

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別の拠点に60代くらいの、すんごい偉そうに言うまさに「お局BBA」みたいなのがいて

そのBBAとの絡みが、非常にストレスになっています。

 

事務関係をそのBBAが仕切っているので、時々電話をかけなければいけません。

入社当初からそのBBAが相当嫌われていて、悪口を言われているのも聞いていたので、私も戦々恐々としながら電話をしました。

案の定、何が気に入らないのか?みたいな、偉そうな口調で対応されました。

 

『こういうBBAなんだ』と、適当に対応していたものの、やはり私は

「偉そう・きつい、母世代のおばさん」が、怖くて怖くて仕方ないのです。

電話で喋るだけなのにこれなので、よっぽどです。

『別に肩を並べて仕事する訳じゃないんだから!』と、あれこれ自分でフォローを入れて鼓舞しないといけない程、恐ろしいのです。

 

先日、メールが来ていたのですがお金関係の作業で忙しくなかなか確認ができず

そのBBAから電話がかかってきました。

「メール見てないですか?」と冷たい声で言われたので、怖くて仕方なかった私は

『すみませーーん、見てないです!』と無駄に明るく返し

(どうしても怖かった結果、こうなったw)

もちろん「見てないでーーすじゃなくて、云々」← 同じ調子で何か言ってたけど、覚えてない

と言われ

『すみません、今お金の計算に手を取られていて見ていませんでした。今見ますが、お急ぎですか?』と返しながら開くと、どうも私ではわからないある報告を至急してくれ、とのメール(そもそもですけど、そこまで至急なら電話してこいよ)

『これは…ちょっと私が今すぐにはわからないので、〇〇さん(所長)に聞いてみてもいいですか?代わりましょうか?』

と、返しました。

 

確かに第一声の『すみませーーん、見てないです!』は、ある種ナメくさった態度でしたけど

その後の対応には私は問題がなかったとは思うし、謝罪もしましたが

BBAの対応をした所長が電話を切った後「たりさんの返事が返事になっていない、会話になっていないと(BBAが)お怒りだった。気を付けろ」と、注意をされました。

ナメくさったようになったと思った態度については、怒られませんでした。

 

しかし

「返事になっていない、会話になっていない」とは??????

頭の中が「?」でいっぱいになりました。

何をどう気をつけろと????

 

そのBBAは、とにかく根性がひん曲がっているので、何についてもそうやってイチャモンをつけたい性分なのも前から小耳には挟んでいました。

おそらく、母みたいな、なにかどこかがおかしい、気の毒な人ではあるとは思うのですが。

 

所長は所長で、事なかれ主義で「あのおばさんを怒らせてくれるな。面倒なことするな。俺が怒られるやろ」と言いたかったのだなとすぐにわかりました。が

「返事になっていない、会話になっていない」という、完全にイチャモンレベルの注意を、所長からもされたことに、どうも納得がいきませんでした。

 

『謝罪もしましたし、その後の対応のどこがいけなかったですか??いけないところを言って頂かないと私も直しようがないので…返事が返事になっていないとは、すみませんが、どういう意味ですか?』と(その時、周りに誰もいなかったのをいいことに)ハッキリ言いました。

すると、バツが悪そうに「……まぁな。メールはな。すぐに確認せんとあかんわな。…今何時?メール来てたの何時?そういうこと。」ですって。

ほら、やっぱり。問題はそこでしょう?

メールの確認が遅かったことが、今回の問題であって。

 

BBAの訳わからない言い分(イチャモン)を、腹が立ったからって精査もしないでそっくりそのままぶつけるのは、おかしくないかな。

ただ単に、BBAにきつく言われてムカついたから、BBAの訳わからない言い分を、理解もしないで私にぶつけただけじゃないかな。

 

こんなふうに、私は

人から注意を受けると、何がどう悪くてこういうことを言われているのか?と

どうしても「責任の所在の仕分け」をしなくては、気が済みません。

 

おそらくそれは『何で私、こんなに怒られてるんだろう?』『私が本当に悪かったのだろうか?』という疑問が残ったまま、母から理不尽に、厳しく叱責されることが多すぎたからではと、自分では思っています。

もう、意味もわからず注意されたり、怒られたりすることが、心底嫌なのだと思います。

会社なんて、そんなものだよと言われればそれまでですが

口で言って是正してもらえそうなレベルであれば、相手が少々嫌な顔をしたとしても

自分を守る為に、無駄な我慢はしたくないのです…。

変わり者と、思われているでしょうね…。

 

相手の怒りを『これについては、私は悪くはない』『これは確かに良くなかった』等と、分別する作業をして、何でもかんでも自分が悪い訳ではない理由が欲しいのです。

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母と暮らしている時は『はいはい、どうせ私が悪者なんだろ。謝りゃいいんだろ』という気で生きていたので、外でもどこでも、それができていました。

 

結果、その時は事が丸く収まっても、本当に納得はしていないから、それが心の傷になっていたのだと、ずいぶん経ってから思った訳です。

色んな人から、ナメられ軽く扱われる一因になっていることにも、気が付きました。

だから、多少面倒とか変わり者と思われようが、自分の気持ちを押し殺すことに躍起になるのも、もうやめようと思い、こうやって色々試行錯誤をしています。

 

ナメられて軽く扱われるみたいなことが、どうしても、どうしても嫌なのです。

 

しかし、それは仕事では、思っちゃいけないのかな…

意見しないほうが良かったかな…と数日悩みました。

 

けれど、世の中の人って人の言動をそこまで気にしていないんですね。

私はもう所長には嫌われただろうな、嫌だな、また辞めたくなるわ…と2~3日落ち込んでいましたが

所長は普通に話しかけてきました。

 

きついおばさんへの耐性も、ついたと思っていたけど結局まだ全然ダメなことにも気が付いてしまいました。

 

何でこんなに生きづらいんだろう。

 

また昨日ちょっと、泣いてしまいました。

弱いなぁ、自分。

 

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ハラスメントという視点で考える

今まで、母が嫌い過ぎてあまり目を向けられていなかった(そこまでの余裕がなかった)ことの中で

自分さえよければいいような人とか、どことなく人を小馬鹿にするような人とか、変なとこでマウント取ってくる人とか

何かしら、モヤっとさせられたり、カチンとくる人に出会うことも多く

自分自身すごく嫌な思いをしているのにも関わらず、きつく言い返すことができず

変に我慢して、結局最後に縁を切ってしまったりすることが度々ありました。

tari97.hatenablog.com

 

嫌な気持ちになっているにも関わらず、母のように怒鳴ったり声を荒げることはどうしても『みっともない』という気があったので

面と向かって言い返す勇気がなく、SNSに遠回しに文句を上げたこともあります。

 

一番の親友だと思っていた人相手にも、結局そういう陰湿なやり方でしか自分の思いをぶちまける方法がわからず、今はもう少しやり方があったかなぁと思う反面

母に愛想をつかせた時のような諦めのような気もあったのも事実で

何をどうすれば良かったのかを問うのはもはやナンセンスなのかなぁと思わざるを得ません。

tari97.hatenablog.com

 

しかし、親友とも縁が切れて数年

私自身が、そういう人間を引き寄せていたのか?と、不思議になったのが、少し毒親問題がクリアになってきた最近やっと、という訳です。

 

私はこれまでそういう人を「毒人間」と表現をしてきましたが

「ハラスメント」つまり私の場合「モラハラ」という視点で、最近考えるようになりました。

 

きっかけはこの記事を読んでからです。

www.asahi.com

小島慶子さんが、アナウンサー時代何気なくかけていた言葉が、相手にとっては「ハラスメント」となっていたのだと気付かされたという一文です。

 

かつての元親友も、外面はいいし物腰も柔らかいので、周りからも「良い人」と評される人でした。

しかし、付き合ううちに喉に何かがつっかえるような、言い表せない不快感が増し

昔は楽しみだった彼女との長電話も、だんだんと着信音を聞くだけで嫌な気分になっていました。

けれども、私が毒親育ちのせいでしょうか。

『そんなこと親友相手に思うものじゃない』と、自分に言い聞かせていた部分があったことを最近ようやく認めることができました。

よくよく考えると、既に嫌いなのに『親のことを、悪く思うものじゃない』と、言い聞かせていた頃の気持ちにそっくりです。

 

そして「モラハラ 友達」等の検索ワードで見つけた記事を色々と見て

『完全に、私たちのことやん』と、かつての私と親友との関係性を重ねずにはいられませんでした。

 

これまで、彼女にされたことや言われたことで嫌だったことも散々このブログに上げてきましたが

tari97.hatenablog.com

結局、つまるところ、彼女にされていたことも、母親にされていたこととあまり変わらなかったんだと気がつきました。

そして、私がそれを不快に感じた時点で、立派な「ハラスメント」であったことにも…

 

私が親友に対して、今思えば卑怯だったよなぁと感じたことは

こちらが拾うか拾わないかくらいの、微妙なラインで人を見下したり、マウントを取るようなことを言ったりして

私がそれに反応すると「そういう意味で言ったんじゃない」とか

「何勝手に怒ってるの?」みたいな、まるでこちらが1人で鼻息を荒くしているような扱いをしてきたことです。

tari97.hatenablog.com

 

おそらく彼女自身も、私を友達として認め楽しく過ごす反面、自分のストレス発散に私を利用していたのだと思います。

「親友だから」と、彼女は甘えていたのだと思います。

『親友だから』と、許した私も私です。

この構図、どこかで見たことがあります。

「家族やねんから」母から言われて大っ嫌いだった言葉。

けれど私も『親だから』そう思って貴重な若い時間を、何年も無駄にしました。

毒親育ち特有の優しさが、仇となるのです。

 

結局「家族」「親子」を免罪符に、いいように親に扱われてきたこと同様

親友にも「親友」という言葉で、軽く見られ、見下げられていたのだと

今になればわかります。

そうでもしないと、生きて行けない親友もまた、気の毒でもあります。

 

それでも、元親友に対して感じることで母と違うところは

最後に喧嘩になった時、まだ私は軌道修正ができるならしたかったし

またいつか、笑い合える日が来るならいいのにとも、今でも思う訳です。

 

前も書いたけど、私は母に対してはできることは全てやったから

それでも伝わらなかったから

やるだけやって、だめだったから、きっぱり諦めはついた訳で

tari97.hatenablog.com

正直、母はいつ亡くなったっていいと思っているし、その日を夢見ているくらいです。

 

けれど、元親友に関しては、こんな形で縁が切れたままもう会うことはないのかと思うと、ふと悲しい気持ちになります。

 

私たちが好きだった漫画がドラマ化されたり

この曲、2人で聴いたら絶対に盛り上がってるいただろうなとか

この味、私は苦手だけど、きっと彼女はおいしいって言うだろうなとか

そんなことを思うと、このまま死んでしまったら悲しいなとは、思います。

 

彼女もまた、心が病んでいる人でした。

私の力では、もうどうすることもできないくらい、彼女の心の闇は深かったのです。

だからこそ、強く生きてほしいし、幸せにもなってほしいなと今は思います。

 

 

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常識的に考えて

「普通」という言葉はあまり好きではないけれど

私の母は確実に「普通」ではなかったと思います。

 

私の思う「普通」とは、一般的に、という意味も含むものの

常識的に考えてという解釈の方が大きくて

 

世間体を大切にする毒親もまた「普通」が好きではあるのだけれど、

毒親の思う「普通」と、私の思う「普通」で、繋がる部分が少なすぎたといったところなのだと思います。

 

相手が「やめて」って言ったら、やめないか?普通

相手が気を悪くしたのなら、何が良くなかったかなって考えないか?普通

自分がそこまで拒絶されたなら、何が相手をそこまで思わせたかな?って反省しないか?普通

相手に迷惑をかけたのなら、まずは「ごめんなさい」じゃないか?普通

 

これらは全部母に言いたかったこと。もしくは言っても通じなかったこと。

 

この場合の普通は、さっきも書いたように「常識的に考えて」という意味に等しいのですが

毒親の場合、そもそも「普通」の解釈がおかしい上に、どれだけ注意や忠告を受けても「自分は間違えているはずがない」と、本気で思っている節があるので

上記のような「普通」には、てんであてはまらず

「子ども」いわば「弱者」が、常識的ではないほうの(毒親独自の)「普通」に合わせるざるを得ず

それが毒親のもとに生まれた子どもを苦しめ、精神を壊す原因であると、私は思っています。

 

さっきの文章が毒親バージョンになると

 

相手が「やめて」って言っても、ええやん、これくらい

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いいかどうか、どれくらいの程度か、は、された相手が決めることです。

 

相手(私)が気を悪くすると、たりは何を1人で怒ってるん?

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相手を怒らせるような言動を平気でしますが、自覚がないのでなぜ相手が怒っているのか、本気でわからないのです。

だから、自分を省みることもないのです。

 

自分が拒絶されると、あんなにしてやったのに

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これ、そもそもいつも全然関係ないところで、話の論点をずらし子どもに罪悪感を抱かせて丸め込む時の常套句でした。

逆に考えれば「これくらいしておけば、拒絶されることなんてない」と決めつけの激しいお花畑さんですね。

 

相手に迷惑をかけても、でもでもだってと言い訳

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人には「悪いと思ったら潔く謝れ」とか厳しく言っておいて、自分の失敗はテヘペロで済ませます。

謝らないし、必死で言い訳。 

 

残念ですが、毒親の「普通」がこれなのです。

 

毒親というのは、完全に「人の立場に立って物事を考えることができない」とか「良いことと悪いことを、机上論でしか考えられない」といった面で

人としての回路が完全に壊れているのだと思います。

「不完全なまま、大人になってしまった」とでも言えば聞こえは良いでしょうが。

 

うちの親は、頭の回路がおかしかったのだなと思うようにしています。

 

おかしかったのだから、仕方ないよねだなんて死んでも思えませんけどね。

 

そんなおかしな家で育ってきたこと、悲しいし悔しいです。腹も立ちます。

それでも、それに気付くことで落としどころを見つけることはできました。

 

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案ずるより産むが易し

最近は、仕事を変わったりしてもわざわざ母にも報告もせず

時々「元気?」みたいなLINEは来ますが、かなり適当な返事しかしないし

正直、私は母に会いたくないので、のらりくらりと予定をはぐらかしているうちに

本当に母と顔を合わせることがほぼなくなってきました(笑)

 

たまに姉と母と3人で映画に行くのも、姉と私の予定もなかなか合わないしで

おそらく今後、3人で出かけることもほとんどなくなると思います。

 

「人間とは、忘れる生き物」とかよく言われるけど、最近ほんとにその通りだなと思います。

自分の中からどんどん母の影が薄くなって

もちろん、昔母に言われたことを忘れたりとか、そんなことは絶対にないけど

なぜあそこまで「母」というものに感情を囚われていたのか?

今となってはそれすらもわからなくなりつつあります。

 

自分の中での「母」という存在が、こんなふうになるなんて思ってもみなかったです。

 

 

よく、毒親問題で「精神的距離は物理的距離から」という言葉を耳にします。

 

かくいう私も、毒親問題で一番悩んでいた頃にネットでこの言葉を見つけ、その言葉を信じてみることにした人間のうちのひとりです。

 

そして、その結果が、今のこの状態だとすれば

当時の私の選択は、間違えてはいなかったと思うのです(思いたいw)

 

うちはたまたま、1人では何もできない親なので

物理的距離を取るのも、たやすかっただけの話ではあるのですが

(母親が1人で私の家に押しかけるなんてことは絶対にしないし

手続きとか役所嫌いが幸いして、閲覧制限なんてものとは無縁)

 

それでも、とにかく「同じ空間に母がいない」ということが

何事にも代えがたい幸せだし、それによって気付くこともたくさんありました。

 

毒親ブログを書かれている、宮澤那名子さんもこのことに触れていて

「実家から徒歩3分の家で一人暮らしをしている」と言われていました。

 

このことについても「3分って、全然離れていないよね」と、偉そうに言っている人がいましたが

問題はそこじゃないんですよね(笑)

ちなみに、本気で3分だけ離れることに何の意味があるのか、さっぱりわからない方は

それだけでも幸せなことなので、今後もわからないことを願います。

 

私も今、実家からは車で10分ほど離れているだけですが

多分これが徒歩1分だろうが、県外だろうが

とにかく「生活する上で同じ空間に母がいない」ということが、一番大事なのだとわかりました。

 

家を出た頃、母には顔を合わせる度に「後悔する道を選んだ」とか「裏切り者」「たりはアホ」と、こちらの気持ちを一切汲まない酷い言葉をかけられたし

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一生こうやって言われ続けるのかなと思っていましたが

さすがに「目の前に娘の姿がない」という現実を母も受け入れるようになって

(正確には「受け入れざるを得ない」ですが)

結婚してからずっと、40年ほど

家族の誰かしらの行動を気にかける生活が当たり前すぎた母は(そしてそれが、行き過ぎてたんですけどね、うちの場合)

それを実際にできる相手がいなくなって、やっとその現実に慣れてきたようです。

 

母のようなタイプの毒親は元来頭が固いし、今までと違うことをやるのをすごく嫌がったり恐れたりします。

だから「思い描いたのと違うこと」になりそうになると、どんな手を使ってでも、どんなに汚い言葉を吐いてでも阻止しようとします。

私が家を出ることに関してはまさにそれでした。

 

そういう日々の喧嘩が嫌で、そんな母親に疲弊しながらも結局何年も律儀に付き合ってあげ過ぎたのも事実で

いくら娘でもあそこまでやらなくてもよかったことも、私自身も離れてみて初めてわかりました。

あれだけの剣幕で家を出て行くことをなじって怒鳴っていた母でも

取って食いに来やしませんから(来る親がいる人もいるのでしょうけど…)

 

確かに、律儀にあんな母に付き合ってきた時間や気持ちを考えたら

いざ1人になってものうのうと生きている母を見て腹が立つこともあります。

『楽しそうにしてんじゃねーよ』という気持ちにもなります。

 

ずっと家を出た時と同じように「裏切り者」とか言われたかった訳ではないけど

普通に暮らしている母に対し『何普通に生きてんだか』と、複雑な気持ちにもなるのです。

 

それでも、私も母も、離れたことで色んなことが「できるようになった」訳です。

 

たったこれだけのことが、ほんの数年前には、死ぬほど難しいと思っていた訳ですが

案外やってみると意外とできるし、慣れるんだということがわかりました。

 

初めは荒療治では?とも思ったけど

多分毒親には、これくらいやってちょうどなのだと思います。

 

もっと早くこうすればよかったと後悔することもあるけどね…

 

まだ、昔の私のように、毒親のそばにいて支配されまくっている人も

できるだけ早く、同じような状況になれたらいいなと切に思います。

 

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母ほど父を嫌いにならなかった理由

自分の過去の行いによって、娘に嫌われているということは

さすがの母でも自覚はあるようですが

父からも本当に愛されていたか?という件については、疑問が残ります。

 

母は「夫に愛されていた」という絶大な自信を今でも持っているし

私も昔は仲睦まじい夫婦だという目で両親を見ていましたが

父が亡くなり冷静に考えてみると『そうでもなかったのでは』というのが正直な感想です。

 

そのことを母も薄々感じてはいるけれど、認めたくないだけではないかなぁ?と考察しています。

 

確かに、両親ともに物理的に「親」という役割は果たしてはいたけれど

精神面では2人とも非常に未熟で「家族」「夫婦」という言葉を借りて、好き勝手していただけだと、私は思っています。

tari97.hatenablog.com

 

母は父をある種「崇拝」しており、あの母でさえも「お父さんが白といえば黒いものも白」と、あまり考えもせずに従っていたようなもので

父はそういう母の世間知らずで従順なところを利用し、好きなだけ酒を飲み

家族ごっこに適当に参加していただけだった、といった印象でしかありません。

 

昔から父は、母のことをすごく他人行儀に扱う時があって

時々母のいないところで母を「あの人」呼ばわりする時がありました。

だから、別に母のこと、あまり好きではなかったのかなぁと。

 

 

母は昔から張り切って料理を大量に作って、食べろ食べろとうるさく

食べなかったり後でいいと言うと、機嫌を悪くしたりキレていました。

 

出かける時には、母は大量に料理を作ってから出かけていましたが

(おそらく、そうやって「頑張って、食事を作って行く自分」にも酔っていたのだろうな)

帰って来てから料理の減りが思ってたより悪いと「あんまり食べてへんやんか!」「せっかく作ったのに!」とキレるので、父も私も、正直それに疲れていました。

(作って行かなくていいよ、お弁当か何か買うからとも、何度も言いましたが)

 

母としては「出かける者のケジメ!」と、料理を作っていたのもわかるし、それを「優しさ」と信じて疑わなかったのでしょうが

私からすると、母の食に関しての考えは「押し付け」にしか、感じませんでした。

残してたら怒る…まさしくそれが「押しつけがましい」のです。

 

母が大量に作った料理を私と2人で食べながら、毎回父は

「また残したら、あの人が怒るで」と、よく言っていました。

 

昔は私も、家族教の信者(笑)だったから

父に向かって『母さんのこと「あの人」なんて言うもんじゃないよ』と、正そうとしたこともあります。

 

母に言ったらキレるのもわかっていたけど、だいぶ父に注意しても直らないことに腹が立ち、母に『父さんが母さんのこと、あの人って言うから注意した』とバカ正直に言ったこともあります。

 

後々、父も亡くなって「父は酒ありきで母と居たんだろうな」という話になった時に

母は最後まで私は(酒関係なく)愛されてた!と主張していたものの

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この、父の「あの人発言」を私が母にバカ正直に話したことで

「私、あの人って呼ばれてたもんな…」と、後々母が凹む材料になったから結果オーライですけど(笑)⇦ 私、性格悪(笑)

 

そんな父は、晩年「母が最近きつい」とよく悲しそうに私に愚痴っていました。

愚痴と言うか「昔は母さん可愛かったのになぁ」と悲しそうに出会った頃のことを話すという感じでした。

 

そしてお酒が入りふわふわしてくると、時々すごいことをぶっ込んで来るときがあり

ひとつだけ、あれは父がもう死期が近いことを悟って言ったのだろうなと

勝手に私が「遺言」のようにとらえている言葉があり、姉だけには話しましたが

いつかこのブログにも書きたいと思っています(笑)

母が亡くなってからになるかなぁ?

それまでに、ブログの更新に満足行くか、どちらが先かわからないけど(笑)

 

そんな感じで、死ぬ間際に小出しで言い始めた父の愚痴は

わりと本心に近かったのだと思っています。

そして、その頃母にもなかなか面白い言葉をいくつか残していたそうです。

 

まず、これは私が家を出る前の話で、母に向かってある時父が「たりはいつか、家出ていくと思うわ」と言ったそうです。

当時はまだ、自信満々でふんぞり返っていた母「父さん一体何言ってんの??ばかじゃないの??」と、鼻で笑ったそうです(笑)

 

そして、数年前『母さんの押しつけがましく、傲慢なところが嫌や』『色々やってくれても、表現方法がまずすぎた』と、母に正直に言ったあと

自分のこれまでの言動について色々考えた母からこんな言葉が。

 

「父さんに言われたことがある。アンタは口でいつか失敗するで。いい加減にしとかなアカンでって」と(笑)

 

これは今でも『ほんまに口で失敗したなww』姉とネタにしていますが(笑)

 

正直、それを聞いたとき、父親なかなかやるな!と思いましたが

母は単なる戯言とバカにし、聞き流していたわけです。

 

父親が亡くなった時は、正直ほっとしたので、涙もひとつも出なかったし

今も別に思い出して悲しむことも、もっと何かしてあげれたのではとかいう後悔もないけど

母ほど嫌いにはならなかったのは、父はトラウマレベルの恐怖や、嫌なことを子どもに植え付けるようなことはしなかったというところだと思います。

 

確かに酒のことではうっとうしかったけど、暴力的になったり、警察沙汰になったりは、なかったのでね。

 

そういうことを考えていて、まさに母のことでは?みたいなツイートを見つけたので、紹介します。

 

 

「人は舌でつまずく」まさに、母の事ですね。

一時のカッとなった気持ちを発散したいがために、母の言動は確実に超えてはならない一線を超えていたと思います。

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せっかく、父はそこまで見抜いてアドバイスまでしてくれたのにね(笑)

 

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限りなく黒に近いグレー

このブログでは、母との関わりの中で私にどういう影響があったか

母が「毒親」と言われる所以は一体何だったのか

そういったことを、書籍やブログを参考にしたり、自分の体験を事細かに思い出すことで分析し

これからどうして行けばいいか?ということも含め日々模索しているのですが

母の本音を聞くことで「見当違いだった」ということも時々あります。

今回、まさにそういうことがあったので書こうと思います。

 

昔から母は趣味もなかったし、話すことと言えば誰かの悪口や噂話ばかりでした。

それを、どう思うかと聞かれ、母の思い通りの返しをしないと機嫌を悪くされたり、ボロクソに言い返されたりしました。

tari97.hatenablog.com

(人に意見を求めるくせに、自分の納得する回答以外受け付けない)

 

悪口の内容も、笑えるレベルではなく、子どもに話すにはえげつなすぎただろということにも最近気がついて

母のそういう性分は、とにかく自分が面白くないから、他人サゲして自分を優位に立たせて優越感に浸ることで「自分は幸せだ」と思おうとしているのだろうと、ずっと思っていました。

 

しかし、この間姉から聞いた話

(姉はわりと頻繁に母と会っていて、結構きついことも言ってるらしいw)

今、生きる楽しみが何もなくなった母は、とにかく自分が楽しくないから

近所の人や、誰に対しても僻み妬みの気持ちが沸き上がって

「不幸になればいいのに!と思う」と話しているそうです。

 

それを聞いて『今まで生きて来て、周りの人にそんなこと(他人の不幸をざまぁ見ろ!みたいに)思ったこと、なかったん?』と姉が聞くと

「結婚してからは幸せすぎて、そんなこと思ったことなかった」とのこと。

 

それを姉から聞いた時、耳を疑いました。

え?そんなに満たされていたのに、あの悪口のオンパレード…?

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人として、やばくない?と…

 

昔は家ではほとんど母の我が通っている状態だったから(=精神的に我慢なんて全くしたことがなかったから)

他人に対して僻んでみたり妬んだりそんな気持ちは一切なかった、それくらい母は「幸せだった」らしいのです。

その幸せの裏では、どれだけ娘が嫌な思いをしてきたか…(というニュアンスのことも、姉は母に言ったらしいけどw)

 

母は、父の悪口もよく昔から言ってたし、もちろん他人に対しても平気で酷いことを言うし

1度キレたらヤ〇ザみたいに怒鳴り散らして怒り狂うし

それらはよっぽど現状に何らかの不満があるからなのだと思っていました。

時々「お父さんが歳いってるから」と、若い旦那を羨むような発言もあったから

てっきり周りの人と自分を比べて、勝手に劣等感を抱いて、やっかんでいるのかとも、思っていました。

 

町内のお母さん方とすぐに喧嘩して帰ってくるのもそれが原因だと思っていたのですが…

どうやら、昔の母には人を妬んだり、僻んだり、人の不幸を喜んだり、人が不幸になればいいのにと思ったり

そういった感情はなかったらしいです。

 

女友達が全くできなかったり、町内でお母さん方とすぐ喧嘩したりするのは

人を妬む気持ちや、「負けたくない」みたいな気持ちがそうさせていたのではなく

マジで、発達障害っぽい部分がそうさせていた(集団の中で突拍子もないことを言って、ハブられたりする)だけだったのだな…というのが今回わかりました。

tari97.hatenablog.com

「グレーゾーン」という表現をしましたが、ここまでくるともはやほぼ黒だったのではないかな…私の母って…

 

悪口や噂話ばっかりというのは、ただ単に友達もいないし趣味もないから

話すことがそれくらいしか本当になかったのだと思います。

(多分「今日は寒いね」とか、普通の人がそれくらいのニュアンスで話すことが、母にとってはえげつない悪口だったのだろうな)

 

わかったとこで、余計やばくない?と思って、私にとってはあまりにも衝撃で

とくにオチもないのですが…

やっぱり、私の母親って本当にどこかのネジが1本足りていなかったのだろうなと思わざるを得ません(1本どころの騒ぎじゃないかも)

 

そんな母が、とっても情けないです。

 

他人に対してマウントを取りたいから、あんなにえげつない悪口を言ったり

敵対心むきだしで喧嘩して帰って来たりするのだな…と思う方がよほど気が楽だったかも…。

 

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