もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

掘り下げてみたら案外単純な話だったんじゃないかな

前の記事の最後からの続きです。

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思い描いた未来とは180度違った老後を過ごすことになって、母なりにこの数年「何が間違えていたのか?」色々と考え 

私に『母さんは傲慢や』と言われたことがどうしても腑に落ちず、ずっとその意味を考えてきたらしいです。

 

そもそも、私は母の生き方も私の生き方も、どちらも間違いでもないし、どちらが正解でもないと何度も言いました。ただ『合わない』だけだと。

 

しかし母は、私が苦痛にしか感じない独裁的なやり方と、老いては子に従うと言いながら退く気配もなくいつまでも自分が中心で偉そうで

それが「正しい」、合わせられないたりが「間違いだ」と言い放ち

そこを絶対に譲ることはありませんでした。

それが私にしたら「傲慢」だったわけです。

 

『いつまでもそんな母さんを見てて、いつか母さんが温厚になる!子に従う!なんて言われて、ふーん、そうか。ならそれまで我慢してみようか!なんて思うと思う?』という話をしました。

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要はこの記事の内容をそっくりそのまま母に伝えたって感じです。

(ちなみに姉もいましたが、同じことを言っていました。『あんなに威勢のいい母さんが、娘の言うこと素直に聞くようになるなんて、思うと思う?オオカミ少年と同じやで』と)

 

すると、母は本当にそうする(ある一定の時から、ピシーッと「老いては子に従え」をやる)つもりだったらしいです。

『はいはい、嘘だろw』と思いましたが

母から話を聞いていたら、そういうことは田舎ではよくある話で

いわば子どもが「家を継ぐ」ということをすると

(財産等も全て明け渡すかわりに、決定権等もなくなる)

偉そうな爺さん婆さんが大人しくなるのは、本当の話で

母も嘘はついていない様子でした。(このことはまた詳しく書きます)

母は田舎の農家の生まれでしたから、本当にそれが世間での常識だと信じて疑わなかったそうです。

 

私は返しました。

『そんなん、私はそんな田舎で育ってないからしきたりなんかわかる訳ないやん。それやったら母さんもあんなに一方的にゴリ押しするんじゃなくて、ちゃんと説明すれば良かったのに』

 

すると「田舎ではそんなことをいちいち、これはね、こうするのだよ。なんて教えない。教える側の者(うちで言う母)が手本を見せて、継ぐ方(私)は背中を見て覚えるんや」

らしいです。

もしかしたら、田舎で暮らしていて経験のある方が読めば「たりはそんなことも知らないのかー」と、思うかも知れませんね。

でも、私にはそんなことわかる訳がないし、元々何の知識もないことを訳のわからんまま詰め込まれたって、納得できる訳がないでしょう。

それを「話のわからん奴だ」「できない奴だ」なんて、いくら娘でも言われる筋合いありません。

 

母が田舎育ちで当たり前に目にしてきた親子の関係が、それが「当たり前だと信じて、疑わなかった」と言われればそれはもうその部分においては『仕方ないな』と思うしかありません。

 

これを例え話にして考えてみました。

例えば、日本人が『ご飯はお箸で食べる』と、当たり前に思っているのと同じで

母にとっては娘にそうやって家を継がせる為には傲慢な態度で取り仕切ることが

「ご飯はお箸で食べる」と同じくらいの「当たり前」だったという訳。

しかし、娘は反発し家まで出て行ってしまって

母にとって私は「ご飯を手で食べる」くらい、理解に苦しむ娘だったのでしょう。

たったそれだけのことだったのです。

 

けれども、じゃあ「ご飯を手で食べる」ことが、全世界で全くの間違いか?と考えれば

よその国には、ご飯を手で食べる人種だってあります。

「そういうことをする人種もある」ことすら知らなければ

「ご飯はお箸で食べる」のを常識と思っている人が目の当たりにした時驚くのは当たり前で

要はその先なんだと思います。

 

ん?もしかして「ご飯はお箸で食べる」って当たり前に思ってたけど、そうじゃない人もいるのかもしれない!と、少しでもそういう心が持てれば分かり合える道が開けていたかもとも、思うのです。

 

母は自分の田舎での風習を信じすぎたあまり「ご飯はお箸で食べるもの!ご飯を手で食べるなんて最低。間違い。何で箸を使えないの?」という見方しかできなかったから

言われた方も『そこまで言うなら一緒には、過ごせないよね』という選択をしたまで。

もちろん、箸で食べる努力(=母に合わせる努力)もしましたがね。

 

「私は、お箸でご飯を食べるけど、何で手で食べるの?」と、相手を知ろうともしないわ(=私に、なぜ反発するのか、反発することを怒るのではなく理由を聞いてほしかった)

「私はこういう理由があって、お箸で食べるの」(=自分はそうやって育ってきたから、たりに今そうしている。田舎育ちの考えはこうなのときちんと説明をする)

そんなに難しいことでもないと思いますが、脳みそ筋肉のガチガチの決めつけ思考の母に…できる訳ないか。

掘り下げてみたらこんなに単純な話だったみたい。あほらし。

 

 

お箸で食べたって、手で食べたってどちらが正解でも間違いでもなければ

どちらが良いでも悪いでもない。

たったほんの少し「そういう考えもあるんだね」という、視野を大きく広げる知恵が母にもあればこんなことにはならなかったんじゃないかなと思うのです。

 

今回のことで、少し母の考えていたことがわかって、良かったです。

 

やっぱり、母の視野の狭さと、表現方法の乏しさに関しては、ちょっと頭弱いなと思わざるを得ませんが

 

ちなみに、田舎の代々続く風習については、私も目から鱗だったから

田舎育ちの毒親を持っている人には参考になるかもしれないので、また書こうと思います。

 

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母の「生きる糧」となっていたもの

前にも、生きる上で楽しめることが「対人」においてのみ、という人はちょっと危険だと感じるとこちらの記事でも書きましたが

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それでも、そんな人は世の中にたくさんいると思います。

 

母の場合、友達が皆無で

その「対人」が「家族だけ」だったから、家族が請け負う部分が多すぎて、家族関係において色々な支障が出たのだと思っています。

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20代前半で結婚して、仕事を辞めるというのは母の年代ではよくある話ですが、早くに家庭に入ったということを差し引いても、外部との繋がりがやはり異様に少なかったなぁと思わざるを得ません。

 

かく言う私も友達はあまりいないですが、さすがに母ほどではありません。

それに加え、私と母とで違うところを挙げるとしたら

私には「誰かがいる・いない関係なく、1人でも楽しめるもの(趣味)」があります。

 

母は、生きる上で楽しめることが「対人(ほぼ家族)」においてのみ

その上に「自分1人でも楽しめるもの(趣味)」が全くないため

夫も亡くなって、娘にもあまり寄り付かれなくなって、仕事も辞めて時間を持て余している今

正直『この人って今後、何を楽しみに生きるのかな』という気になります。

 

ただ、最近、母には趣味がなかったと言うよりかは、多分

「何でもかんでも家族に気持ちを共有させること」が、ある意味母にとっての「趣味」みたいなものだったのでは?とも感じます。

母の金への執着も、あそこまでいけば立派な趣味のレベルですけど

その金でいかに家族を動かせるか?という、結局目的が「人ありき」だったから

お金を貯めることのゴールとして設定するには無理がありすぎたのだと思います。

本人はそんなつもりはない(ただ、家族が楽しく豊かに暮らすことを目的としていた!)と言うとは思いますが、された側からしたらそういう解釈になっても仕方のない部分が往々にして見受けられたことも事実です。

 

家族の気持ちは、お金だけでは動かせません(雇うなら、話は別ですけど)

母が幼い頃、貧しい思いをして「不幸だ」と感じたことを

そっくりそのまま反転させて「お金さえあれば、万事問題はないのだ。幸せになれるのだ」に変換して処理したことは、あまりにも短絡的過ぎたなと言わざるを得ません。

 

それから、母の「よその家のスペックを異様に気にする」とか「職場の人の立ち入った話を持ち帰って来てはネタにして悪口を言う」とかいうことも

ずっと『よくそんなに他人を気にする余裕あるよな(時間的にも、精神的にも)』と不思議でしたが

言わば、あれもある意味母の趣味みたいなものだったのでしょう。

ああやって、よそと比べて、勝ったと思えば優越感に浸り、負けたくない部分は何とか勝てる要素でカバーしようとしたり、そういったことに頭を働かせることが母の生きる糧となっていたのだと思います。

そりゃそんなことで一喜一憂できるなら、常に頭の中は忙しくはあるだろうし

(劣等感や悪口なんて、作りだそうと思えばいくらでも作れるし、ある意味自分で沼にはまりに行っているようなもの)

それが生きる糧となるなら、わざわざ「打ち込める何かを探そう」とも思わないものなのかもしれません。

私には理解できませんけど。

 

だから、家族が何でも自分の言いなりだった時代と、仕事にも行っていた時は悪口のネタに事欠かないので心が満たされていたのでしょうが(心が満たされると言うとちょっと語弊があるけど)

家族は誰も自分をマトモに相手にしてくれず

仕事も辞めて、物理的に悪口言ったりする対象もなくなってしまった。

いよいよ、やることがなくなってしまって

本当にテレビを見るだけで1日が終わることになってしまった今

現状のまずさにやっと気がついたみたいです。

(母は「テレビを見るのが趣味や!」と豪語していますが、数チャンネルしかない中でタイムシフトで見たって限界があると思いますし…そもそも「好んでテレビを見ている」というよりかは、他に時間の潰しようがないのでテレビを見るくらいしかないだけなような気がします)

 

 

で、先日母と会った時に少しその辺の話をしたのですが(母は一体そんな状態で、今後どう生きていくつもりなのか)

そこでまた解釈の違いに驚愕の事実があったので、また今度書きます。

 

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毒親と同じにおいがする人たち🙄

このブログでは、毒親育ちの方の気持ちが少しでも軽くなったらいいなという気持ちと

私は元来が関西人なためどうしても『笑かしたい』という気持ちがいつもあって

毒親問題で死ぬほどムカついている人が読んで、最後にクスッと笑ってくれるブログにしたいな』と思っているのですが

いかんせん頭が固いので、あんまり面白い文章も書けず

いつもお読み頂いている方には感謝しかないです。

今回もこれは面白いんちゃうか!と思って書き始めたものの、ただの理屈っぽい文章になっただけなので

暇な時にお読み頂ければと思います。

 

今はネットが普及して、質問系・相談系の掲示板も多くあり私も毒親に関係することでどれだけお世話になったかわかりません。

毒親」にヒットする主なページは、色んなブログやコラム等

もうほぼ見尽くしたんじゃないか?ってくらいの閲覧をしてきましたが、それでも今でも、もやっとすることがあれば「毒親」にプラスして、もやっとしたことのワードで検索をかけます。

 

すると何ページかに1つくらいは、質問系・相談系のページにヒットします。

 

前に見たのが

うちと同じような変な親を持って、気付きが遅かった人がそれを吐露するみたいな内容で

質問者が「うちの親おかしい?」とか「子どもにやってしまわないか心配」とか「今まで過ごしてきた時間が悔しいけど、皆さんどう折り合いをつけていますか」とか、ぶちまけているページ。

こういうページってめちゃくちゃ多いですね。

 

そういうページを見ていていつも思うことがあるんです。

それが今回のブログのテーマです。

 

最近気がついたんですけど、大体回答者側には3種類いるような気がします。

 

まず、全く同じ境遇で「わかります」「質問者さんはおかしくないよ」と、毒親のおかしさが本当にわかっている人(多分私のブログに共感してくれている方はこのタイプ)

具体的に「こうした」とかをアドバイスしていて、読んでるだけの私が『なるほど』と思ったりすることもあります。

わかるぅ~!と膝を打ちまくる時もあります(これが励みになることもある)

 

次に「親も人間なんだから」「親だって必死だったんだよ」などの回答で過干渉親育ちの地雷を思いっきり踏みまくって行く系の人

👇の記事でも書きました

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多分「異様に空気を読む」という感覚を備えなくても生きて来れる環境だったから、こういう空気読めてない回答を堂々とできるのだろうな、とある意味羨ましくなったりもします(笑)

でも本当に純粋に思って書いたんだろうなってのもわかるから『悪気はないねん、この人』と思うようにしてます。遠い目にはなるけど。

 

最後に、私が最近こういうタイプ一番無理やわ~(笑)な人がいます。

「もう終わったことなんだから」「いつまでもコドモだね」「いい大人が情けない」みたいに、回答が自分視点だけでやたら上から目線の割に、核心突けてない人(笑)

 

こういう人って、毒親と同じにおいしません??(笑)

 

まず、回答の趣旨が変わってきてますよね。

質問者が「私、しつこいですか?」「私っていつまでもガキっぽいですか?」「本当の大人はこんな風に思ったりしないものですか?」って聞いているならわかります。

 

あのな、全部言われなくてもわかってるからな。

わかった上で、それでも気持ちがおさまらないから質問してるんですけどね!

 

「もう終わったことやねんけどな」「いつまでもコドモやとは思うねんけどな」「いい大人が情けないとは思うねんけどな」

けどな、どうしても、納得がいかない!!!!

だから質問してるんです!!!それぐらい、毒親は頭が、言動が、おかしいんです。

(もちろん、質問者全員が同じ熱量とは言いません。しかしネットに投稿するだけでも結構めんどくさいです。あの面倒な作業をしてまで誰かに聞いてみたかったとしたら、やっぱり結構よほどの事かと思う)

ちなみに私は「もう終わったこと」なのも「いつまでもコドモやとは思う」ことも「いい大人が情けないとは思う」ことも大大大前提で、日々ブログを書いてます。

それを自覚して差し引いたとしても、気持ちの整理がつかないくらい親がおかしいから、わざわざ発信しているんです。

私だって、2番目みたいな地雷踏む系の側の人間として生きて来れたらどんなに楽だったかなと思いますよ😇

 

親の変な言動を思い出して、他にもこんな親いるの?私がおかしいの?という自問自答のループに苦しむ毒親育ちって多いと思うんですけど

(だからネットにまで書き込んでいるんですけど)

そこで偉そうに「いつまでもしつこい」だとか「ガキ!」とかでぶった切って「回答してやってる」って満足していたとしたら

めっちゃ毒親と同じにおいしません?(2回目)

 

悩みを吐露している相手に向かって、具体的な、建設的なアドバイスをする訳でもなく、その割にこき下ろすことだけはしっかりやる

ああ、身に覚えがありすぎる。誰かさんにそっくり。

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最近は、そういう回答者が出てきたら『出た出た、うちの母親系のヤツwwww』とネタにできるくらいにはなってきましたけどね。

私が理屈っぽいだけかな…。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

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けじめがないのはどっちだ

母は周りの「けじめがない」ことに関しても昔からよく怒っていました。

一番大きいのは父の飲酒についてでしたが、娘に対してもよく「けじめをつけろ」と怒ってきました。

 

自分のことを「けじめのある人間だ」と母は思っていたようですが、よくよく考えたら『それはどうなのかな』と思うことがありました。

 

母が「夫にも許可をもらって、家を空ける時は必ずご飯作って行くから」と、堂々と不倫みたいなことをしていたことは前にも書きました。

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これも母なりのけじめのつもりだったのでしょうが

「夫がOK出したから」「ご飯だけは作っていくから」ってのは母の勝手なルールなだけです。

 

世間から見てアウト気味なことでも、それで気分が軽くなるなら私はやめさせる必要はないとは思っていましたが

Sさんと別れてからは、そうやって外で異性と遊んでもイライラが解消できない母に嫌気がさし『大体、世間的に見たらお父さんほったらかしてそうやって外で遊ぶのだって見る人が見たら黙ってないからな(笑)』と嫌味半分で言ったことがあります。

 

図星だからか何なのかわかりませんが、そうやって言われると「私はやること(⇦ 金の計算とごはん作りだけですけど)やってる!大きなお世話じゃ!」

お得意の「自分には甘い」でした。

 

そして、その数年後に私は家を出て、母は1人になった訳ですが

とにかくここからの母の暮らしがかなり「けじめがなかった」と、私は思っています。

 

1人ではどうにもこうにも寂しさを埋められない母は、ずっと前にうちに婿に来させたいと思っていた職場のYと、食事に行ったりし始めます。

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母はお金には余裕があるので、いつも会計は母持ち、だんだんとYも味を占めてあれもこれもと「おごり」を、狙うようになります(私と同世代で、薄給だし多趣味で入り用が多い。大食いで、食費がかさむからとにかくタダ飯が目当てだったらしい)

母は寂しさを埋めてもらえるのならば、その程度の出費もどうってことなかったのでしょう。

別にそれは本人の勝手だし、本人が楽しいならそれでいいと思うので、言及するつもりもありませんでしたが

私がされて嫌だったのが、その後、Yが私の実家に「居候」のようになったことでした。

ちょうど、時期的なものもあったらしいですが(Yが、当時実家を出るとか出ないとかでバタバタしていた)

ある時「夕飯食べて行く?」から始まり、そのうちダラダラと私の実家にYが泊まるようになり、一時は完全にYが息子のように、私の実家で暮らしていたようです。

 

もちろん、親子ほどの年の差なので男女の関係は絶対にないですし、母親の愛情に飢えていたYからすると、温かい手料理や家事をしてくれることが単純に嬉しかったのもわかります(言うて彼ももうアラサーですけど)

 

けれど、やはりそこは「ごちそうさまでした」と言って、自分の家に帰るのが私にとっては「けじめ」だと思っていたし

あの母ならばそうさせると思っていました。

いくら何でもYがあそこまで堂々と居候をするとは思わなかったし、母がそれを許すとも思ってなかったですが、だんだんYが住みついて、娘が気軽に実家に立ち寄るのも何だかな(急に行ってYが居ても、気まずい)みたいな状況にまでなり

(時々、友達の車で実家の前を通ったら、一時期は当たり前みたいにずっとYの車が停まっていました)

さすがにその件については『寂しさ埋められたら、何でもありなんかい』と、母を軽蔑しました。

 

たりだって出て行った身で、文句言えた立場か?と思う人もいるかもしれないけど、もう住むことはないにしても何かあれば私の実家はあそこしかない訳です。

元々、実家に愛着なんてないから、気持ち的に…とかそういう問題ではなくて、物理的な面でのけじめとして、守るべきものが、まだあったんじゃないかなぁと思うのです。

実家は、まだ何かあれば皆が集まらなければならない場所。

誰も家に上げるなとまでは言いませんが、もう少し「オフィシャル感」を残しておくべきではないか?と。

実家が、自分とは何の関係もない(正式に結婚するとか養子になるとかでもない)人の私物であふれ返っていたら…誰でもいい気はしませんよね?

娘が出て行って、寂しくて辛かったら、何でもありなんでしょうか。

 

母が「もう実家には来るな」くらい、娘にも強気で出ているなら結構ですよ。

むしろ「いつでも遊びに来てな」くらい言うくせに、言うこととやることめちゃくちゃじゃない?と思うのです。「いつでも」じゃ、ないやん(笑)

しかも、昔は友人を連れてくるだけでもピリピリしていたあの母が、平気でそんなことをやるということがどうも理解に苦しむのです。

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母とYの名誉の為に一応言っておきますが、Yはその後部屋を借りて1人暮らしを始めたそうです。

未だにご飯を食べには来ているそうですが、できるだけ夜は帰るようにしているそうです。まぁもうどうでもいいけど。

 

母は多少、後ろめたい気持ちもあったのでしょう。

Yのことを話す時は聞いてもないのにやたらと「Yが来たがる」みたいに、自分を擁護するみたいなニュアンスでしたが(娘がいい気してないってのはさすがにわかったのかな)

 

からしたら、どっちもどっちです。 

目先のタダ飯にありつけるならいい歳して居候にまでなってしまう口の卑しいYも、寂しさを紛らわせるためなら、何でもありな母も 

どっちもけじめはないと感じますが、お読み頂いている方はどう感じるでしょうか。

良かったら、ご意見お待ちしております。

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何気ない友の一言にすら、心が打ちひしがれる

今までも何度か書いてきて、前回記事の最後にも書きましたが

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いい歳になってからは、母には正直に誰に会うとか言わないで嘘をついて外出をするのが当たり前になっていました。

 

前に書いたクマさん(記事はこちら)のことは、母もよく知っていたので家を出る何年か前からはどこに行くにも『クマさんと遊ぶ』と言って、出掛けていました。

ただ、泊まりになるとさすがに異性の幼なじみとでは話がおかしくなるので

一応実在する女友達を数人普段から会話に登場させておいて、泊まらせてもらうことになったとか適当な嘘をついて

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最後の方は全部『(オタク活動の)遠征』と言って、家を空けていました。

 

そんなある日、滅多にないのだけど、Mくん(記事はこちら)の家に泊まったことがあって(その時もコンサートと言って出掛けた)その帰りに地元の駅で中学の時の同級生のトモミ(仮名)に偶然再会しました。

一時期はすごく仲良しだったけど、なかなか会えないまま、トモミは結婚して少し離れた場所に住んでいました。

年賀状などのやりとりはあったから近況は知ってはいたのだけど、実際会ったのは数年ぶりのことで、少しその場で話をしました。

 

その時トモミは1人でしたが、家族がもうすぐ来るから、待ってるとこ!たりは?と聞かれ『〇〇(Mくんの家の地名。そこからは結構遠い)から帰ってきたとこ!』と言うと「彼氏?」と聞かれ『ん~…彼氏かは微妙(笑)』と濁すと「そっかそっか。でもお泊まりして帰ってきたんだね♪(距離と時間から、察したようです)」『まぁそんなところかな』

そんな会話をして、もうすぐ家族が来ると言うので、私も帰りました。

 

何気ない会話なんですけど

私はその後泣きながら車を運転して帰りました。

 

トモミが「彼氏とお泊まり?」「いいね!」と本当に何気なく言ったこと

それが自分の中ですごくショックだったというか

 

私は毎日毎日、母の顔色を伺って

『次はどんな嘘をついて出掛けようか』

当時そんなことばかり考えて生きていて

 

今回の外泊だって、出る寸前まで波風立てないように必死で家を出てきて、死ぬほど帰りたくないと思いながら、やっとこさ地元まで帰って来て

けれど「彼氏とお泊まり?」「いいね!」のたった二言で済まされるくらいの

世間ではきっとその程度のことで

(そりゃそうです。もう20代後半でしたし)

 

でも、おかしな親がいたら、その程度のことをするだけでももう必死で

なぜ私は、ここまでやらないといけないのだろう?こんな気持ちで生きなくてはならないのだろう?と、悔しくて悔しくて

 

あの親のせいで!と思うと、涙が止まらず、本当に消えてしまいたいくらい悔しいし腹が立ちました。

 

私は元々結婚願望はなかったけど、けして異性に興味がなかったわけではないので

「婿探し」に狂っていた(と、私は思う)母に圧をかけられて、どれだけ嫌な思いをしてきたかわかりません。

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毒親のせいで破談なんてのもよくある話ですが、うちの母の場合、私に婚約等の話がもし出ていたら、ない話でもなかったかも知れません。

 

周りのみんなは「彼氏とお泊まり?」なんて、そんな簡単に言えちゃうんだ。

私は一体、何のために、誰のために、そんなことを気軽に楽しむことも許されず

毎日神経を擦り減らしているのだろう。

 

毒親のもとでは当たり前にやっていたことが、まともな親に育てられた人からしたら、生まれてから死ぬまで、想像すらしないようなことなんだろうなということに気がついた時ほど、悔しい瞬間はありません。

 

私はずっと、こんな思いをしているのは自分だけだと思っていました。

 

そんな時、同じような境遇の方のブログとかを見つけたときに、すごく励みになったのです。

だから、こうやって、時間のある限り母の言動のひとつひとつを思い出し、読む人が読めば、身バレするんじゃないか?というところまで事細かに発信をしています。

 

私のような気持ちで親と接している人の心が少しでも軽くなればとの願いからです。

 

偶然会った旧友にかけられた言葉が、私の中では相当な影を落とすことになって

家を出る気持ちにまた1歩近付いた、そんな時のお話でした。

 

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「結果オーライ」が通用しない

よく「奇跡の生還」とかテレビとかでも特集があって、時々「危ないからだめ」と言われたことを無視したために危険な目に遭った!みたいな話もあります。

番組の趣旨としては「奇跡の生還」なので、無事助かり、良かった良かった。結果オーライ!という感じですが

この「結果オーライ」昔から母には通用しませんでした。

 

親が子どもを心配するのは当然のこと。

何も私も昔から何でもかんでも母からの心配をはねのけていた訳ではありません。

けれど、母は「今回は良かったけど、次から気をつけなさいね」になかなか切り替えることができず、母の気が済むまで、延々と説教をされました。

 

何年もずっと、娘が心配なんだと思っていたけど、母があそこまで怒り狂っていたのは「自分の身を守るためだったのでは」ということにも気がついてしまって

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幼い頃から散々死ぬほど怒られてきたことも、結局娘が変なことをして「自分の評価が下がる」とか「自分に面倒なことが起こる」のが嫌なだけだったのだなぁとわかりました(もちろん全部が全部そうじゃないとは思いますけど。そう思いたい)

 

だから、なぜあそこまでキレていたのか理由がわかった反面

何度も何度も、長時間も、時には深夜までこんこんと叱責されたあの時間が、悔しくてたまりません。

 

 

中3の時に当時仲良しだったエミ(仮名)と2人で、初詣に行くことになりました。

よくみんなが行く有名な神社までは電車で30分ほどかかります。

その神社と地元から一番近い繁華街は隣接していて、私は初詣の帰りにエミと神社近くのカラオケに遊びに行きました。

 

自分の家の近所のカラオケは田舎なので建物も駐車場も大きくて、お客もみんな近所の人って感じですが、エミと行ったカラオケは狭いビルの上階にあるような、小さな店でした。

当時は今ほどジャン〇ラとか、チェーン店も多くなく、よく覚えてないけどもうあの店も今はないと思います。

別にぼったくられるとかいうこともなく、2時間ほどで出て家に帰りました。

 

初詣にしては帰りが遅くなったので正直にカラオケ店に行ったことも言いました。

母の表情が曇ったので、嫌な予感はしましたがすぐには怒られなかったので2階に上がろうとすると、急に母がカラオケに行ったことの顛末を詳しく聞きはじめました(さっき話したんだけどな…)

だんだん嫌な空気になったので

『まぁ今日はたまたまや。近所にもあるんやし部屋も狭かったしもう行くことないわ』と言っても、母がまだ何か言ってきたので『わかったわかった』と言うと「何がわかったんじゃ!降りてこんかい!」

 

あーあ、また始まった…心の中で呟きました。

 

階段を上がり終えかけていた私は反抗して、立ち止まったまま

『だからもう行かんって言ってるやん。何事もなく帰って来たんやし』

そのまま自室に逃げ込もうとしましたが

「何がわかったんじゃ!それを言うてみい!」

『だから、、あんな所(繁華街と言ってもそこまでじゃないですよ。しかも母はその近くに当時勤めてたんですがね)のカラオケには危ないから今後行ったらあかんってこと、わかったから』

 

母に言われて、しっかりとわかったことを述べたつもりでしたが

その後も結局、リビングで何時間も、私が泣くまで説教です。

 

母は「目の前に無事に帰ってきた娘がいる」その紛れもない事実よりも

自分の不安や心配・都会は恐ろしい!等ごちゃごちゃになった自分の気持ちの整理をああやってイチからキレまくってやっていかないと、処理できなかったのかなと思うほかありません。

 

だって私、必要なことは帰ってすぐに全て伝えました。

後ろめたいことがないからこそ、正直にも話しました。

そして、目の前には無事に、出て行く前と変わらない姿の娘がいる。

「結果オーライ」じゃないですか。

あそこまで、娘をやり込める必要ってあるのでしょうか?

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「次からは気をつけなあかんで。ああいう所は安全なお店ばかりじゃないんやから」

相手も中3の女の子なんだし(私は元々ませているのだし)一言堂々と、諭せばわかります。

 

何回も行くなって言ってるのに、入り浸っているとか、よく確認もせず入ったらいかがわしい店だった…とかならともかく

たった1回、安全な場所で遊んで無事に帰って来てもそんなことになるので

そりゃ親に平気で嘘だってつくようになるし、その方がよっぽど危険ですよ(笑)

 

いい歳になってからは、私は説教と根掘り葉掘り聞かれるのが嫌で、ほとんど「コンサート」と偽って出かけていたけど

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いざ何か起きれば私はそんな場所には実際行ってないし、余計おおごとになるだろうなぁと思ってはいました。

なったらなった時に、それが母のしてきたことの結果なんだよと知らしめることができてちょうどいいわぐらいに、思ってましたけどね(笑)

 

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子どもが負い目を感じる必要はない

毒親

自分で勝手にやっただけなのに、子どもの為を思ってやった!みたいに言う

のも、あるあるですけど大嫌いです。

やり方が汚いというか、卑怯というか。

 

親が勝手に決めたことを、期待どおりにできないからって、子どもが負い目を感じる必要なんて全くもってないんですけど

毒親育ちは昔からそこをガチガチに洗脳されてるので、どうしても

『自分がやらないと』『自分のせいで』って思うのが当たり前になってしまってるんですよね。

 

昔から母は、やたらと不動産とか車とかそういったもので見栄を張りたがるタイプでした。

なので、実家の一軒家にも全身全霊をかけて生きていました。

もう、今で築30年以上になるのでこれまでも何度かはリフォームをしたりしてきましたが

家を出て行く時に「あんなに家のリフォームもしてやったのに!」「出て行くってわかってたら、リフォームなんかせんかったのに!」と、何度も責められました。

 

当時は私も申し訳ない気持ちでいっぱいで、罪悪感がありましたが

今思ったらあれも立派な『知らんがな』案件です。

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リフォームも外壁塗装も、母がやりたいから、やっただけ

それ以上でも、それ以下でもないことがやっとわかってきました。

 

私が10代後半の頃に、水回りのリフォームをしました。

その数年後、私が不動産会社に勤めていたので、そのコネで2階の間取り変更と、2階にもトイレを増設、庭を削って車庫にもしました。

 

1回目はただの経年劣化に対してでしたが

2回目は、ライフスタイルが変わったため、元のままでは不便だから!と母が息巻いて提案してきたもので

(姉がもう住むことはないから、2階の部屋を繋げて増築をし、母と私1人あたりが使える広さを増やす・高齢になっていく母が2階でもトイレに行けるように・実家に帰ってくる姉が車をとめやすいように 等)

正直やってもやらなくてもいいようなことでした。

 

私はあくまでも『別に反対はしないよ(私がお金出すわけじゃないし)』『決められないことがあったら相談に乗るよ』というスタンスで返事をしただけでしたが

母はいつも、娘も自分と同じベクトルで生きていると思ってますからね。

 

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娘もノリノリで『やったぁ~!リフォームだぁ~!』となっているに違いないと、思いたかったのでしょう。

 

大体、私の口から1度でも『リフォームしてほしいなぁ』なんて、言ったことあるか?って話で。

(リフォームに限らず、家そのものにも私が一言でも『ここに住みたい』とか、言ったか?って話)

それも母に言ったことがあります。

 

すると「あんただって、一緒になって楽しそうに壁紙決めたり、しよったやん!」と、断固として「たりがやりたそうにしているからした」というスタンスを崩そうとはしませんでした。

「この家だって、簡単に住めると思うなよ」「いくらかかってると思ってる」みたいなニュアンスで何度も責めるみたいに言われたし

「ここまで散々恩恵受けといて(無礼だ)」みたいにも言われました。

 

大体、じゃあ逆に

『リフォームなんか、しなくていいから』と、もし私が反対していたとして「そうだね。やめとこうか」なんていう気、あったか?と聞きたい。

どうせ「今せんとアカンのや!」「あんたには、わかれへんのや!」とかキレて、やらない選択肢なんてなかったでしょう?

(母の「やりたいと思う」は「やる!」に等しく、いつも答えを決めてあるからです。)

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そんなに娘を脅すみたいに言わないといけないくらい、家や車の維持がしんどいなら

もっと身の丈に合った生活したらいいやんって思っていたし

「いい家に住みたい」「いい車に乗りたい」と思ってたのは、完全に母の勝手ですからね。

 

 

純粋に「相手の為に」と思ってやったのなら、思い通りの結果が返ってこなかったとしても「残念だなぁ」程度の言葉で済むはず。

「あんなにしてやったのに!」なんて言葉が出る時点で、「相手の為」という想いの純度が下がっているんじゃないかな?(下がる以前に、母にはそんな気持ちあったのかもあやしい)

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そもそも遡れば、子どもを産んだのだって親の勝手ですからね(笑)

 

『知らんがな』と『誰も頼んでへん』

 

毒親に責められて負い目を感じてつらい方は、これを合言葉にいきましょう。

 

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