もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

「共感」と「納得」探しの旅

前回も書いた、最近感じてきた「手応え」について。

 前回の記事では、あたかも毒親問題を昇華できているかのような口ぶりで話してしまいましたが、そうなれるまでに私が助けられたものがふたつあります。

先にそちらを書くべきだったかな、と書いてから思いました(笑)

今回は「ピッタリくるもの」が見つかると、かなり助けになる というお話です。
個人的に好きなブログ等をオススメする記事ではありませんのであしからず。


まずひとつめは、とあるブログ。

その方のお母様は殴ったりではなく「精神的に攻撃するタイプ」で、家のことはわりときちんとする人なので、おかしさになかなか気付けない感じ ←これすごく厄介
そういうところがうちの親によく似ていました。

イラスト付きで楽しく仕上げてあるので読みやすいのですが、時折出てくる怒り狂ったお母様のイラストやお母様の偏った考え方がうちの母にそっくりで。

いつしかそのブロガーさんの辛かった頃と自分の辛かった頃とを重ねて読むようになり「同じような人、いたんだ」というのが、とっても救いになりました。


もうひとつは、ブログもされていて、書籍も出されている方のメルマガです。

ご自身も毒親だった、という自覚から、なぜ、そんなことになったか?を探り、毒親が登場したルーツにもスポットを当てている感じです。
これを読むと、親のおかしさとか、とにかく理解できない言動がなぜ起こっていたか?の根源が何となくわかって、かなり気が楽になりました。

私の親くらいの世代は今ほど生き方が多様化されていなかったし、ほとんどが似たような生き方・考え方だったはず(母は昭和20年代後半生まれ)
その中でも、なぜ毒親になってしまう人とならなかった人がいるのか?

わかったところで「仕方ないよね」とは絶対に思わないけど、因果関係を知ることは、とても自分のためになりました。

私がここ数年で、感じた「手応え」

その確かな材料となった二本柱が上記ふたつです。

他にも、ひっそりと思いをぶちまけている、一般の方のブログをたくさんブックマークしてます。

これらを見つけるまでには、相当様々なブログを読み漁りました。

色んなキーワードを入れては検索し、それらしいものを発掘しました。

中には、全く共感できないものもあるし、社会的にはうちの家はそこそこ「きちんと」はしていたので、全く家事をしない!とか、親がどこかに行って帰って来ない!みたいなタイプの毒親育ちの方のものは、あまり共感ができませんでした。

書籍も数冊、買ってはみましたが、時々全く「違うなぁ」ってのもあり、本当にお金の無駄に感じたので、私は書籍はあまり読みません。

これまでも、自分で買ったのは2~3冊です。

ネット環境さえあれば、いくらでも出てくるブログや掲示板の方が、色々試し読みできて私は好きです。

確かに、暇がないとできないことではありますが、共感できるもの・納得できるものがあるだけでも、かなり救われます。

本を読んでもピンと来ない方は、ぜひ様々な毒親キーワードで、検索をしてみてください♪

 

 

 

言われるうちが華

毒親問題って、本当に種類が様々で、様々だから解決法も「これ!」と決まったものがなく、厄介だなぁと常々思います。

だからこそ、自分の「気付き」と「行動」がとても大事だなぁと感じています。

最近自分の中での意識は確実に変わってきたな、みたいな「手応え」というか。
そういうものを感じています。

その手助けとなっているものは、ブログであったり書籍であったりしますが

最近またひとつ増えたのが
毒親育ちの方のコミュニティへの参加 です。
コミュニティと言っても住んでる場所や年齢もバラバラ、募集アプリを通してグループトークに参加させてもらうというもの。


そのグループに、数年前の、実家を逃げるように出た頃の自分とまるでそっくりな境遇の方がいます。(仮にKさんとします)

Kさんは今まさに毒母との不毛なバトルを繰り返しているようで、たまりかねてそれをグループトークへぶちまけています。
それについてはものすごく共感できるし、吐き出すことも大歓迎なのですが。

Kさんの発言を見ていて思うのは、未だに親に本気で腹を立ててバトルをしているんだなーということ。
それってまだ「わかってくれるはず」って期待が微かでもあるってことなのかな?とも思うし、Kさんの優しさもわかるから、聞いてて余計辛い…(私もそうだったから)

私からしたら「クソ親(失礼)に真っ向からぶつかってあげて、Kさんは優しいなぁ」とすら思う。

けれど私にも確かにKさんと同じときがあって。
でも「自分はこの段階はとっくに過ぎたんだな」という実感が、今あります。

もちろん、物理的に顔を合わせる機会が格段に少ないことも大きいし、過去を「許した」訳でも絶対に!ない。
思い出して未だに腹が立つこともある。

でも、確実に「諦め」の境地に達してきてるな、ってことに最近ふと気がつきました。

「あの母親にはこちらの話は伝わらない。マトモな人間じゃない」という確固たる答えがもう出てるので、期待もしない。だから腹も立たない。よって、喧嘩にもならない。

母に会っても本当に「他人」みたいな感覚で付き合えてることに気が付きました。

この「諦め」の感情って、便利だけどすごく怖いなって思います。これ、思われたらもう本当に終わりだろうなって(笑)
誰かに自分がこう思われたら嫌だな~って(笑)

「言われるうちが華」とはよく言ったものです。

時々、昔のことを蒸し返して母に言ってみて「やっぱりな、さすが毒親ですね」みたいなリアクションを取られると確かに腹も立つんだけど、またそれが「諦め」を更に上書きしてくれる感じ(笑)
その上書きを続けて、ついに全く期待しない「他人」ぐらいの感覚で付き合えるようになってます。

上から目線に聞こえるかも知れないけれど、Kさんには早く、こちら側に来れたらいいなといつも思ってます。

これが冒頭に書いた「手応え」の1つ。

自分が毒親とのバトルの渦中にいる時は、こんなふうに外野から見ることのできる側の人間になれるなんて、想像もしてなかったな。


他は、また書きます。

何かが、無理

姉から、毒親関連の漫画を何冊か貸してもらいました。

借りてきて、すぐに読みましたが、某毒親漫画家さんの毒親関連じゃない漫画も入っていました。妊娠や育児関連のものであまり興味はありませんでしたが、それも読みました。

 

感想はさておき。

 

何故か読んでてすごく気持ち悪くて…

 

やっぱり私は何故か妊娠とか出産とか、そういう類のことをもし自分がやると想像すると、めちゃくちゃ気持ち悪いんです。

 

まぁする機会はなさそうなんで、要らぬ心配なんですけどね。

したくもないし。

 

これも毒親育ちと何か関係あるんですかね…?

本当、その漫画に罪はないし、勉強にはなったんですけど、、

『女性のからだの神秘』みたいなのにとにかく嫌悪感…。

 

大体借りた本は返すまでに何回か読むんですけど、これは無理だわ。

 

同じような人って、いるのかな?

もう我慢したくない

さて、今は派遣会社に登録をしたり、一応仕事探しはしている状態です。

前回も書いた通り、昔は嫌なことから逃げるための娯楽として、かかるお金が尋常ではなかったため、どんな仕事も歯を食いしばって耐えられてきました。

今は失業保険で暮らしていますが、正直、十分やっていけています。

もう、毎月お給料がこのくらいでも、いいかな…とさえ思っています。

それよりも今は「無理したくない」が一番なのです。

仕事内容も、通勤距離も、就業時間も…とにかくちょっとでも引っかかることがあれば控えておきたい。

それに、今、すごく毎日を「丁寧に生きれてる」みたいな感覚が、私に合っています。

ごはんもちゃんと自炊して、用事もスムーズに済ませられる。

正直、週4くらいの仕事でもいいかなぁとさえ。

 

でも、こんなこと考えてると「みんなつらくても頑張ってるんだ」「甘ったれんな」と思う自分も(小さいながら、一応)います。

みんな、嫌なのを我慢しているんだ。

 

…我慢

 

…我慢

 

すると「我慢なら、家にいた時に一生分ぐらいしたわ!」みたいな、強気の「我慢なんて、もうしない!」モードの自分に支配されます。

毎日この繰り返しで、正直しんどいです。

 

じゃあ、何を我慢していたのか?

何で、そんなに今の「働きたくない私」に加勢してくるものがあるのか?

考えました。

 

実家にいた頃「もうここにいるのは、無理」ってなった原因のひとつが「家でも働いてるみたい」だったからかなと分析しています。

母は料理「だけ」は好きだったので、ごはんは作ってくれていました。が、それ以外の家事全般は全て私。

それも「やっといて」と言う割に「今やるな」「ここに干すな」「ここに置くな」「〇〇がもうないぞ」←シャンプーなどの日用品の買い出しも私がしていた

全部命令。全部娘がやって当然。

思い通りの仕上がりじゃないとキレる。

ストックがないとキレる。

母の気に入る状態にするのに、毎日必死でした。

それで、母の機嫌が保てるならば、無理してでもやっていました。

 

その上、母のご機嫌取りもしないといけない。(聞きたくもない愚痴を聞く。喜びそうな声をかける)

ある時から「家に帰って来ても、私、お勤めしてるみたい」「家ってくつろぐ場所じゃないの?」と、漠然と思い始めました。

 

それで喧嘩になったこともあります。すると母は決まって「こんなに頑張ってごはん作ってるのに!ごはん作るのがどんなに大変か!」

…ちなみに、一応言っておくと、食べるのは母と小食の父・私のみ。(母も言うほど食べません。米も夕食に2合炊けば足りる程度)

そんなにしんどいなら外食や、宅配でもいいよ、と何度も何度も言いました(父も)

母の料理は確かにおいしいけど、定期的にキレられる条件つきならもっと外食や宅配の日が増えても機嫌良いほうが、いくらかましです。

母は手の抜き方を知りませんでした。それで自分がしんどくなると、定期的に「私は女中やないぞ!」とキレます。

 

…私とどっちが女中だよ、って今になって思います(笑)

 

そんな、仕事から帰っても、ずっと何かを命令され、機嫌も取って…な生活を10年近くしていたので「倍の量、仕事をしてきたような疲労感」が、訳のわからない今の「働きたくない病」の正体かも知れません。

 

ちなみに、父は歳が離れていたので、介護まではいかなくとも「転んだりしないかちょっとお父さん見てきて!」とかも、命令されていました。

誰の旦那だよ(笑)

(このことでも、事件があったので、また折を見て書きます)

 

あの時、頑張ったからもう少し楽しても罰当たらないだろう…と、思いながら、今日もダラダラ過ごしています。

まぁ、そもそも無駄な頑張りだったんですけどね。

今までの自分をほめて、認めてあげる

9月は、前々からちょくちょく入っていた予定があったりして、まあ無職なので暇ではあったのですが、私の悪い癖で、なかなか気が乗らず放置していました。

毎日ブログを書ける人とか、尊敬します。

元々、気が乗ってない時に気乗りしないものをやらされることが人より苦手な傾向にある私です。もちろん、皆と足並み揃えて…な学校も大嫌いでした。

とは言え、鬼のようなお母さんのお陰で(?)サボったりもせずに通いましたが。

この性分は、社会人になってからは相当足かせとなっています。

元々、お金にもあまり興味がないので、めちゃくちゃ嫌な思いをしてまで高給取りになりたいとは思いません。

それでも、母と暮らしていた当時は何だかんだ頑張れていました。頑張らないと生きていけない理由があったからです。

家から一時的に逃げる為に、あほみたいにアイドルを追っかけ回していたからです。

 

母は私が楽しそうに外で遊んだり、外食したりするのが気に入らないタイプでした。

いつも「自分はしんどい思いしてるのに!」みたいな気があるからなんでしょうね。

おまけに、遊ぶ相手が異性だと、余計いい顔はしません。

母の人生目標は、私を独り立ちさせずずっと住まわせ、あわよくば、婿をもらって結婚はさせる だったので、自分の認めた人(異性)以外と仲良くなられると困るんですね。

途中からめんどくさくなった私は、異性と遊ぶのも何でもかんでも「コンサート」と偽って外に出るようにしていました。

アイドルを見に行くならば客もみんな女の子。母も世間知らずの単純な人なので「ファン仲間と泊まる」と言えば「ファンの子なら安全!」と、快く送り出してくれました。

実際、嘘をついて異性宅に泊まったのは数える程でしたが、母のいる家にいたくなかったので、関東だ九州だと遠征しては息抜きをしていました。

 

最近、家はもちろん、仕事も一番つらかった当時、通いつめていた舞台のDVDを再生していたら、後で頭痛で気分が悪くなるくらい、号泣してしまいました。

その舞台は、東京で行われていて、夜公演は最後まで見てると、関西へ帰る新幹線に間に合わないんですね。何回かは、時計とにらめっこ、途中退席し走って帰っていました。

どんどん、東京から離れて行き、地元駅に着く度に「またあの家に帰らないといけない」「またあの職場に行かないといけない」と思うと、つらくてどうしようもなくて「舞台を見て幸せな今の気分のまま、死んでしまいたい」「線路に飛び込めば、楽になれるかな」とまで、考えた程です。

ずっと笑い話にしていましたが、そんな状態で生きてきた自分を今回初めて「よく頑張って生きてきたな~」と、ほめてあげました。毒親問題がわからない人からしたらあほみたいな話だと思いますが、それくらい追い詰められていました。

 

当時は、そのアイドルが私にとって「薬」とか「お酒」のようなものだったのだと思います。一時キャーキャー騒いで家のことも仕事のことも忘れるため「依存していた」だけでした。

なので、ブラックスレスレのしょうもない会社でも、資金繰りの為に働けていました。

 

そのアイドルは今でも好きです。でも、その為に嫌な仕事も必死で耐えて、身も心もぼろぼろにする気はないです。そこまで、それに依存しないと生きられないほど、つらいことがないから。

 

そんなに、死にたいくらいつらいのに「逃げる」選択をしたのは5年後のこと。

ほんとに、毒親育ちの「当たり前」って、恐ろしいです…。

 

 

 

ちなみに

 

家を出てから、母にされた嫌なことを小出しで母に話しています(正したい!とかではなく、どういうリアクション取るか、見たいだけです)←私も相当嫌な奴です

 

「当時、コンサートや舞台帰り、家に帰るのが嫌すぎて死にたかった」と言った私に向かって母が言った言葉は「お母さんもやで。お母さんも小さい頃、何でこんな家(母はすごく貧しい家に育った)に生まれたんやろうって何回も池の端に立ったよ」

 

ですって。

出た、娘に対する意味不明な対抗心(笑)

自分が一番かわいそうでしょ、な不幸自慢。

そこまで言われても「そうか、悪いことしたな」って回路が働かないのって、小さい子どもといっしょですよね。

ある意味模範解答だ(笑)

親友はたぶん・・・

先日書いた、親友のことですが。

ここ数日、色々なサイトを見回ってみて、彼女は「境界性パーソナリティ障害」というものではないか?と思う節がいくつもありました。

単なる素人判断なので、断言するつもりはありません。

昔はそんなことなかったんです。しかしここ数年、なんか変だなぁと、ずっと彼女に違和感がありました。一緒に居ても変なところで急に機嫌を損ねたり、キレたりするので、それに気を遣うばかりで、全然楽しくなかった。

それで、暇に任せてネットを渡り歩き「ん?何か、ほとんどの項目に見覚えが…」と、なったのがこれでした。

彼女の生い立ちや、若い頃の人との関わり方。最近ずっと私が気になっていたこと。

心のどこかで「いや、思い過ごしだろう」と思おうと、、いや、思いたかったのですが。逆に主な症状を知った後のほうが腑に落ちるような…そんな感覚に陥りました。

もう、彼女からは連絡も来ないので、これっきりですが。

もしこの後も彼女が同じように他人に振る舞い、生きて行ったとしたら。

結構しんどいことになるんじゃないかなぁとも思います。

彼女には「病院に行こうか」と、声をかけてくれる人がいるのだろうか?(旦那さんはいますが)

そもそも、本人が気が付くことがあるのだろうか?

お節介なのはわかります。でも、どうでもいいやって気持ちで20数年も友達やれないですからね。少し気になる部分も、なくはない。まだまだ人生長いですしね。

もう少し早くこのことに気がついて助言できていたら?と、思う日もある。大切な人だったから。

しかし、本人に「そうではないか?」と言うのは厳禁!本人が気付くのを待つしかない!と謳うサイトもあり。

 

結局、ここまでのご縁だった、ということなんでしょうね。

 

何でもかんでもパーソナリティ障害だ!と言う風潮もどうか?という意見も見かけたし、あれだけ種類ありゃ、どれかあてはまるわな、って意見も。

 

まぁ彼女が問題なく暮らして、お節介に終わればそれでいいんですけどね。

友情の糸が切れた日

20数年来の親友と喧嘩をしました。

喧嘩と言ったら語弊がありますが、お互いの意見がどうしても合わなかった、といったところでしょうか。私は、直接会って話をしたかったのですが、会う約束を相手が一方的にキャンセルし、連絡を絶って今に至るという感じです。

 

私は最後まで汚い言葉や暴言は吐かないと心掛けて冷静に話し合っていたのですが(電話だとお互い感情的になるので、LINEでのメッセージのやり取りをしていた)最後の最後にかなり品のない罵詈雑言のメッセージを受け取り、今彼女はまともに話ができる状態ではないのではないかな…というのが正直な感想で、返信をやめました。

 

詳しい内容はかなり長くなるので割愛しますが「お互い様」と私は思っています。

なので、どちらがどれだけ悪い!とか、許す・許さない!とか言う気も私はありませんでした。やってしまったものは仕方ないし、それをふまえて「今後どうするか?」を話そうと思っていました。

 

しかし、彼女は1歩話が進みかけても「そもそも悪いと思ってるのか?」と話を戻し「これからのことを考えたい」と言うと「人の気持ちを無視してさっさと進むのか」と言われます。まさに「ああ言えばこう言う」状態。

きっと彼女は「今回のこと、全部私が悪かった。ごめんね」と言ってほしいのかなと思います。

 

もちろん、悪いと感じたことは素直に謝りましたが、何でもかんでも「ごめんね」という訳ではありません。もし、彼女の気を悪くさせたことでも「気分を害した」ことについては謝りましたが、自分ではこういう考えがありやったことだから、やってしまった「事実について」何でもかんでも謝罪する気はないとはっきり言いました。私も意固地なんだと思うのですが、それをしてしまうと、関係性が対等でも何でもなく「上下」になってしまうと思うのです。そして、そもそもそれは、彼女の態度の悪さ(後ほど説明します)が招いた結果なので、言わば彼女にとっては「自業自得」なんです。

 

その代わりと言っては変ですが「でも、次はもうしない」と、約束はしました。しかし、彼女はその「次」を与えようとしない。とにかく、そのひとつのことにいつまでもこだわり、やった事実全てについていつまでも謝罪を求めます。(と言うか、謝ってんだけどなぁ…ということも延々と責め立てます。ヤ〇ザじゃないんだから…)

 

誰でも、カッとなることはあります。私も確かにひどいことをしました。なので彼女が怒るのも想定内でした。

しかし、それは元はと言えば先ほど書いた「彼女の態度の悪さ」が原因です。

先日、半年ぶりくらいに会って「久しぶり!」すら言う前に彼女はカンカンに怒っているんです。原因は「道に迷った!」。それをMAX不機嫌になって当たり散らすのです。本人は「あなたにやった訳じゃない。無意識だった」と。しかし、2人しかいないのに、そんな態度で来られたら、引き受けるのは私しかいません。

「不機嫌」「きつい口調」だけは、母のトラウマがあり、どうしてもまだ慣れることができません。また、毒家庭育ち特有ですが、とっさに「私のせい?」という考えが働き、しどろもどろでフォローをしました。頭が真っ白になり、その後の予定も全く楽しめませんでした。私が毒母のことで悩んでいたことも、不機嫌が怖いことも知っているはずなのに…(もちろんそれは話しましたし、話しているうちに泣いてしまって、自分自身相当悲しかったんだなと気付きました)

それは今でも許せません。でも「許せない」と先へ進むことをやめて、彼女を責めるのは違うと思って「やってしまったことは仕方ない」と思って、これからを考えたいと私はずっと言っていたのですが。

それを彼女は「お前は悪びれる様子もなく、何が次へ進むだ!?」とでも思ったのでしょう。彼女だけが、私を責め立て、謝罪を求め、被害者ぶるのです。

そして「許せない。会いたくない」と言い放ちます。

ならば、言わせてもらうと私だってあんな態度を取られたことは許せない。今でも許してはない。そっちがそう出るなら、こちらもそこまでして友人関係を続けるつもりはない。これが本音です。

こちらが一方的に許しを乞うのが当たり前だと感じるのはなぜ?

「会いたくない」も、「会いたくないんだけど、いいかな」とお伺いも立てず、一方的。

かなり譲歩していたつもりでしたが

何 様 の つ も り だ ?

ネットでも色々調べました。ある病名が彼女にピッタリな気がしました。

しかし私は医者でも何でもないし、それは彼女自身か家族が気付いて何とかすべきです。そもそも病気でもないかも知れないし。

思いたくはなかったけれど、多分正常ではないな…と最近はうすうす感じていました。

そしてそんな彼女の口から出た言葉に耳を疑いました。

私のことを「異常だと思う」。

そこで、プツンと糸が切れたというか、あ、終わったなと確信しました。

もう、彼女に何の未練もありません。

思い出に罪はないし、今までありがとうの気持ちはあるけれど「これからもよろしく」にはならないし、新しい思い出は、金輪際一切いりません。

数十年の歴史は、あっという間に幕が下りました。