もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

カラオケ事件

下の記事で書いた「姉も姪もいた時に大喧嘩になった時のこと」を書きます。

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昔、母・姉・姪・私の4人で時々カラオケに行っていました。

よく行っていたカラオケ店は誕生月の人がいたらケーキをプレゼントしてくれるので、誰かの誕生日付近になると行く、という感じでした。

 

私も『姪が楽しんでくれれば』ってのと、ケーキ食べれるし程度で行っていただけですが

友達もいない、世界の狭い母からすると、4人でのカラオケが「一世一代の大イベント」だったのでしょう。

 

ある日の予約は、母が電話で済ませていました。

その時に希望機種を聞かれたらしいのですが、特に指定はしませんでした。

ただ、受付した時に店員に「A社の機種になりますが宜しいですか?」と聞かれたので『B社の機種は、空いてないですか?』と一応聞いてみて、姉と私が『B社のがよかったかな?まぁでもA社でもいいか』みたいにちょこっと相談し『予約通りでいいです』と言って、部屋に入りました。

 

問題はそこからです。

母が例の「機嫌の悪い時の顔」で、最高にむくれています。

何かスイッチ入ったなと思いつつも、理由もわからないのでほったらかして歌っていましたが一向に母が選曲しません。

仕方なく『母さん歌わんの?』と言うと「よく、歌える気になるな!」とキレています。

姉も私も半笑いで『何怒っとんの?私ら何かした?』と言うと

どうやら受付での機種云々の私たちの会話を聞いた母は「自分の選んだA社の機種が嫌だったんだろ。嫌々来たんだろ」と思ったらしく、せっかく自分が予約の電話したのに!と気に入らなかったらしいです。

 

ハッキリ言って、姉も私も機種なんてクソが付くほどどうでもいいし、聞かれたから答えただけですけど、母の承認欲求は病的なのと、母にとってはカラオケさえも、、結婚式くらいの一大イベントだったのですかね?笑

とりあえず、そのやり取りがどうしても気に入らなかったみたいです。

 

『別に、聞かれたから答えただけやし、嫌やったら嫌って予約前に言うし』と『心から、こだわってないですよ』というのをいくら口で説明しても機嫌は直らず

母に「アンタらは、一体どんな気持ちでここに来てるん」と聞かれたので

私は『ケーキ食べれるし、姪ちゃんが楽しんでくれたらと思って』と正直に言い、姉は姉で『自分の金じゃないから』ともっと正直に答えました(笑)

 

カラオケに「どんな気持ち」って言われても…

でも母にしたら結婚式レベルのイベントなんでね。そりゃ、式に参列した人がそんな気持ちで来てたら嫌ですよね(笑)

でも、言っときますけど今回はカラオケです(笑)

 

そこから、いつものごとく

私『じゃあ私らはどうしたら良かったん?』

母「(お母さんがこんなに楽しみにしているのだから)カラオケで機種聞かれても答えるな(水を差すようなことをするな)」

私『別にこだわらんって言っとるし、聞かれたから答えただけやん』

母「どっちでもいいなら、なおさらわざわざ言うな!お母さんの予約した通りに黙って行け!」

ムカつきすぎた私は、泣きながら姉に『母さん、最近ずっとこうやねん。頭おかしいと思わん?!』と訴えるはめに。

 

今思ったら、完全に母は頭がおかしいなと思うけど当時はこういう押し問答が、実家では日常茶飯事でした。

子どもの「イヤイヤ期」みたいなものなのか?

とにかく母は当時何でも自分の思い通りにならないと不機嫌になっては癇癪を起こしていました。

 

そのくせ、後々この頃のことを話していたら「たりはあの頃よく怒ってたもんなぁ」とか本気で言います。

どの口が言ってんの?と、怒りを通り越して、引きます。

 

まぁ多分頭の回路がどうかなってるか、ネジが数本足りないのでしょう。

ネジが足りないから、自分が変なことを言っていることにも気が付かないんだろうし

ネジが足りないから、毒親なんですけどね(笑)

毒親あるある◆想像力の欠如

私が10代の頃から、勝手に母に「たりは婿をもらって親と同居する」という人生設計をされていたことはもう何度も書いてきましたが

ずっと『母ってあの性格で家族以外の人(私の夫になる人)とうまく暮らせると本気で思っていたのだろうか?』と不思議でした。

 

母は実家にいた頃、長男の嫁と姑のバトルを末っ子として実際見て「これは私には無理だ」とわかったそう。

だから、家族ぐるみの付き合いの少ない、親戚関係が希薄な夫を選んだと言っていました。

その予想はできたのに、なぜ気を遣わなくても「娘とは一生仲良しこよしでいれる」と、更に「娘の夫ともうまくやれる」とは、思ったのでしょうか。

  

「婿をもらえ」と言われ続けていた時から疑問で、何度考えても、どう考えても『無理だろ』としか思えなかったので『婿をもらうのは諦めて下さい』の宣言をした訳ですが

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それでも母は結局私が実家から逃げ出すあたりまでまだワンチャンあると思っていたようだし

最近、姉と母が一緒にテレビを見ていて、親子3世代が同居する、みたいな番組がたまたまやっていて、この期に及んでまだ、母は「羨ましい」と、嘆いていたそう。

 

気持ちはわからんでもないですけど

「羨ましい」とか思う前に「(同居を問題なく)できるだろうか」という心配がないことがまず理解できないのです。

あれだけ病的に「先のことが心配でたまらない」母が、そこは心配しなかったのはなぜなのか。

 

けれど、最近わかってきたことは

母は多分私たちと暮らしていた頃「精神的な我慢」を強いられたことがないから「娘と暮らす上での気遣いや譲り合い」それに伴う「我慢」が全く想像がつかないのではないかと。

 

母は自分のことを、すごく身を削って我慢して生活している。いつもしんどい思いしているみたいな態度でしたが

あれだけ気に入らないことがあったらブスーッとむくれ、暴言を吐き、気が済むまで相手をやり込め

それで「我慢してた」とか、片腹痛いわって話です。

でも、母にとってはふざけている気もなく、本当にわからないのだと思います。

 

世の中には、色んな事情で「住みたくもない人との同居」を我慢している人がごまんといます。

時々、ネットでそういった苦悩を吐露している人も見かけ「大変な人がいるのだな」というところまでは理解はしているつもりです。

一番身近な例で言うと、私は姉のようにはきっと暮らせません。

端から見たら、大きな問題もなく、金銭的な苦労もなく、本当に幸せな一家といったところです。

しかし、姉にも姉なりの苦労があって、様々な気遣いをしているはずです。

だからこそ、羨ましい云々よりも『すごいな』『でも私にはできないだろうな』と、未体験の世界への判断材料になる訳です。

 

一方母は、自分が、誰とでもどんな状況でもうまく過ごせる人間だと本気で思っているので(母があれだけ傲慢な態度でも過ごせてきたのは、母以外の家族が皆母のご機嫌を取って気を遣ってきた努力の賜物なだけですが)

「自分にできるだろうか」どころか、良い部分ばかりが見えて、人を羨むところ止まりで終わってしまうのではないかと思います。

 

世の中の人が「精神的に」どれだけ我慢をして、人と暮らしているかもわからないから

前出の親子3世代が同居するのテレビも「いいなぁ!にぎやかで楽しそう」などといったオモテの面に隠された「この中で、何かを犠牲にして我慢している人がいるのではないかな…」というウラの面が全く見えない…いや、想像もつかないのだと思います。

 

きっと「婿をもらって同居」だって完全なる夢ではなかったはずです。

私が『どうしても海外でやりたいことがある』だとか、親にそこまでの甲斐性がないとか、致命的な「絶対的な婿をもらえない理由」だって、逆に言えばなかったからです。

 

しかし、その実現を一番遠ざけたのも「あまりにも想像力が欠如している」母の方だったなと、今になって思います。

羨ましいと思う対象が、いつも「親のこと」な件

基本的に、あまり他人に対して妬んだり僻んだりしないし『よそはよそ・うちはうち』なタイプの私ですが、親のことになると途端に『いいなぁ』『羨ましいなぁ』と思うことが多々あります。

 

一番『いいなぁ』と思うのは、進学や就職で実家を出た若者が、家事全般を1人でやって「親のありがたみがわかった」「お母さんて、すごい」「いつもありがとう」などと言ってるのを見聞きしたとき。

 

私は家を出て、そんなこと思うどころか家事を自分のペースだけでできることがこんなに楽なのか!と、そっちの感動だったので…

 

私はずっと自分のことを「家事嫌い」と思っていたけど、母からあれこれ言われながら家事をすることが嫌いだっただけで

おまけに、母の場合その「口出し」のレベルが異常なので

正直あれだけ口出しされたら、好き・嫌い以前に、誰でも嫌になるよなと思った次第です。

⇩ にも書いた通り、母は「やっとけ」と丸投げする割に口出しはしてくるので。

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あとは、とにかく『この子の親は、子どものやりたいことや自立心を尊重できる親なんだな』と実感させられた時。シンプルに、嫉妬します。

 

以前SNSで見かけた若い女の子のつぶやき。

「お母さんに相談した。仕事も辞めて、〇〇市で1人暮らしをしたい!って言うと、頑張れって言ってくれた」

多分この女の子は、25歳くらいだったけど、このつぶやきを見たときに、本当に、本当に、心から羨ましかった。

この子の親御さんは、この子を「1人の対等な人間として」「信じて」あげているんだなぁと。

(ちなみに、家族仲良しのエピソードもあったので、けして「さっさと出てけ」扱いされてのことでもなさそうでした)

 

 

それから、最近副業の方で行っている職場で、私よりも10歳上(45歳くらい)で、未婚で実家暮らしの女性がいて

多分、元々わりと裕福なおうちなんだと思うのですが(住んでいる場所からして)

とにかく、その歳になっても一緒に暮らせるお母さん、すごいなと思う。

いや、、普通なのかな(笑)

私は30歳前でギブした身なので…どうしても考えられないんです。

どうしても『どちらかが、クソが付くほど我慢して暮らしているんじゃないか』『この娘も実は心の中でおかん死ねって思いながら暮らしてんじゃないのか』そんなことばかり、考えてしまうんです(笑)

でも、話を聞いててもその女性も、母親の目を気にして生活している様子もなく…(結構奔放に遊んだりしている感じ)

そんな寛大と言うか…娘がわりといい歳になっても「もう無理。逃げたい」と思わせないようなお母さんが存在していることに、驚きます。驚くし、羨ましい。

そんな人、ごまんといるのだろうけど、案外自分の周りでそういう人が実際いなかったので(大体結婚しているか、親元を離れて暮らしているか)

その人と話していても『ところで、お母さんと暮らしていて精神病まないんですか?』と聞きたくなってしまいます(笑)

お金のためかも知れないけど…それでも私は無理だったので…(経験者は語るw)

 

ただ、最近母親に会ってないので(仕事を掛け持ちして、今ほぼ休みがないのでガチで会いに行く暇がない)

人間、会わないとだんだんどうでも良くなるというか(笑)

どんどん存在が薄くなります。

それでかはわからないのですが、いっときのブログにだーっと書きたい衝動が今はあまりないのです(仕事が忙しいのもあるけど)

 

このまま、会わないままでも特に何の後悔もないんですけどね~(笑)

やっぱり、一番の精神安定剤は「母に会わない」ことなのかも。

あんなにしてやったのに 「のに」がつくとぐちがでる

タイトルは相田 みつをさんの詩です。

母に読ませたいなぁ。

 

 

前に、〇〇しなかったら次からしないと、娘を脅すみたいなことを言うという記事を書きました。

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その時に「その逆バージョンもある(〇〇したら、△△してあげる)」と書いた件について書きます。

 

母の子育てはほぼ「将来、自分が1人で暮らさなくて済むための準備」でしかなかったと踏んでいるので、ほぼ全部の事項に見返りを期待していたことになります。

 

だから、あれだけしてやったのにという言葉がいつまでも出るのだと思うし

最近姉から聞いた話、実際に「たりが家を出るってわかってたら、あそこまでしなかった」と未だに愚痴っているそう。

 

だから、言い換えてみたら、極端な話「自分の思い通りに動いてくれるなら、それなりの生活水準で育ててあげる」ということだったのでしょう。

子どもを産むと決めたのは親の勝手な選択なのに、たくさんの条件付きで育てられていたようなものです。

 

その、すごくいい例だなぁと思ったことがあります。

 

私は永久歯が生えた頃から歯並びがガタガタになりました。

アゴの幅に対し、永久歯が大き過ぎて、歯の位置が正常な位置からかなりズレていて、俗に言う「出っ歯」だし、肩こりや背中の痛みも酷かったのです。

 

短大を卒業した時に、母から「歯の矯正するか?」と聞かれたのですが、自分の意思よりも『断ったら怒られるのだろうか?』ばかりが気になって、『イエスかノーか、怒られない方はどっち?』で、すぐに返事ができなかったのです。

 

すると、たたみかけるように「将来ちゃんと結婚するなら、お金出したるで」と母に言われました(この「結婚」はおそらく婿をもらい同居の意味を含んでいた)

 

『母から言ってくるってことは「しろ」ってことなんかなぁ?』と思って(結局『こっちが怒られない方なんだろうな』と思った)『母さんがしなさいって言うならする』とだけ、答えました。

 

実際結婚するかなんて、知ったこっちゃないけどな。とは当時も内心思ったので、結婚云々はスルーしておきました。

 

 

正常な親なら、聞き方はどうであれ、娘のことを本当に想って「矯正するか?」と聞きそうなものだけど、母の「将来ちゃんと結婚するなら」は本気だったのだと思います。

逆に『いや、私結婚しないよ』と私が宣言していたら「じゃあやめとこか」って言った確率はかなり高いと思います。

 

こうやって思い出すと、母の子育てって、言わば「投資」みたいなものだったんだと思います。

後に、運用できそうならば、今これくらい投じておこうか、みたいな、ようは「娘」も「金」と同じで「どう回して行くか」みたいな対象でしかなかったのだと思います。

 

矯正の件も、歯並びが醜い⇒異性に良く思われないのではないか⇒結婚できない(婿がもらえない)のではないか⇒それは困る!という図式だったのではと思っています。

一番最後の「それは困る」のは「娘が」ではなくて「自分が」だったのだろうなぁ。

 

私も親に負担をかけては申し訳ないと、銀色のワイヤーが丸見えの一番安いコースにしたけれど、それでもかなりの額がかかったはずです。

 

でも娘は結婚もしないどころか、1人で家を出て行ってしまいましたね(笑)

母の「投資」は、失敗だったということ。残念でした。

きれいな歯並びを手に入れさせてくれたことは、礼を言います。

おかあさんありがとう(棒読み)

「毒親であること」を認める作業とは

私が学生の頃なんかは、今ほどネットが普及していなかったので(いわゆる、閲覧し過ぎると「パケ死」する時代)

知りたい情報が一瞬で、いくらでも探せる今は何て便利なんだろうと思います。

なので、何でもすぐネットで調べるし、ネットで見たことをすぐ鵜呑みにします(笑)

 

そんな私ですが、毒親のことを調べ始めた頃、母の変だなと感じるところがだいぶ「毒親」の項目に当てはまっててても『いや、違う。毒親ではないと思う』と思っていました。

そう思いたかったのです。

『あんなに変なことさせられたり言われたりしていたの、うちだけだったんだろうな』と本気で思っていたし「毒親」と表現するのは何て言うか「最終手段」みたいな気があって、なかなか認められずにいました。

親をそういう風に思う自分のことも責めましたし。

 

けど、どれもこれも嫌と言うほどあてはまっていて、他にも似たような変な親を持つ人もいることもわかり、毒親認定をした訳です。

認めてからは楽になったけど、認めるまではとても苦しかった。

 

私のようなことを発言すると「親のせいにするな」と世間からは言われがちだけど

言ってる側からしたら『本当はこんなこと、思いたくもなかったし、言いたくもなかったよ』って話で

「親のせいにするな」とか以前に、自分の実の親にそんな疑いをかけないといけないことの方がよっぽど問題だし、辛いことだと思います。

 

 

母の言動は軽く見積もっても「精神的虐待」「言葉の暴力」だったなと思います。

 

親に限らず、暴力を受けて消えない傷跡が残ったとしたら、よほど、致し方ない理由でもない限り、その傷跡の責任は「暴力をふるった相手」にあるのだと思う。

母が精神的に相当私を追い詰めたことも事実で、それで心が傷付いたのなら、前述の暴力と同じ原理なんだと思います。

けれど、なぜかその責任の所在を問うことに、世間の目は厳しい気がします。

 

私は『こういうことができないのは、全部親のせいだ』ということを言いたいのではなく『なぜ、こんな風になったのか、ルーツが知りたい』だけで

その中で『やっぱりあれは母のああいう態度が原因なんじゃないか』と思うのは、ただ親のせいにして自分の態度を顧みてない訳じゃなく、原因を調べて、じゃあこれからはどうすれば良いか?を考えたいだけです。

ここの線引きができないから、親を毒親と思う自分を責めていたのではと思います。

 

 

自分にも『言われても仕方ないよな』という部分でもあれば納得もいくけど

あれだけ利口にしてたのに?

あれだけ気をつかっていたのに?

まだそんなに、何がだめだったの?

という疑問がどうしても残ります。それほど、親には従順にまっすぐな気持ちで向かい合ってきたので…

 

 

「喧嘩両成敗」ともよく言うけど

それはあくまでも互角の戦いの場合であって、明らかに力のある者が、弱者をやり込めるのはもはや「喧嘩」ではなくて「いじめ」だと思うし

私が成人してからの母とのバトルは、お互いさまな部分も多々あるかと思いますが

幼い子ども相手に、あんなに酷いことを言ったりしたりしたことはやはり「いじめ」に等しいと思うのです。

 

母が『(明らかに理不尽だけど、とりあえず)言うことを聞かなければ、育ててもらえないんじゃないか』という子どもの純粋な気持ちを逆手にとって、罵詈雑言を吐いたことは親であろうがなかろうが「いち大人として」いかがなものかと思います。

 

自分の親が毒親?と思うけどなかなか踏み越えられない人がもしいたら、とにかく自分のされて嫌だったことを思い出し、それが本当にしつけや子育ての上で必要なことだったのか?筋は通っていたのか?本当に子どもの為を思ってやっていたのか?など、ひとつずつ紐解いて行くのは有効だと思います。

 

親のせいにして終了。でなく、ルーツを探るということであれば、それはすごく前向きな作業だと私は思うからです。

 

毒親育ちの方は皆真面目で、優しい人が多いと感じます。

だからこそ、自分を責めたまま、自分の心を蔑ろにして生きてほしくないと思います。

「ハードルが土に埋まっていた」お話

あるテレビ番組で、モデルさんと結婚された芸人さんが話しているのを聞いて妙に納得したことがあります。

 

番組のレギュラーメンバーは皆「何であんなにきれいな人と結婚できたの?」といじり半分で芸人さんの話を聞いていましたが

芸人さん曰く、妻であるモデルさんはそれまで付き合った男性が問題アリな人が多く、聞いてたらそれちょっとDVやろみたいなエピソードもあり、その芸人さんが「だから、僕にとってはごく当たり前のことが彼女にとっては驚くほど優しくて、いい人!みたいになったらしい」とのことでした。

 

奥様が男性に求める「優しさのハードル」が芸人さんにとってはごくごく当たり前のことで「初めからハードルがなかった。むしろ(ハードルが、土に)埋まってたからさ、普通に歩いてるだけで(ハードルを)跳んでたみたい(だからこんな俺でもよかったんだろうねー笑)」と、自虐も混じえて話していましたが

 

「ハードルがそもそも土に埋まっていた」という表現がすごく深いなーと。

 

 

私は、すぐにキレたり暴言を吐く母と暮らしていたので、それが当たり前だと思って戦々恐々と社会に出ましたが、家の外の方が何て平和で、皆優しいのだろうと痛感せずには居られませんでした。

 

昔、まだ母を尊敬していた頃は、母の「もの言いはきついけど、母さんにはハートがある。根は優しい!」という自画自賛の言葉を鵜呑みにしていたけど

残念ながら、もの言いも優しくて本当に中身も優しい人が外の世界にはたくさんいました。

例え根は優しくても、表現方法があれくらい乏しいなら「優しさ」と表現するには甚だ疑問だし

相手が『(きつい言い方が)嫌だ』と主張しても、自分を顧みず「私は私」と我を通すことが果たして「優しい」と言えるでしょうか。

 

社会へ出てみると

失敗したって、なじったり貶したりでなく今後どうするか防ぐにはどうすればよいかを前向きに話し合える人も

イラッとしてるだろうなと思っても顔に出さず、皆の意見を尊重しようとしてくれる人も

謝ったりお礼を言うのはむしろこちらなのに「ごめんね」「ありがとう」を何気なく言える人も

外の世界にはたくさんいたのです。

 

よく「どういう育てられ方したのか」とか「親の顔が見てみたいわ」とか

悪い意味で使われますが、私はむしろ逆の意味で不思議に思う人にたくさん出会って来ました。

 

それとともに、自分の家がいかに殺伐としていたか思い知り、悲しくなりましたが

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殺伐としていたからこそ、今、人の何気ない優しさも涙が出るほど嬉しかったり、思いやりに気がつけたりするのかも知れないとも思います。


前出の、芸人さんにとって当然のことが彼女にとっては神のように思えたことと似ているかも知れません。

 

家にはたくさんあったハードルが、外の世界には、あっても飛び越えられる低さだったり、それこそ土に埋まっていたり、だった訳です。

 

飛び越えなくてもいいようなハードルを必死に飛び越えてきた労力と時間を思うと悲しくもなりますが

その分、繊細な心を持てることができたのは良かったのかな…と思うことにしています。

62歳、はじめてのおつかい

常々書いているように「手続き」とか「届け出」とか「説明を聞く」ということがとにかく嫌いな母。

好んでやる人もそういないとは思いますが、母はとにかく嫌がりすぎだし、あそこまで毛嫌いしていた理由が、どうもわかりません。

今思うと、あれは「嫌がっていた」というよりは「怖がっていた」と表現する方が正しいかも。

 

それで、ほんの数年前に驚いたことがあるのですが、母は運転免許を取ってから約30年ほど一度も免許の更新に1人で行ったことがなかったそう。

(更新センターは家から車で30分もかからない距離)

 

2年前くらいに初めて1人で更新センターに行くともう大騒ぎで、初めてのおつかいを成功させた子どもみたいにほめて欲しそうにしていました。

その時、母は62歳(笑)

 

私も、19歳で免許を取って、最初の2回くらいは父に教わりながら行ったし、その後は休日に行くと駐車場がいっぱいで神経がすり減るので、平日に有休を取って行ったりはしています。

人間得手不得手があるし、そんなのは人それぞれで良いと思うんです。

 

ただ何が腹が立つし納得行かないって…

普段あれだけ「私が一番偉いんじゃ」みたいな横柄な態度で過ごしていた人が、それくらいで大騒ぎしていたことがどうもね…(笑)

 

免許更新に限らず、今思うと母って「何であんなに大騒ぎしていたのだろう」ということがとにかく多い。

 

免許の更新は父が元気なうちは父に頼めば良かったし、父と母は立派な共依存の関係にあったので

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いわばウィンウィンだと思うけど(父は酒さえ飲めたら、母の頼まれ事なんか何てことはない・母は酒飲ませてやって楽させてやってるから私の頼みくらい聞けという感じ)

父が亡くなってからはもちろん私にさせようとしていたらしい(ちなみに父の運転が危うくなってからは、職場の若い男の後輩に送迎を頼んでいたそう)

 

1人で更新に行って来た!と、子どもみたいに騒ぐので『父さんが亡くなったら、その送迎私にさせようとしてたんや』と嫌味交じりでLINEしても、悪びれる様子もなく「図星」ですって。

さすがにその返事が来たときは『徹底してるな。運転嫌いの私でも自分で何とかして行ってたけどね』とバカにして返信してしまいました。

 

それで、また腹が立つのが、そうやって言われるのも気に入らないもんだから

「まぁ、いよいよあかんかったら、タクシー乗って行ったらええと思ってる!」と、できもしないことを豪語するんですよね(笑)

母って、車のことで頼れる人がいなくなったらすぐ「いつでもタクシー使いますよ!」みたいなアピールをするんですけど

結局今までだってほとんど利用したことなんてないし、できもしない・やる気もないくせにその場の勢いで大口を叩くところも嫌いです(結局、使い慣れてないもの(=タクシー)はドキドキするし、金がもったいない!と二言目には言うため、今でも姉か前述の職場の後輩を意地でも呼んで、事を済ませている)

 

タクシー乗ることが「豪語」しないといけない程のことなの?と頭の中が「?」でいっぱいの方もいるでしょう(笑)

しかし、そうなんです。とにかく関西弁で言う「ビビり」で、新しいことやわからないことにはやたら尻込みし、楽な方に逃げ、人にやらせようとする人なのです。

他にも東西にしか走っていない、乗り間違えようのない電車に乗って、1人で家まで帰ってくることもできませんしね。

 

いいんです。人には得手不得手があるので。

でも、人に頼むならもう少し「可愛げ」「遠慮」ってものがないと、いくら娘でも…ねぇ(笑)

 

まぁ今まで散々娘に偉そうに接してきた代償だと思えば、これから1人で手続きや届け出に行くことなんて安いものでしょ。

エールだけ、送っとくわ(笑)