もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

あさイチの毒親特集を見て②

先日放送された、あさイチ毒親特集の感想の続きです。

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視聴者からのメールでは、妻の子どもへの当たりが強い(毒親ではないか?)と感じている夫からのものが紹介されていました。

子どもがつらく当たられているのを傍観してるだけではいけない気がするが、何と声をかけても良いかわからないという質問。

 

信田さんははっきりと「放っておくのは無責任」と言われていました。

確かにね…それはそうなんですけど…ほんまにややこしい毒親の場合家では「触らぬ神に祟りなし」な扱いを受けているでしょうから…(うちは触らなくてもあの荒れようでしたけど)

 

確かに父は私たちをめちゃくちゃ可愛がってくれたし、娘を想う気持ちも嘘ではなかっただろうから、妻にやり込められている子を守ってあげなければという常識的な発想もあったと思います。

けれど、その常識の範囲を軽く超えてくるのが毒親なので…

娘の立場からすれば『なぜあの暴走する母に対しもう少し注意の1つもできなかったんかな』と思いますが、同時に『あの剣幕じゃ、自分が矢面に立って制止するのも嫌やろうな』というのも確かにわかります。

「何にせよまずは夫婦の問題」とも信田さんは言われていたので、私達の母である前に父の妻なんだから唯一居る母以外の " 大人 " として、もう少し父ができることがあったんじゃないかなとも思います。

しかし母の、言ったって聞かない・注意でもしようものなら余計火に油を注ぐだけという性質を知っているので一概に父を責めることもできません。

 

あとは「育ててくれた親に対して毒親だなんて!」云々のメールは笑いましたね。

番組側もSNSでのリアクションを予想してあえて読んだのかも知れないけどw

この類のメールを堂々と送ってくる時点でまず今回の議題の土俵にも上がれていないんですけど、きっと送って来られた方は大真面目なんでしょうね。

前に話題になった親ガチャも同じで

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親に対して毒だのガチャだのは、下劣すぎない?と表現方法に対して議論するのは良いんですよ。

できちゃった結婚授かり婚と言い換えましょう的なね。

 

しかし、実際毒のような物騒な言葉やガチャでハズレ引いた!などと表現してもおかしくない親がいるのは紛れもない事実なので…それを本気でわからないでああいうメールを送って来ているのだとしたら、本当に幸せな環境で生まれ育ったのだなと自覚していただきたいものです。

毒親育ちが「うちの親は毒親だ」と言えるまでにどれほどの辛さや苦しみがあったか…全くもってわからない人はこういう特集も見ない方が賢明です。

 

毒親と話をする時は、相手の人格を否定するのではなく、あくまでも " 行動 " に対して意見を述べるようにしましょう(「あなたのそういう " 行動 " が嫌」という表現をしましょう)と言うのもありましたが、それで「わかった」「気を付けるね」と言える毒親が果たしてどれくらいいるでしょうか。

それを素直に聞き入れるくらいの人なら毒親にもならないと思うんですけど…

母みたいな何でも自分の思い通りにならないとブチ切れる人には残念ながら「冷静さ」が武器にはなりません。

母は娘が何かやらかすと、人間ごと丸々否定するみたいな言い方しかしませんので、そんな単細胞な人間にそんな技を使っても伝わる訳ないと思います。

家を出る前にも冷静に『母さんのこういう部分が嫌や』とまさに行動に対しての意見をしたつもりでしたが「何であかんの?」「あんたが我慢したらええやん」ですからね。うちみたいな知能レベルの低いタイプの毒親には効果ありません。

 

昔の毒親特集よりかは核心に迫って来れている感じもしましたが、テレビで放送できる範囲は、やはり机上の空論感も否めないですね。

まあこんなものかなというのが一番の本音です。

 

スターありがとうございます。

あさイチの毒親特集を見て

あさイチ毒親特集をやっていましたね。

 

これまでの毒親関係の番組の中では違和感なく見れた気がしました。が、同時に「これが毒親との決別後の理想ですよ」みたいに感じてしまう毒親育ちの方もいるかもしれないなぁとも感じました。

 

以下、私の感じたことです。

 

まず信田さんはしきりに " I(アイ)メッセージ " のお話をされていました。これは私も再三ブログに書いていることで、今もなお意識して取り組んでいるものです。特に親の顔色を窺いビクビク過ごしてきた場合これを身につけることができない環境だった方は多いと思います。

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" 母親研究 " も、私が意識していることの1つです。

私は高橋リエさんのメルマガをきっかけに『母がああいう人間になったのはこういう時代背景があったからなんだ』というのを知り、落としどころを見つけたことも前に書きました。

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何度も書きますが、これは「そういう時代や環境なら毒親になっても仕方ないね」と母を許すことではありません

しかし、頭おかしいんじゃないかと感じる親がいる方にはこの作業は有効じゃないかなと思っています。

 

実際に親と距離を置いた人のその後も紹介されていました。

 

年を取った母と同居を再開した娘は、ルールを作りほどよい距離感で暮らしているそう。

とりあえず今回のは「かなり稀なケース」かと思います。

と言うのも、この親は自分のことを「アホだったんです」と言っていたけど、自分のどういう考えが娘に影響を与え病気や引きこもりにさせてしまったか、自分のよくなかった部分はどこか。毒親の一番できない、自分自身を客観視した上での「アホだった」発言でした。

うちの母の思い通りの未来にならなかったからヤケになって「過去の自分がアホみたい!」と言っているニュアンスではなさそうだったから、私の母と比べて元々の頭の構造がマトモだな、と感じたんです。

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しかしこんな風に " 気付く " 毒親は、かなり稀な例だと思います。

まあ、実際のあたおか系の毒親なんて地上波に乗せて放送できないレベルですからねw

 

毒親育ちでない人が見たら「なんだ…結局仲直りできる程度の親子喧嘩か」みたいに思われそうですね。娘側からすると何回もの諦めの上ここまで来ているんだけど…

仲直りと分かり合えるは同義ではないとも番組内で言われていて、これはとても良い言葉だと思いました。

親を毒親と認めても親を●す訳にも行かない、明日ぱたっと●ぬ訳でもない。

だからこそ、自分のテリトリーは守り毒親と共存している人だってたくさんいます(私もそうです)

今回はその一例であって、さらに同居の上にそれが成り立っているレアケースだと思います。

このように折り合いをつけて何とか暮らすのも、何が何でも断絶するのも、完全和解するのも全てが正解でも間違いでもないので…そのニュアンスはとても難しいですね。

娘は、親子の関係でも親戚の子を預かる程度の感覚でと言ってて、親も「元々私1人が好きだもん」と言っていたあたり、この親は確かに過干渉ではあったけど娘に依存はしてなかったんじゃないかな。

ただただ、猪突猛進に進み過ぎた親というイメージ。たいていは、過干渉と共に娘への依存があるので、それがあるかないかは大きな分かれ道かもしれないと感じました(うちの母はご多分にもれず、依存がかなりの割合を占めていました)

 

視点としては悪くなかったと思いますが、解毒には様々な段階があるので疑問に思う人はそれで良いし、同じ毒親育ちでも感じ方に正解・不正解はないというのも番組内で触れるともっとよかったかもしれません。

 

最初に【「親子なら分かり合える」は幻想】と結論を示してからの番組進行で、これを大前提として見てくださいねということだったのだと思いますが、今回紹介されたケースだとその大前提が薄れてしまっている気もしました。

今回取材した方のケースを「理想」や「スタンダード」と感じた方が自分を責めてしまわないかな、というのも私の感じたことです。

 

他にも感じたことがあるのでまた書きたいと思います。

時間差フラッシュバック

ブログを書き始めて、コンスタントに記事を上げるようになってから約5年ほどが経ちました。

 

最近はスローペースですが、一時期は気持ちが爆発して目標を立てたわけでもないけど1日に1記事必ず書く時もありました。

書いてもまた辛い気持ちになって、時々泣きながら書くこともあってこんなことやって何になるんだろう、意味あるのかなとも思ったけど書くことで明らかに変わったと感じることも確かにありました。

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姉とは母の『嫌だな』『キライだな』と思う大分類は同じ(威圧的な態度と物言い、人格否定、決めつけ、不機嫌…)でも『あの時ああいうの言われたよな』というレベルの細かい記憶の中では、私はすごく根に持ってるけど姉は忘れている(もちろんその逆も)ということもわりとあります。

 

母は自分の育ちを反面教師にし、姉妹で格差を付けることはしませんでしたが、姉妹共々、対人関係でも他人の顔色を窺いビクビクする、異様にその場の空気を読む、自分の意見が言えないなどの弊害があり、共にアダルトチルドレンの自覚があります(家庭内での役割は違っていました)

確かに格差は付けなかったけど、母は姉妹それぞれに同量の毒をまき散らした(2人いたから母の毒が半分になる訳ではなく母1人で2人の心を潰すくらいの毒を吐くことなんて朝飯前だった)というだけの話でした。

 

文章にすることで、確かにずっと頭の中にあっては時々思い出してクソ!ってなっていたことがも前より尾を引かなくなった実感もあって、例えば梅雨どきに嫌な気分になっていたあじさいを見てもあまり気にならなくなりました。

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それで最近不思議だなと思ったことがあって

姉と話してて前は私が『そんなこともあった気がする…』というくらい、自分の中でも記憶が薄かった母のエピソードを、だいぶ経ってから急に鮮明に思い出す瞬間があります。

思い出す度にまた母にものすごい嫌悪感を抱くんですよね。今まで忘れてたなら、もうこのまま思い出さないままでよかったのに…

 

思い出すきっかけは、1人で昔のことを考えている時、姉と話している時、ドラマとか映画を見た時など色々ですが、何かのきっかけで急にふと母の口調で嫌なセリフが頭の中で急に再生されるんです。こんなひどいこと言われたのに、何で今まで忘れてたんやろ…みたいな。

 

このブログで記事にしたことの中でも、以前コメントを下さった方が同じことを書かれていたのに、その時は『(確かに母とも似てるけど)そんな親もいるんだな』くらいにしか感じなかったことが『うちの母もそういえば同じこと言ってたやん!』って、だいぶ経って急に思い出す時もあります。

記事を上げた後に『何か前に頂いたコメントで似たようなこと書かれていたな…』と見てみると言い回しや言葉遣いも同一人物か?と思うくらい同じニュアンスだったり。

そのコメントを頂いた時はまだその「胸糞ワード」が私の記憶の奥の方に埋もれていただけだったのでしょう。

 

そう考えたら、自分の意識の中のわりと奥深くまで追求できてきてるのかなと思うけど、これ死ぬまで続くの?と思うと本当に辛いです。

それなりの状態で生きるためには死ぬまでその薬を飲み続けないといけないみたいな…そんな感じ。

 

前に自分の気持ちにふるいをかけているとも表現したけど似たようなことでしょうね。

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もうさすがに結構書ききったんじゃないか?と1記事上げる度に思うのに、そうやって急に母の声が再生されて思い出すこともあるし、職場の人や友人と話している自分のおかしな一言が『母からの刷り込みだ』と気がついたりすることも多々あります。

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潜在的な意識の中にも嫌というほどあの母に刷り込まれた固定観念みたいなものがたくさん残っているんだろうな…

 

実家を出て10年弱になるけど、それでも未だに実家にいる夢をよく見ます。実家なんてここ何年かは1年に1回行く機会があるかないかくらいの頻度でしか行ってないのに…

それだけ脳内にまだ実家で起きた色んなことがこびり付いているからでしょうね(時代背景は今なのに、なぜか実家にいることが多い)

 

気が付けばそこで立ち止まり、また進めればそれでいいのだろうけど…終わりが見えない絶望もあります。

 

スター、コメントありがとうございます。

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