もう理由なんかなくていいの

毒親との暮らし。離れるまでと離れてからのおはなし。

ドラマのようにはいかない

ドラマを見るのは好きで、一通りチェックしますが少しでも面白くなさそうとかモヤっとすることがあればどんなに話題作でも無理してまでは見ないようにしています。

 

面白いと思い見始めても、本編と関係ないとこで立ち止まってしまうことがあります。私の場合『でもまずこんなきれいなオフィスで週5日働けてるんよね…』が一番多いです。悩みや嫌なことの描写があっても、そのスタートラインが私と違うからね…と卑屈になってしまう。tari97.hatenablog.com

少し働くだけでいっぱいいっぱい、仕事の不安は消えることはありません。継続して仕事があることが約束されていないことがコンプレックスだから、そんな邪念が入るんだろうな。tari97.hatenablog.com

 

『こんな風にはいかないけどね』って思うことも多すぎます。ドラマなんて大体そうですが私の場合取るに足らないシーンでも『いや、無理やもん。うちでは』で止まってしまい話が進みません。

家族団欒のシーンを見ても『ドラマの中のお母さんは夕食中にキレて怒鳴り散らさないのか』って幼い頃本気で思っていましたし。

tari97.hatenablog.com

 

いつも思うのが子どもが夜にちょっと出てくる!と言って、出掛けるシーン。

夜にちょっとコンビニ行くとか公園で友達に会ったりとか、そんなことうちでは絶対に叶いませんでした。深夜でなくても、ですよ。

だからずっと、そういうシーンが羨ましくて羨ましくて。

今でも夜のちょっと遅い時間にわざわざコンビニに行ったりしてしまうのはこの反動でしょうね。

 

オレンジデイズというドラマが今再放送されていて、1話で沙絵が櫂をほったらかして帰って来てしまい、心配して遊園地まで見に行くシーン。

夕食を終えて食器を片付けている沙絵の様子がおかしいことに気がついたお母さんがどうしたのか聞くと、理由も告げないで「私やっぱりちょっと出て来る」と沙絵が出て行きます。え?夕食終わってから?…こんなん、うちでは絶対に無理。

『櫂はまだ待ってるかな』視聴者がそう思うところでまたそんなしょーもない考えが邪魔します。

確か前にもこの再放送を見ましたが、その時はまだ実家にいたので『うちの母は娘を心配してくれてたんだ』と自分に無理やり言い聞かせ、モヤモヤしていた気持ちを心の奥底にしまい込んで見ないふりをしました。

今はそうやって無理やり心の奥底にしまい込んだ感情をこのブログに書き続けている訳です。

tari97.hatenablog.com

 

私はいつも後ろめたいことがないからこそ友達や彼氏との約束も堂々と誰とどこへ…と正直に母に伝えていましたが、母の気分次第で「あかん」「やめとき」

しまいには「相手に予定変えてもらえばいいやん」とか…

母はこういうことを平気で言います。

tari97.hatenablog.com

こちらがゴネても「行かない選択が得策だよ」みたいにごり押しして丸め込んで、根負けさせるんです。それ以上言うとまた深夜まで説教コースになりかねません。

成人してからも嫌というほどこういう風に言われ、何回彼氏や友人に『ごめんな』『また今度な』って言ってきたか。

確かに行かない選択をしたのは私ですが、毒親の場合その選択をせざるを得ないのです。今さらちょっとやそっと反論したところでどうなる?という無気力さを嫌というほど植え付けるのが毒親ですから。

tari97.hatenablog.com

で、何度も平気でこういうことをしておいて「何であんたは恋人ができんのや」とか大真面目に言いますからね。

 

「お母さんも心配だったんだよ」

そんなセリフが一般的であり、何の疑いもなくそう言える人が世の中にはたくさんいます。

 

遅くなっても何も言われない日もあれば、連絡してたのに何でそんなに今日はキレるん?とか、そんなのは日常茶飯事。

一貫性がなく機嫌次第で言うことが変わるから対応方法もないし。

若いうちにこういうことが人付き合いの足かせになるのって本当に心が蝕まれます。

tari97.hatenablog.com

「心配してたから!」「躾!」と毒親は正当化しますけどね。心配や躾は機嫌の良し悪しでやるものじゃないです。

 

こういう邪念が入るから、感情移入すらできないくらいふざけたドラマの方が最近楽しく見れるんです。『こんなこと、うちではありえないから』などとわざわざ立ち止まらなくて済むからです。

 

コメント・スターありがとうございます。

もうピエロにはならない

前にACのことを調べていると、ピエロタイプはACの中でも一番モラハラを受けやすいタイプというのを見たことがあります。

tari97.hatenablog.com

驚いたものの、妙に納得しました。

ACの定義や見解は人によって様々ですが、心当たりがありすぎます。

 

今まで最大のモラハラを受けたのが元親友Mなので、まだこのブログをあまり読んでいない方やモラハラに興味ある方はブログ内「M」で検索してみてください。

他にも調子の良すぎる元友達「Kちゃん」や、「クマさん」「タカ」もいました(アルファベットはすべて全角大文字です)

 

私の場合は第一印象はきつく見られがちなので、話すとそのギャップでナメられるのかも知れません。

tari97.hatenablog.com

黙ってたら怒ってるとか怖そうって言われるけど、普通に話しているところは覇気がないというか、良く言えばおっとり・悪く言うとしまりのない感じに聞こえるみたいで、打ち解けると大体「思ったより優しい」とか「話しやすい」とか言われるんですけど、それが性格に難のある人に引っかかると途端にオモチャにされるんです。

まぁ、ナメられるんでしょうね。

 

昔は3人以上で遊ぶのも好きじゃありませんでした。なぜかいつもあとのメンバーで私をイジったりからかったりする流れが多かったから。

tari97.hatenablog.com

好きだった子にイジられて、幻滅したこともあります。

高校生の時にある男子とショッピングモールに遊びに行ったんです。私はその子のことを中学時代好きだったんですけど、相手は私のこと何とも思ってなくて。

その男子がたまたま「現像に出したいけど数枚フィルム余ってるねん」とカメラを持ってて、私がトイレから出てきて『お待たせ』って言おうとした瞬間を撮影されたんです。

私、結構そういうことされた経験があるんです。不意打ちドッキリみたいな。

多分ブレててまともに撮れてはないはずですけど、変顔が撮れていたら後で現像してみんなの笑いものにでもするつもりだったんでしょうね。ちょっとやめてよ~って笑って言ったけど内心ははらわた煮えくり返って、現像に立ち会って写真もネガも回収したろかと本気で思いました。スマホで撮ったものみたいにすぐに確認もできないから結局うやむやにするしかなかったですが、結構長い期間『変な顔写ってるかな…』と気にしていました。

元々好きだった子だし『嫌われたくない』という気持ちで知らず知らずのうちにまた私の「ピエロ気質」が出てたんでしょうか。

当時は何となく彼を美化しようとしていましたが、今思うとデリカシーのない男ですね。男友達同士でふざけて撮るならともかく。

 

何年か前にも女友達と普通に向かい合って話してたら、スマホで不意打ち撮影されて(何が面白いんかな、ほんとに…)『消して』ってちょっとキレ気味に言ったら、おばあちゃんにこんな子だよってLINEで送った~とへらへらと。

大体、そのおばあちゃんが誰かに見せたりどこかに送ったりしない確証もないのにネットリテラシーどないなっとんねん。

あまりに不快だったので『今後はやめてな、不意打ちでそういうの私ほんま嫌いやし』『おばあちゃんが間違えてどこかに送ったり誰かに見せるかも知れへんやろ』と言うと、へらへらしていた友人も真面目な顔で「ごめん」「もうしない」と。

 

こんなこと言えるようになったのもここ数年でやっと。

こうやって、毅然とした態度が自分自身を救うことを今まさに少しずつ体に覚えさせているところです。

tari97.hatenablog.com

失礼なことをしたり言ったりしてくる人にはハッキリ言う・距離を置く。もっと早くに知っていたらと思うばかりです。

でも、毅然とした態度でいたら真の害をもたらす人は離れていくような気もするし、相手が変わったなとわかるようになったこともあります。

tari97.hatenablog.com

不意打ちで写真を撮った先ほどの女友達は本当に悪気がなかった分、きちんと謝ってくれたし「もうしない」とも言ってくれたけど、本来それがまともな大人の対応。

 

かつて私の周りにいた私をナメていたであろう友は、謝るどころか私をめんどくさい扱いしたり、言い訳したりそんなのばっかり。

まともな大人の対応のできる人がほぼいなかったこと、思い出すだけでぞっとします。

tari97.hatenablog.com

何も生まなかったもの

自分自身がACであり、家族の中での役割は「ピエロ」タイプだったのだろうなということは何度か書いてきています。

tari97.hatenablog.com

母はきょうだい格差をつけられ育ったことを反面教師に、絶対に姉妹格差をつけることはしないと誓い子育てをしました。確かに格差はなく姉妹仲良くは育ったものの、お互いが違うタイプのACになったね、というオチの私たち(良いんだか悪いんだか)

姉は「ヒーロー」タイプです。

 

私は学校でもリーダーとかまとめ役とか苦手で影の薄い存在でしたが、ひとたび打ち解けた友人にはおどけて見せたり、冗談を言ったり何となく心のどこかに『みんなを笑わせねば』みたいなのがずっとありました。

クラスで前に出てチョケたりとかそういうのはなく、あくまでも「打ち解けた人にのみ」ですが。

彼氏とその友達で話した時も、笑いを取るために結構下品な下ネタを言って『ウケたな』って思ってたら後で彼氏に「やりすぎや」と怒られたこともあります。

 

とにかく『自分が汚れ役になってでも笑かさなあかん、盛り上げなあかん』という気持ちが未だに抜けなくて(芸人か)見た目や性格をほめられるより「おもろいな」と言われる方がうれしいのは関西人の血なのか、ピエロの名残なのか…w

 

家でやっていた数々のおどけた言動はまさに母のご機嫌を保つため。

母には「たり、あの話面白かったからもう1回してよ」とかよく言われました。母からのこういうリクエストはたとえ気が乗らなくても『よっしゃ!みんなよう聞いてや!』みたいに幼い頃から応えていました。母は笑いのツボが幼稚なので父も姉も「もうその話いいって…」と思っても黙って聞いて、母だけが大ウケしていました。

家族3人とも母が機嫌良かったら、もう何でもいいわ状態。

 

だから今でも場がシ~ンとしたら、何か言わな!と思ったりもします。

『いやいや、自分が話したくなかったらほっといたらええねん』とひと呼吸置いて(内心『感じ悪いと思われてるやろか』とドキドキしながら)無理して場を取り繕うための話をしない訓練をしています。

これは自虐で笑いを取ったり他人の機嫌を保ってきた私の大きな課題です。

 

私にはもうかれこれ16年ほど好きな「推し」がいますが、最近彼が「自虐キャラ」で売っているみたいなとこがあって、見るに堪えないんです。

16年も好きだと、性格とか人となりとかを大体知っているからこそ、笑いを取るための「ビジネス自虐」とわかるのですが…何かね…へらへらしながら「俺なんて…」と自虐する姿を見てると、悲しくなります。

 

確かに彼は目立つタイプではないですが、その彼自身が「僕はセンターに立つタイプじゃないけど、自分を好きでいてくれる人には僕がセンターであり、僕が1番なんだから、目立つ存在じゃないのも気にしない」というようなことを昔言っていて、まさにそれ!って思ったんです。

もうファンやめようかな…って思ったことも何度もあったけど、その言葉を思い出して持ち直したことも何回もあるんです。

そういうポジションであることも含め自分の存在に誇りを持って語っていると思ってたのに、自虐して笑いを取っているところを見ると、すごく残念な気持ちになります。

 

多分本人はそこまで本気で自分を卑下していないだろうし「軽い謙遜」のつもりなんでしょうけど口下手なのですごく卑屈に聞こえる時があるんですよね。

 

彼は見るからに良いご家庭に育った感じで、私みたいに自己肯定感低くオドオドした暮らしはしてきていないのだろうなと思います。彼が10代の頃から見ていますから、健全に、大切に育てられて培われたであろう独特の自信が彼を好きな理由だったんですよね。結構大変なこともしれっとやってのける、肝が据わってるとことか私にないものをたくさん持っていたから輝いて見えたのに、ここへ来て卑屈に聞こえる自虐を始めちゃって本当に残念。

 

それに、やっぱり必要以上に謙遜し過ぎてる人を見るのは単純に気持ちの良いものではないですね。かつての私も無意識で行き過ぎた謙遜からの自虐をしていましたが、気持ちよく思わない人もいたかもしれません。

まさか推しから自虐を客観的に見た時の気持ちを教わるとは。

 

笑いを取るのが生業の芸人さんならともかく、行き過ぎた謙遜とか自虐って何も生まないんじゃないかな。

私自身『自虐して笑い取ってきてよかった』なんて、今考えたら全くそんなの思わないからです。

悪いやつにつかまればモラハラの格好の餌食ですし。これは心当たりがあるので、また書きたいと思います。

 

スターありがとうございます。